第20話 ご褒美あげる
――ピピピッ
次の日の朝、軽やかな電信音がその音色とは裏腹な事実を告げる。
37.2度か。咳は出なくなったけど微妙に体がだるいな。今日も休もう。
俺はベッドの上でスマホを操作し、先生に休む旨の連絡をする。
昨日麗鷲さんに休むなら連絡してといわれたので、忘れずにメッセージを送る。
その少し後、麗鷲さんが家を訪ねてきたので、玄関先で軽く話をした。
「おはよう。大丈夫? 相楽くんは普段元気なのに一度体調崩したら長引くみたいね」
「どうしてそれを?」
「咲茉ちゃんから聞いた」
咲茉と連絡してるのか、変なこといってないといいんだけど。
「今日も汗拭く?」
「いや、今朝はシャワー浴びたから大丈夫」
まだ体は怠いけど38度を下回っていたから、寝起きの体を動かして朝シャンした。2日ぶりのシャンプーはかなりスッキリした。
いくら体を拭いてもらったとはいえ、頭髪の臭いはどうにもならないだろうし、看病に来てくれる麗鷲さんに臭いと思われたくなかった。
「そう……。相楽くん今日も休むと思って作ってきた。朝ごはん用と夜ごはん用」
一瞬、麗鷲さんの表情に陰りがさしたかと思ったのも束の間、渡されたのは二つのお弁当。
咲茉から俺が体調不良が長引くというのを聞いてのことだろう。本当に用意がいい。
「なにからなにまでありがとう」
「相楽くんのお役に立ててなにより」
麗鷲さんがいなかったら俺はどうなっていたんだろう。
しんどい体に鞭打って買い物に行き、一人でコンビニ飯にありついていたはずだ。
感謝しかない。
「学校終わったらまたくる」
「ありがとう。その時間になったら起きておくよ」
「相楽くんの体調を考えたら寝てて欲しいのだけど……」
そうはいっても俺が寝ていたら、麗鷲さんが締め出しを喰らうかもしれない。
昨日はその逆で、俺が寝てしまったから麗鷲さんが帰られなかったみたいだし。
じゃあ、と俺は部屋に戻り、作業机の引き出しからあるものを取り出して玄関へと戻る。
「合鍵渡しておくから、学校終わって家に来たときに俺が寝てたら勝手に入っててよ」
「愛、鍵?!」
麗鷲さんの鋭い瞳がまん丸に見開かれていて、えらく驚いていた。
驚きすぎて、なんだか合鍵を変なところで区切っているし。
「いいの……?」
「うん。てんちゃんのこと信頼してるから」
ありがとう、と麗鷲さんは鍵を受け取るとぎゅうぅと握りしめていた。
強く力が入っていて、いつもは雪のように白い指先が赤くなっている。
「相楽くん、私もう行くけどできる時に自撮り送ってね」
「分かったよ」
そうだ、俺の様子を送ってほしい麗鷲さんとそんな約束をしていたんだ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
俺は麗鷲さんを送り出す。
一人暮らしだとこのやりとりをすることがないから、どこか懐かしさを感じた。
そして、俺は部屋に戻り、朝ごはんを食べてまた眠った。
お腹が空いて目が覚めると、時刻はお昼過ぎだった。
食欲で目覚めるということは徐々に元気になっている証拠かな。
そんなことを考えながら俺はスマホを見る。
そこには麗鷲さんからの写真とともにメッセージが届いていた。
『お昼ごはん食べてる』
写真には麗鷲さんがお弁当と写っていた。場所は最近は馴染みのある体育館裏。
アイドルの写真集顔負けで、学校での日常を鮮やかに切り取っているようだった。
ちょうど高校はお昼休みか。俺もお昼ご飯を食べよう。
そして少々気恥ずかしさを感じながらも、俺も麗鷲さんと同様に、お弁当との自撮りを試みる。
咲茉が上の角度から撮っていたけど、これでいいんだろうか?
