第25話 なにか隠し事してるでしょ?
楽しかった休みを終えて、学校が始まる。
「おはよう相楽くん。どうしたの? クマできてるみたいだけど」
席に着くと麗鷲さんが俺の顔を覗き込む。
心配そうに見る顔も美しいな。
「おはよう。そうかな? なんだか昨日寝れなくて。エナジードリンク飲んだからかな」
なんて俺はとぼけて見せる。
ライブ鑑賞会をして麗鷲さんが帰った後、俺は麗鷲さんが教えてくれたPVを何度も何度も見た。
曲や映像もいいんだけど、それよりも注目してたのが衣装だった。
ふわっとした肩のフリル、スカートのボリューム感や柄やデザイン。ひとつひとつのディティール。
その日はイメージを固めるために沢山見るだけにした。
それは麗鷲さんが一番かわいいといっていた衣装で、ぬい服を作るためだった。
サプライズで渡したいから彼女にバレないようにしなければ。
「エナジードリンクはカフェイン摂りすぎるから今後は控えないとだめ。相楽くんの睡眠時間の方が大切だから」
「うん、そうする」
純粋に俺の身を案じてくれる麗鷲さんに少し心が痛む。
次の日。学校も終えて放課後。
麗鷲さんが家に来て、料理を作っている時のこと。
「相楽くん。これ、なに?」
「あ、それはっ!」
麗鷲さんが持っていたのはインスタントコーヒーのパックだった。
料理のごみを捨てるときに見つけたのだろう。
「コーヒーにカフェインが入っているの知ってる?」
「あー、そうだったね」
「エナジードリンクがだめだったらコーヒーもだめなの分かる?」
「いやあ、コーヒーの味が好きで飲みたくなったんだ」
ははは、なんて頭をかいて笑う俺に、麗鷲さんはじとっとした視線を向ける。
ちょっと怖くて足ががくがくと震える。
「こっち向いて?」
麗鷲さんはコーヒーのパックを持ってない方の手で俺の顎を掴む。
なんだか色んな意味でどきどきする。
「くまも治ってないみたいだし。カフェインに気をつけてね」
「……わかりました」
よろしい、と麗鷲さんは俺の顎から手を離して料理を再開した。
これまで俺はぬいの服を作るのは、学校の休み時間の合間や昼休み、家に帰ってからの時間を使っていた。
けれど最近は、どの時間であっても麗鷲さんがいる。とても贅沢な悩みなのは分かっている。
だから晩御飯を一緒に食べて、麗鷲さんが帰って一人になってから夜遅くに作業を進めないといけない。
それが俺がカフェインをとっている理由。
カップを洗ったから気づかれないと思っていたけど甘かった。
でもこっちにはまだまだ策はある。
「相楽くん。知らなかったら危ないからいうけど、ここに沢山あるお茶とチョコもカフェインが多いからしばらくは食べないように」
麗鷲さんは、戸棚を開けていう。
しまった。俺の食糧は麗鷲さんには筒抜けだったんだ。
「へ、へえ」
「減ってたら分かるから」
薄く微笑む麗鷲さんの瞳の奥にどこか恐怖を覚えた。
急に策が尽きてしまった。カフェインに頼らずに頑張らないとな。
その日の夜、作業台で作業を進める。
今日は昨日みた衣装をデザインに起こしていく。現実のデザインはフリルや柄が細かいけれど、ぬいの服は大きさが限られているので緻密にできる部分にも限界があるから、ある程度デフォルメしていく必要がある。
この取捨選択がセンスを試されていて結構楽しい。
出来上がったデザインは、麗鷲さんにみられないように隠さないとな。
それからの作業は、型紙に起こして実際の生地を買って裁断と縫製。何度かサンプルを作って満足のいく出来に持っていく。
何日かかけてこれらの過程を熱心に取り組んでいた頃。
麗鷲さんと晩御飯を食べている最中のこと。
「相楽くん。なにか隠し事してるでしょ?」
ぎくぅ。
「な、何にもないよ?」
「お箸を持つ手震えてる。怪しい」
ぎろり、と麗鷲さんの鋭い眼光が俺を捉える。
「私分かってるんだから」
なに!? 内緒で衣装を作っていることがバレてしまっていたのか!
