第9話 半裸エプロンってなんだよ!!
「よし、完成だ」
新学期から、俺の人生にとって怒涛の初週を終え、休みに入った土曜日の朝。
ここ数日で取り掛かっていた製作が大詰めになり、金曜の夜からしていた作業が終わる頃にはカーテンの隙間から日が差し込んでいた。
俺の目の前には小さな着物がある。これはぬい用の着物だ。
春休み最終日に麗鷲さんと出会ったとき、彼女の着物姿にインスピレショーンを受けて、これまでせっせと作っていたわけだ。
ぬいの洋服ならこれまで作ったことはあるけど、和服を作るのは初めてだったから結構時間がかかった。
布が形をなして服になるのは、俺の手によって布に役割を与えているようで、なんでもない自分でもそれができることで少しは胸を張れる気がする。
しかし、服はぬいに着せたときに初めて完成するといっても過言じゃないと俺は思ってる。
なので完成の達成感もそこそこに、次にぬいに着せるという高揚感が湧き上がる。
ぐうぅうう、と情けない音が部屋に響いた。
高揚感も、人間の三大欲求の前に和らいでしまった。
「……お腹すいたな」
夜から通しで作業をしていて夜食もなにも食べてないんだった。
自炊は面倒だから、ストックのカップ麺でいいか。普段からあんまり作らないけど製作を終えて料理を作る気にはならない。
作業台から立ち上がり、まずは湯を沸かそうと電気ケトルに手をかけようとしたとき。
コンコン、と家の扉をノックされた。
「なにか頼んでだっけ? 実家からの仕送りかな」
でも実家からなにか送られてくるときは母さんから送った旨の連絡がくるはず、いつも俺に届いたか確認の連絡があるくらいだし。
だったら宗教の勧誘? それともセールス?
ああいうの断るの苦手なんだよな……。
恐る恐る覗き穴から外を見ると、そこには私服姿の麗鷲さんがこちらを覗き込んでいた。
顔近っ! 顔良い!
「麗鷲さん?! どうして家に?!」
「おはよう相楽くん。朝ごはん作りに来た」
弾かれるように扉開けて尋ねると、当然といった様子で麗鷲さんは理由を教えてくれた。
「え、朝ごはん?」
「そう。もしかしてもう食べた?」
「いいや、作業が一段落したからこれからカップ麺を食べようとしていたところ」
俺が言い終わる前に「それはいけない」と麗鷲さんが こちらに一歩踏み出して、顔を寄せてきた。
うひゃあ! 近いな! レンズ越しより破壊力ある!
今日も美しく麗しいお顔に徹夜明けの目が冴える。
それにしても麗鷲さんの私服初めて見た。クロップド丈のロングスリーブカットソー、タイトミニスカートにロングブーツ合わせたスタイルが大人っぽくて仕上がっていてモデルさんのようだ。しかし肌の露出が多くて目の少々やり場に困るな……。
麗鷲さんは後ろにしていた手を出すと、そこには風呂敷が携えられていた。
結び目からはネギが飛び出している、きっと食材が入っているんだろう。
「え、いいの? お礼されるようなこと何もしてないと思うんだけどな……」
「まだまだお礼を返せていないから。それにカップ麺より健康にもいい」
出会ったあの日、命の恩人といっていたくらいだし、相当恩義を感じているんだろう。
それに、あんなにもすごいお弁当を作った麗鷲さんだ。カップ麺より味も栄養も絶対に良いことは分かる。
想像したせいか、ぐうぅう、と腹の虫が鳴った。
うわあああ! 麗鷲さんの前で恥ずかしすぎる!
