第8話 ずうぅっと一緒 天side
「お嬢、お帰りなさいっす。今日はいつもより遅かったっすね〜」
「うるさい」
「ひぃい……?!」
相楽くんと放課後にカフェに行った日。
家に帰った私を出迎えてくれた松田に、強くあたってしまう。
「岩橋さん、お嬢昨日はあんなに機嫌良かったのに、今日はどうしたんすかね。心配っす」
「お嬢にはお嬢の事情があんだろ、俺たちはそっとしておこう」
背中越しに聞こえる優しさに今は何も返すことができない。
相楽くんに迷惑をかけてしまい、心が乱れているのが分かる。
自分の部屋に戻ってから、その場でへたり込んでしまう。
私はこの家が好き。
私を可愛がってくれるおじいちゃん、面倒をみてくれた組員、みんな大切な私の家族。
けれど世間からすれば極道で、暴力団で、恐れるべき存在。
そんなことは知っていたけど、相楽くんあまりにも普通に接してくれるから目をつむっていた。
「ばにらちゃん……」
私は制服のポケットにしまっていたぬいぐるみの『ばにらちゃん』を取り出してみつめる。
――今日は楽しかった。
相楽くんとオシャレなカフェに行って、流行りの食べ物を食べた。
組員の見た目は厳ついし、暴力団員お断りと掲げている店が多くて、そういったところには一緒には行けない。
前に1人でタピオカを飲みに行ってとき、楽しそうに友達と写真を撮りあっている光景に羨ましさを感じていた。
『楽しさをすぐに共有できるっていいな』
今日は一緒にばにらちゃんと写真を撮って、それを相楽くんが撮ってくれて、思い描いていたぬい活ができて本当に楽しかった。
それを私が台無しにしてしまった。
相楽くんの戸惑った表情が忘れられない。
食欲がないからご飯は食べずに、まとわりついた陰気な空気を洗い流すかのようにシャワーを浴びた。
気持ちはちっともはれずに私はベッドに潜り込む。
気づけば深夜になっていた。スマホが震え、ディスプレイにはインスタのプッシュ通知が映った。
私のアカウントを知っているのは彼しかいない。
『今日は楽しかったね』
胸が締め付けられた。
この一言を送るために彼はどれだけ労を割いてくれたのだろう。
相楽くんは、私と同じ気持ちだったんだ。
嬉しく思う温かい気持ちを、冷たい気持ちがじわじわと足元から侵食してくる。
同じ気持ちなのに、同じように分かち合えないなんて。
幼い頃は名前を気にせずに遊んでいた、けれど仲の良かった友達は急にいなくなった。
引っ越したり姿を消したという意味じゃない。
ある日を境に、私の顔色を伺うようにして話してくるようになった。
何を言っても肯定するし、声をかけるたびに怯えた目をする。
私の仲の良かったその子はもうその子じゃなくなってしまった。
その原因は私が極道一家のお嬢だからだった。
ある時、その子が他の女の子に、親から粗相のないように、ご機嫌を取るように言われていると泣きながら話しているのを聞いてしまった。
私はこれ以上困らせないように、もう関わらなくなった。
すると彼女は笑顔みせて他の子と話すようになった。
その笑顔が私に向けられることはもうないけれど、それで良かった。
無視されたわけでも、いじめが始まったわけでもない。
そんなことをしてしまえば自分の身が危ないとみんな思っているから。
そんな私が普通の高校生のように遊べたことが奇跡だった、そう思いながら、今日貰ったかけがえのない思い出を抱いて眠りについた。
次の日、登校して、靴箱にいる相楽くんがいることに気づいていた。
けれどもう関わらない方がいい。
「……お、おはよう」
そんな私にたどたどしくも彼は挨拶をしてくれた。
ちょっと裏返ったのも可愛くて、すぐに挨拶を返したくなったけど決意が揺らいでしまうから見ないようにした。
本当は飛び跳ねて喜びたかった、誰かから私に向かって挨拶をしてくれることなんてなかったから。
四限で教科書を忘れてしまった。
普段こんなことないのに、昨日考え事をしたからだ。