「私が帰ってから『アスタリスク』のPV見てるよね?」
「ええっと……」
「家を出たときに聞こえてきたよ」
言い淀む俺にとどめをさす麗鷲さん。
くっ、時間が惜しいからすぐに作業に取り組んでいたのが仇になった。
「なにも隠さなくたっていいのに。クマも変わっていないし」
確かに、こんなにもよくしてくれている麗鷲さんにサプライズとはいえ隠し事は良くなかったかな。
「そうだよ……実は……」
「久遠ちゃんのこと好きになっちゃったんでしょ?!」
麗鷲さんはむむっと眉間にしわを寄せて問い詰めてくる。
食卓を囲みながらそんなことを言われてしまっては、何気ない日常に浮気をしている問い詰められているような雰囲気だ。
「分かるよ。あれだけ可愛くて、歌もダンスもできたら誰だって好きになるよね」
「え? え?」
「私も最推しだし。PV公開初日は何度も見たりしたけど、連日、睡眠不足になるほど見たりしなくてもいいんじゃない?」
麗鷲さんの暴走は止まらなかった。
「あの日、綺麗だっていってたし……」
「いや、違うよ」
「え、久遠ちゃんが綺麗じゃないっていいたいの?」
麗鷲さんがハイライトを失った瞳でこちらを見る。
推しを否定したいわけじゃないんだあああ。
「違う違う! てんちゃんストップ! ごめん、隠し事をしてたのは謝るから!」
「やっぱり隠してたんだ。好きになっちゃったんだ」
「それは違うんだって」
俺は立ち上がって、作業台から完成したぬい服を取り出す。
「新曲衣装のぬい服? でも、どうして相楽くんが持ってるの? まだ発売してないのに……」
この服を見ただけで新曲の衣装だって分かってもらえたのは嬉しいな。
「俺が作ったんだよ。はい、てんちゃんにあげる」
「相楽くんが作ったの?! すごい! 凄すぎて神だよ! 本当にもらっていいの?」
「てんちゃんの一番のお気に入りの衣装をぬい服にしてあげたかったんだ。これまでずっとこれを作ってたんだよ。誰のものでもないてんちゃんのために」
「私のために……、相楽くんが寝不足になってまで作ってくれるたなんて。嬉しすぎるよ」
「寝不足で心配かけてごめんね。それに、久遠さんはアイドルとして凄いと思うけど推しって感じだから好きになったわけじゃないよ」
俺の言葉を聞いて麗鷲さんは目を白黒させていた。
自分の感情に追いついていないようだ。
「本当に、ありがとう相楽くん。それに変に疑ってごめんなさい」
麗鷲さんはぬい服をそっと手に持ちながら深く頭を下げた。
「全然気にしないで。最近は晩御飯まで作ってくれてるお礼だから。それでさ、てんちゃん。これよかったら……」
俺はスマホを取り出して、ホームページを見せながらいう。
「『アスタリスク』のコラボカフェ、一緒に行かない?」
「それ行きたいなって思ってたけど一人だからやめたんだ……。一緒に行けるなら行きたいけど、予約取れないよ?」
スマホを操作してメール画面を見せる。
「実はもう、今週日曜のお昼前に予約取れたんだけど、どうかな? 日程空いてる?」
コラボカフェ開催期間は限られている。
その期間中にどうにか新衣装のばにらちゃんを持って麗鷲さんといきたかった。だから衣装を急ピッチで製作していたというわけだ。
それに、コラボカフェはキャンセルが出たら空席が予約できたりする。
夜遅くまで作業することが多かったから、作業しながらキャンセルが出てないか都度確認してどうにか枠を確保できたわけだ。
「なにがなんでも行く! ありがとう相楽くん!」
麗鷲さんにぎゅっと抱き寄せられる
その大きな胸に顔が埋もれてしまい窒息しそうだ!
