第5話 寝癖なおしてあげるね
次の日の昼休み。
移動教室が終わって、教室に戻ろうと廊下を歩いているときに男子二人に話しかけられた。
「相楽いいか」
「聞きたいことがあるんだが」
この二人は誰だろう。顔は見たことあるような気がするけど、クラスが変わったばかりで名前を覚えていないな。
「どうした?」
ひとまず会話を続けることにする。
それにしても、クラスの人に話しかけられるのって嬉しい。
でも俺は話あんまり上手くないし、いわゆるコミュ障だからちゃんと受け答えできるか心配だ。
「お前昨日、昼休み大丈夫だったのかよ」
「麗鷲さんに連れて行かれただろ、みんな心配してたんだぞ」
ああ、そのことか。
麗鷲さんは極道一家のお嬢でみんなに怖がられている。
本当はぬいぐるみ好きな優しい人なのに。誤解を解かないといけないな。
「大丈夫だよ。体育館裏に連れてかれてお礼されただけだから」
体育館裏?! と二人が驚いている。
「お礼参りってことか?!」
あそこではお弁当をもらったんだけど、あの味は最高だったな。
ここは料理上手で家庭的なところも伝えなければ。
「そこでなにがあったんだよ。まさか殴られ……」
「とっても良くてさ、天国に行きそうだったよ」
「は?!」
うん、あれは天にも昇る美味しさだった。
「また味わいたいなあ」
「ドMじゃねえか!」
俺がドM?!
どうしてそうなるんだ。
「てかさ。そもそも麗鷲さんに呼び出されるなんて、なんかきっかけはあったのか?」
ええっと、ぬいぐるみのことは内緒にしてるからそこはぼかして伝えよう。
「麗鷲さんの身内が道端に転がっていたんだ」
「は?! 組員が!?」
ぬいぐるみは家族だから身内だよな。
「そして酷いことに、腕が取れかかってたんだ」
「腕が?!」
男子二人が青ざめた顔をして震えていた。
見つけた時は僕もショックだったなあ。
「だから、繋げて治してあげた」
「んな?!」
たしか、あの時は腕を縫っただけじゃなかったな。
「その時に綿が出ちゃっててさ」
「はらわたまで?!」
「いやー、ちょうど持っていたから詰めて縫ってあげたんだ」
「お前そんなことできるのかよ!」
あ、ぬいぐるみのことは内緒だから、俺が手芸していることも内緒にすべきだった……。
「てかお前、ワタを普段持ち歩いてるのか!?」
「え? そんな、普段からは持ち歩いてないって」
「そ、そうだよな」
裁縫セットは持ち歩いてるけど、あれは綿はたまたまだ。
「買った帰りだったんだ」
「どこで!? 売人から買ったのか!?」
とても驚いてるし、結構話に食いついてくれている。
俺って話が上手いのかも?
