表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クレイジーマン  作者: 続けて 次郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/5

第二部・第一章:普通という麻痺

社会に出ると、

世界は急に優しくなる。


優しいというより、

無関心になる。


大学のキャンパスは広すぎて、

誰が狂っていても、誰も気づかない。


僕とミオは同じ大学に進学した。

同じ学部ではない。

それが、ちょうどよかった。


恋人同士が同じ世界に閉じこもると、

たいてい息が詰まる。


ミオは心理学を学び、

僕は哲学を選んだ。


理由は単純だ。

狂気を定義する側に、

一度回ってみたかった。



大学二年の春、

ミオは言った。


「ねえ、

あたし、カウンセラーになりたい」


その言葉は、

ガラス細工みたいに繊細で、

でも確かに光っていた。


「向いてると思う」


そう答えると、

彼女は少し驚いた顔をした。


「止めないんだ」


「止める理由がない」


ミオは、

人の心に立ち塞がらない。


寄り添う。

少し後ろから。


それは、

昔の彼女とは違う立ち位置だった。



僕の方はというと、

相変わらずだった。


正常という言葉が嫌いで、

正義という言葉が信用できない。


でも、

事件は起きない。


それが、

一番の問題だった。


クレイジーな思考は、

使い道を失うと、

内側に刃を向ける。


夜、

一人でいると、

頭の中の裁判所が開廷する。


被告:久城レン

罪状:役に立たない狂気


判決:保留


保留ほど、

残酷なものはない。



第二章:再発


事件は、

忘れた頃にやってくる。


大学構内で、

女子学生が倒れた。


意識不明。

薬物。

SNS。


分かりやすい単語が、

また並び始める。


人々は安心する。

分かりやすいと、

考えなくて済むから。


僕は、

嫌な予感がしていた。


倒れた場所。

時間。

周囲の人間。


――配置が、綺麗すぎる。


ミオは、

実習でその件に関わることになった。


「ねえ、

今回は関わらないで」


彼女は、

はっきりそう言った。


成長だ。

依存していない。


だからこそ、

胸が痛む。


「分かった」


嘘だった。



倒れた女子学生は、

「良い子」だった。


真面目で、

空気が読めて、

相談に乗る側。


ああ、

嫌な一致だ。


彼女もまた、

装置だった。



第三章:恋人であることの限界


ミオは、

僕の変化に気づいた。


考え込む時間。

黙る癖。

目の奥の熱。


「久城くん」


夜、

アパートのベランダで。


「今回は、

あなたが壊れる番だよ」


その言葉は、

正しかった。


「壊れない」


「違う」


ミオは首を振る。


「壊れるって、

暴れることじゃない」


彼女は、

僕の胸に手を当てる。


「ここが、

一人で全部抱え込むこと」


――敵わない。


彼女はもう、

僕を救う側に立っている。


それでも、

事件は進む。



真相は、

学生同士の善意だった。


相談。

共有。

共感。


誰かの苦しみを、

みんなで分けた結果、

誰も責任を持たなかった。


薬を勧めたのは誰か。

止めなかったのは誰か。


全員で、

少しずつ。


集団の狂気は、

個人よりもずっと静かだ。



第四章:選ばないという選択


今回は、

噂を流さなかった。


暴かなかった。

裁かなかった。


僕は、

何もしなかった。


警察と大学が、

時間をかけて処理した。


被害者は助かり、

加害者は曖昧なまま。


正義じゃない。

でも、

誰も壊れなかった。


ミオは、

それでいいと言った。


「ね。

世界は、

全部救わなくていい」



最終章:クレイジーマンは、笑う


数年後。


ミオはカウンセラーになり、

僕は物書きになった。


テーマは、

狂気と日常。


売れないけど、

困らない程度には。


夜、

ソファで並んで座る。


「ねえ」


ミオが言う。


「もしまた、

大きな事件が起きたら?」


僕は少し考えてから答える。


「その時は、

一緒に考える」


狂気は、

一人で使うと危険だ。


共有できるなら、

それはもう、

ただの思考だ。


ミオは笑う。


「やっぱり、

クレイジーマンだね」


「うん」


でも、

もう独りじゃない。


それで、

世界は十分だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