「て、てんちゃん、このままだとコラボカフェ行けなくなる」
とんとんと背中をタップする。
「わわ、……ごめんなさい」
感情の激しいアップダウンから正気に戻った麗鷲さんは、珍しく照れていた。
相当喜んで貰えたみたいだな。
◇
麗鷲さんを誘い終えた夜のこと。
連日作業をしていて寝不足だった俺は早めにベッドで眠りにつこうとしていたらスマホに電話がかかってきた。
発信者は咲茉だった。
「もしもし、どうした?」
『そうちゃーん。元気してるぅ?』
「寝不足だからもう寝る予定。用がないなら切るぞ」
『ちょっとちょっと! かわいい妹からの電話だよ? すぐに切らないでもっと喜んでよ!』
咲茉の高い声がスマホを貫通して耳に刺さる。
「ああ、もうなんなんだ。要件をいえ」
咲茉は何にもないのに電話をかけてきたりはしない。
昔はなにもなくてもべったりで俺が離れようとしたら泣いていたというのに。
『そうちゃん聞いたよ。天姉とデートしてるんだって?』
電話越しからもにやにやとしているのがわかる。
なにを言ってるんだ。
「デート? いや、してないけど」
『え、この間。ポーチ買いに行ったんじゃなかったの?』
咲茉の声音が揺れて、戸惑っているようだった。
「行ったけど、あれはデートじゃなくてぬい活だ」
『それ本気で言ってるの?』
ガチトーンの咲茉に今度は俺が戸惑いながら質問する。
「え、本気だけど。……違うのか」
『男女が二人で出かけたらそれはデートだよ!』
そんなことはないだろ。俺と麗鷲さんだぞ。
デートと考えることすらおこがましい。
『出かける時のそうちゃんどんな格好で行ってるの』
「特に……いつも通りだけど」
『信じらんないっ! ちゃんとオシャレしてかっこよくいかなくちゃ!』
急に大きな声が聞こえてきたので、俺はスマホを耳から離す。
それでまだなにか言ってるのが分かるくらい。咲茉を怒らせてしまったらしい。『ちょっとそうちゃん聞いてる?』と聞こえたので俺はスマホを耳に当てる。
『次、また天ねえと出かける約束とかしてないよね?』
「いや、それは……」
『あるんだ。その時はしっかりとしなくちゃいけないよ? あ、そうだ! 咲茉が手伝ってあげる!!』
「咲茉、お前それ楽しんでるだろ!」
『……』
なんとかいってくれよ。
『こほん、それで次いつなの』
「次は日曜だけどさ」
どうして俺は妹に予定を伝えねばならんのだ。
『それなら土曜空いてるよね。うん、予定なんてそうちゃんにないもんね。だったらまだ準備に間に合うか……』
咲茉にひどいことを言われている気もするが間違いでないので聞き流す。
言い返したら逆に負けだ。
そして勝手に咲茉に予定を押さえられて、電話は切られた。
はあ、わがままな妹だな。
俺はベッドに体を預けて考える。
咲茉は男女が出かけることをデートっていってたけど、俺は麗鷲さんと今度デートをするのか?
そう考えたら、放課後にカフェに行ったのも、お花見をしたのもぬい活だと思っていたけどデートでもあるのか?
万年、彼女のいない俺がデートしてた?
あの学園番外の美人、麗鷲天とデート?
「いやあ、ないないない」
口で否定しつつも、頭では『デート』という単語が駆け巡る。
今後、麗鷲さんに会うの謎に緊張してきたじゃないか。
咲茉のやついらんこといってくれたな。
本日、寝不足が解消されることはなかった。




