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クレイジーマン  作者: 続けて 次郎


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3/5

第一部・第三章:落ちる理由は、いつも上にある

警察に呼ばれたミオは、

放課後になっても戻ってこなかった。


教室の窓から見える校庭は、

昼間よりもずっと広く、

まるで逃げ場が増えたみたいに見える。


人は広さを見ると安心する。

それがどこにも行けない広さだとしても。


――思考を整理しよう。


事故現場は、旧校舎三階の外階段。

立ち入り禁止のはずの場所。

錆びた手すり。

監視カメラは、なぜかその日だけ停止。


完璧すぎる。

事故にしては、

あまりにも親切だ。


僕はノートの端に、

人差し指で小さな円を描く。


円は閉じている。

でも、

人は閉じたものを見ると、

無意識に出口を探してしまう。


――出口を作ったのは、誰だ?



ミオは夕方になって戻ってきた。


顔色は、

使い古された消しゴムみたいに白い。


「大丈夫?」


そう聞くと、

彼女は一瞬だけ、

子どもみたいな顔で笑った。


「うん。

……久城くんがいたから」


その言葉が、

胸の奥でゆっくりと腐っていく。


依存は、

甘い匂いがする毒だ。


「警察、何て?」


「普通のこと、聞かれただけ」


普通。

その言葉ほど、

信用できないものはない。



その夜、

僕はミオに連絡した。


「話せる?」


返事はすぐに来た。


『今、家の前』


夜の住宅街は、

誰かの人生が眠っている博物館だ。


ミオの家の前で、

僕たちは並んで立った。


街灯の光が、

彼女の影を細く引き伸ばす。


「ねえ」


ミオが言う。


「久城くんって、

怖いものある?」


僕は少し考えてから答えた。


「正常」


「……それ、怖い?」


「正常って、

誰かが決めた平均値だから」


ミオは黙って頷いた。


「ね。

あたし、あの日――」


彼女は唇を噛む。


「……手、掴まれた気がした」


風が止まった。


「掴まれた?」


「うん。

落ちる前に。

誰かに」


それは、

事故ではあり得ない。


「顔、見えた?」


「見えない。

でも――」


彼女は、

自分の胸に手を当てた。


「嫌な感じがした。

あの人、

“落ちる役”をやらされてた」


その表現に、

僕の思考が加速する。


役。

舞台。

台本。


――誰が、演出した?



数日後、

新しい噂が流れた。


亡くなった生徒は、

ある教師と揉めていたらしい。


金。

成績。

推薦。


噂は、

いつも現実よりも分かりやすい。


でも、

分かりやすい犯人ほど、

だいたい間違っている。


僕は、

旧校舎へ向かった。


立ち入り禁止のテープは、

人を止めるためのものじゃない。

越えた人間を、犯人にするための印だ。


テープをくぐると、

空気が変わる。


湿ったコンクリート。

埃。

時間の死骸。


外階段の手すりに、

わずかな傷があった。


爪。

いや、

指輪だ。


右手。

力の入り方が不自然。


「……なるほど」


僕は笑ってしまった。


落としたんじゃない。

“離した”んだ。


掴んでいた手を、

自分から。


それが意味するのは――



その夜、

ミオは泣いた。


理由は言わない。

言わない理由が、

理由そのものだった。


「久城くん」


彼女は、

僕の制服の袖を掴む。


「一緒に、壊れてもいい?」


その言葉は、

恋の最終形態だった。


「壊れるのは、

一人で十分だ」


そう言って、

僕は彼女を抱きしめた。


心臓の音が、

重なって聞こえる。


二人分の鼓動は、

一つよりもずっと不安定だ。


――守りたい。


その思考が、

僕を本当に狂わせる。



事件は、

教師でも、生徒でもない。


もっと単純で、

もっと卑怯な場所にある。


そして、

ミオはその中心にいる。


知らないまま、

守られる側として。

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