休憩中に寝たふりをしてても、伺うようにちらちらとこっちを見ていた相楽くんの表情がぱあっと明るくなるのが分かった。かわいい。
ああ、いけないいけない。
「一緒にみる?」
心臓が飛び跳ねそうになった。
こんなドキドキなシチュエーション今まで味わったことがない。
とても彼に甘えたい、机をくっつくけてどさくさに紛れて肩までくっつけて、授業そっちのけで体温を感じたい。
けれど私が彼の提案に乗ることはなかった。
昼休み、私はすぐに教室を抜け出した。
私がいると教室のみんなが食べづらいから、本当は屋上や教室で食べたいけどいつも体育館裏を使う。
普段からあまり人が来ない場所だったけど、私が使っているという噂が流れてから誰も来なくなった。
昼休みは禁足地となっているこんな場所に足を踏み入れる音がして、私は茂みに身を潜めた。
きょろきょろと辺りを見渡す相楽くんの姿が見えた。
そんな彼の姿に不謹慎にも嬉しくなっている自分がいた。
しばらくして彼は肩を落として去っていった。
もう安心と思った放課後、彼はあろうことか追いかけてきた。
家が近いから道のりは同じ、だから急いで帰っているだけかと思うのには無理があった。
「麗鷲さん!」
街中で大きな声で名前を呼ぶと、彼が組の関係者と思われて迷惑をかけるかもしれない。
だから私は振り向いて彼に詰め寄った。彼が関係者じゃなくて私に脅されているように見えるように。
「なんで追いかけてくるの」
それから私がどんなに凄んでも彼は一歩も引かなかった。
私が凄んだら組員にも怖がられるというのに。
「てんちゃん」
「え?」
初めは何を言い出したのかと思った。
それが自分の名前であるというのに時間がかかった。
「だったら俺はこれから学校以外では麗鷲さんのことをてんちゃんって呼ぶことにする。そうすればみんな気づかないでしょ?」
なに言ってるのこの人は、呼び方を変えたらいいなんて自信満々な顔をして、私と関わること自体が迷惑をかけることなのに。
けれど不思議と嫌じゃなかった。むしろもっと呼んでほしい……。
その願いが届いたのか彼は何度も呼んでくれた、でもこれ以上呼ばれると興奮しておかしくなりそうだったから咄嗟に口を塞いだ。
そのとき触れた彼の唇はとても柔らかかった。
◇
「お嬢おかえりなさいっす、今日は早かったすね〜」
「昨日はごめんなさい」
玄関で昨日と変わらない態度で迎え入れてくれる松田に、私は帰ってから開口一番に謝った。
「えぇ!? 全然いいっすよ〜。それよりも機嫌なおったみたいでよかったッす」
松田はなんでもなかったかのように、人の良い笑顔を見せる。
「ありがとう」
「お嬢、晩飯出来てますよ。今日はお嬢の好きなカレイの煮付けです」
お玉片手にエプロン姿の岩橋が顔を出す。
いつみても不釣り合いなその格好に少し笑ってしまう。
「お、岩橋さんのカレイの煮付け俺も好きなんすよね〜。お嬢昨日から何も食べなかったっすもんね、ほらほら食べましょ」
麗鷲組の組員は下の構成員にご飯を振る舞うことが多く、上に行くほど料理が上手い傾向にある。私の料理もみんなから教わったものが多い。
おじいちゃんが、組は家族で下のもんには俺らが親だ、親は子どもに飯を食わせなならん、腹が減ってるのはひもじいからな、といってた。
組員は様々な家庭環境を抱えていて極道の世界に足を踏み入れた人が多い。その中でお腹いっぱいにご飯が食べられることは幸せで、優先すべきことなのだとか。
家族っていいな、と考えて気づく。
――そうだ、家族になればいいんだ。
これが私がこれからも、ずうぅっと相楽くんと仲良く一緒にいられる方法。
「お嬢どうしたんすか…?」
「え?」
「いつも美しいお嬢ですが、今日はゾッとするほど綺麗といいますか……」
玄関にある鏡で自分の顔を見る。
そこには自分自身でも目にしたことのない、恍惚な笑みを浮かべる私が映っていた。