「かわいい」
「え?」
自分の身に起こったハプニングに、麗鷲さんがなにか言ったみたいだけど聞き取れなかった。
「なんでもない。ほら、遠慮しないで」
そして、いつまでも玄関先でやりとりするわけにも行かず、麗鷲さんを家にあげた。
「……この曲」
部屋に入ってくるなり麗鷲さんはポツリと呟いた。
「ああ、アスタリスクの『スターレイル』。麗鷲さんが推してるっていってたから昨日初めて聴いたけど、良い曲だね。前向きな曲でおかげで作業にも力が入ったよ」
夜通しの作業のお供として、麗鷲さんが推しているアイドル『アスタリスク』のプレイリストをサブスクでスマホから流していた。
それがまだ流しっぱなしだったみたいだ。
「嬉しい、わざわざ聴いてくれたの?」
「気になったから聴いただけでわざわざというほどでもないよ。本当に良い曲ばかりだね、教えてくれてありがとう」
麗鷲さんが目を見張って驚いてるようだった。
「相楽くんって天使の生まれ変わり?」
「え!? 天使!? そんなことないと思うけど……」
俺は前世も今世も普通の人間だと思う。きっと来世も。
じゃあ、今から作っていくね、と麗鷲さんは台所に食材を広げた。
「調理器具は一通り揃ってると思うから自由に使ってもらっていいよ」
一人暮らしを始めるにあたって買い揃えたやつ。正直あんまり使っていない。
「分かった。ありがとう」
こちらを振り返る麗鷲さんはうさぎちゃんが描かれたエプロンを着けていた。
美人なのにかわいいエプロンのギャップがすごいな! それに下がミニスカートだから正面から見るとまるで下を履いていないかのような半裸エプロン状
態だ。
いや、半裸エプロンってなんだよ!! 意味分からんこと考えるな俺!
それから、麗鷲さんは手際よく料理を作っていく。
とんとんとん、と包丁がまな板を叩く小気味の良い音が部屋に反響する。
食欲をそそるような香りが部屋を満たしていく。
麗鷲さんが俺の家でエプロンを着て料理を作っているなんて、なんだこの光景は?! 現実か?!
「お待たせ」
「おおー、美味しそう!」
出来上がったのは卵焼きに焼き鮭、お味噌汁に白ごはんとこれまた朝ごはんに最適なラインナップ。
「麗鷲さんありがとう」
感謝の言葉を伝えると、麗鷲さんは少々機嫌が悪そうにむっとした表情を見せる。
ありがとうの一言ではやっぱり足りないか。麗鷲さんの手料理だ、好意で作ってくれてるとはいえ、ここは対価をきちんと支払うべきか。
俺は財布を取りに行こうとしたとき。
「麗鷲さんじゃないよね」
「え?」
「てんちゃんって呼ぶって相楽くんいった」
切れ長の目が俺を貫く。
言ってることかわいいのに目が怖いんだよなあ!
「学校以外で呼ぶとはいったけど今は周りに人がいないし、ね?」
伺うように訊くも、麗鷲さんはつんとした態度を崩さない。
「ありがとう、てんちゃん」
「はい、召し上がれ」
俺が恥ずかしがりながらも呼ぶと、麗鷲さんはにんまりと満足そうに微笑んだ。
そして、気恥ずかしさを感じながらも空腹と目の前の料理に負けてしまい、俺は舌鼓を打った。
「このぬか漬け美味しいね」
「それはおじいちゃんが昔から漬けてて私も好きだから持ってきたの」
「だから味に深みがあるのか……。麗鷲さんのおじいちゃんってお漬物とかつくるの!?」
麗鷲さんのおじいちゃんは、麗鷲組の組長。極道を束ねる頭。
俺はそんな偉い人が作ったのを食べさせてもらってるのか!? 恐れ多い……!
「おじいちゃんは沈めたり埋めたりするのが得意だから、ぬか漬け作りも性に合ってたみたい」
「へ、へぇ……そうなんだ」
俺は上手く笑えているだろうか。
深く聞いてはいけない気配がビンビンにしてるんだけど!
俺がご飯を食べ終えると麗鷲さんは食器を持っていき、洗い物までしてくれた。なにからなにまで感謝しかない。
そして、洗い物を終えた彼女に尋ねられる。
「また作りに来たときのために私のエプロン、冷蔵庫の横にかけてていい?」
「え? あ……うん」
俺は困惑しつつも麗鷲さんにハンガーを渡した。
また作りに来てくれるんだ……。
こうして、俺の家にかわいいうさぎちゃんのエプロンが加わったのだった。