「個人じゃなくて、そういうの専門の店があるんだ」
「専門店?!」
そっか、手芸屋さんとかみんなあんまり知らないか。
「男には馴染みないし、普通行かないよね」
「女でも行かねえよ!」
そっか、女性だからってみんなが手芸するわけじゃないもんね。
ちょっと反省だ。
「とにかく、それで一目置かれたってわけか。相楽お前って地味なようで結構ヤバいやつだったんだな」
「あの美貌に誰しもが憧れながらも、極道一家のお嬢だから遠巻きに眺めるしかないというのに……。お近づきになれるかもって思ったけど、俺らには真似できねえぜ」
「そういや、どっかの政治家の息子が麗鷲さんに告白したことがあったけど玉砕したっつってたな。最後には友達からでもと情けなく縋り付いてたらしいぜ」
「なんだよその命知らずは、気持ちは分かるけどよ。そんな権力を持ってしてもお近づきになれないのか……」
「間近でつよつよのお顔を拝めるなんて羨ましいぜ相楽、いや相楽さん」
「相楽さん、すごいけどちょっとこの話はヤバすぎるから聞かなかったことにするぜ」
「ええ、そんなあ」
めっちゃ楽しく話せたと思ったのに。
コミュ障特有の自分だけ上手く話せたと思ってたパターンか。
「相楽くん、体育館裏行こ」
「麗鷲さん?!」
びっくりした。
肩越しに声をかけられて、背筋が凍りつく感覚を覚える。
「誰この人たち」
麗鷲さんは僕に話しかけてくれた男子二人を一瞥する。
睨みつけてるわけではないんだろうけど、いかんせん切れ長の瞳と整った顔立ちが圧を与える。
「俺たち誰でもないです!」
「そうですそうです。気にしないでください!」
後は二人でお楽しみしていただいて、と二人は逃げるように去っていった。
どうやら僕のトークスキルでは麗鷲さんの黒い噂を払拭することはできそうになかった。
最後は俺のことをみて怯えているようにもみえたけど、どうしてだろう。
麗鷲さんは走っていく二人に関心はなさそうにいう。
「また作ってきた」
麗鷲鷲さんの手には鞄があった、作ってきたというからにはきっと中身はお弁当が入っているんだろう。
僕が話している間に、教室に戻って荷物を取ってきたのか。でもお礼はもう昨日頂いたんだけどな。
「どうして?」
「ばにらちゃんをお風呂に入れてくれたから」
どうやらまたお礼をしてくれるらしい。
僕はお弁当のお返しにお風呂に入れてあげたのに、また返されてしまうとどうすればいいのやら。
そして僕らは体育館裏に移動した。
そこで作ってきてもらったお弁当を広げて舌鼓を打つ。
「とってもおいしいよ」
「ありがとう」
これこれ!
日本料亭とかあまり行ったことないけど、この上品で旨みが凝縮された味は食べていて天にも昇る気持ちになる。
「こちらこそ作ってくれてありがとう。毎日でも食べたいくらいだ」
「それって……」
「ごめん! あまりにも美味しいからつい口走ってしまった。毎日って手間かけるよね」
「別に」
麗鷲さんはふいっと顔を背けて、艶めいた銀髪をくるくると指で巻いていた。
やっぱり迷惑かけちゃうみたいだ。いくら美味しいからって自重しないと。
今回のは昨日のぬいぐるみをお風呂に入れてあげたことのお礼なんだから。
ご飯を食べ終わると、麗鷲さんに頭をポンとなでなでされた。
「え、どうしたの?!」
「寝癖があったから、直そうと思って」
今日は朝急いでたから寝癖をみる時間がなかった。
だからって頭を撫でられるのは照れてしまう。
麗鷲さんは無言でなでなでを続けている。
なんだこの状況は……。
「少し待って」
寝癖がなかなか直らなかったみたいで、麗鷲さんは胸ポケットから櫛を取り出した。
女子高生らしいなと思ったけど、それはプラスチック製じゃなくて木製だった。
「つげ櫛といって椿油を染み込ませてあるから、寝癖も取れると思う」
それをすっと僕の髪に通してくれた。
誰かに髪を梳いてもらうなんて初めてで、こそばいような気持ち良いような不思議な感覚だ。
これっていつも麗鷲さんが使っているものだよな?! 俺に使って良いのかな?!
「昨日、相楽くんがばにらちゃんにしてくれたの思い出すね」
「たしかにそうだね」
俺が毛並みを整えるためにブラッシングしてあげたように、今は麗鷲さんが俺の髪を整えてくれている。
どきどきもするけれど、とても穏やかな良い時間だ。
「相楽くんをお風呂に入れてあげることができなかったけどブラッシングできて良かった」
「お風呂って……本気で言ってたの?!」
僕の突っ込みに、麗鷲さんは「ふふ」と微笑む。
どうやら、また僕はからかわれていたらしい。
「寝癖なくなった。これでぬい活行けるね」
麗鷲さんは櫛をしまって満足そうにいう。
そう、今日は麗鷲さんとぬい活のために放課後遊ぶことになっている。
放課後に女の子と遊ぶなんて、改めて考えると緊張してきた。
午後の授業は集中できそうにないな。