これは報告のための写真、俺ごときが盛れる盛れないとか気にしなくていいか。
こういうのは沢山撮るとどつぼにはまるから、パシャと一枚撮って終わりにする。
『俺もこれから』
『いただきます』
俺がメッセージとともに写真を送ると、すぐに既読がついた。
『食欲があってよかった』
『元気になってまた一緒にお弁当食べようね』
麗鷲さんのメッセージに胸が温かくなる。
俺と一緒にお昼ごはんを食べることが麗鷲さんの日常になっているのか。
誰かの時間と俺の時間が重なっていることに嬉しさを覚える。
『うん、また食べよう』
そして俺は早く回復するためにも、眠気はあまりないけれどもう一眠りすることにした。
以前の俺だったら、体がしんどいながらもだらだらとスマホを触って時間を潰していたことだろう。
しかし、心配してくれる人のためにも回復に専念だ。
起きると、人の気配がした。
『誰だ?!』と一瞬焦ったけど、見覚えのある銀髪とその麗しい横顔に意識が覚醒する。
麗鷲さんか……、俺が合鍵渡したんだった。
麗鷲さんは机の上でノートを広げてスマホを見ながらなにかを書き写していた。
「おはようてんちゃん、勉強?」
「おはよう相楽くん。そうね、これは昨日分のノートを写しているの。元気になった相楽くんが写せるように」
昨日分?
そうか、麗鷲さんは昨日俺の看病のために学校を早退していたんだった。
麗鷲さんのノートを写させてもらおうと思ったけど、その日分は誰かのノートが必要になるよな。
「それって、クラスメイトのノートを写真撮らせてもらったの?」
麗鷲さんが、クラスメイトと交流を?
「ええ、初めて私から声を掛けたわ。相楽くんを除けばね」
「声かけた人、めちゃくちゃ驚いてたんじゃないの?」
教室が騒然としたのが容易に想像つく。
「そうね。でもこれも相楽くんのためだから」
麗鷲さんはなんでもないようにいう。
しかし、俺は自分のために、麗鷲さんが行動を起こしたという事実に打ちひしがれる。
なんだかそれって、とっても嬉しいことだ。
「体調はどう?」
「結構マシになったよ」
体感的には体が重いことはない。そして、体温を測ると平熱だった。
体温計を麗鷲さんに見せる。
「よかった」
「麗鷲さんのおかげだよ」
胸を撫で下ろす麗鷲さんに改めて感謝を告げる。
「元気になった相楽くんにご褒美あげる」
麗鷲さんはいたずらっぽくそういって、腰を下ろしていたクッションから立ち上がり、冷凍庫から黄緑色の球体を持ってきてくれた。
「うわあ、それって!」
麗鷲さんが持ってきてくれたのは、『メロンボール』というアイスだ。
メロンの形をした容器にシャーベットが入っていて、見た目もかわいいし、美味しいんだよなあ。
「これも咲茉ちゃんから聞いたの。もっというと咲茉ちゃんがお母様に聞いてくれたみたいだけど」
「そう。無性にこのアイスが食べたくなるんだよなあ。食べてもいい?」
「ええ、もちろん」
俺はメロンのヘタを模した蓋を開けて、スプーンを受け取って一口、メロンの香りが広がるとともに口腔が冷やされる。ああ、美味しい。
咲茉もいいことを教えるじゃないか。
「子どもっぽくてかわいい。相楽くんって昔、メロンボールの容器の中に宝物入れてたんでしょう?」
「なぜそれを……!」
俺は幼い頃、メロンボールやその他のスイカボールやモモボールを洗って大事にとっていた。
ただのプラスチックが子ども心にはとても輝いて見えたんだ。
「それも咲茉ちゃんから」
ふふ、と麗鷲さんはおかしそうに口元に手を添えて笑う。
咲茉め、なに教えてくれてるんだ。
俺は恥ずかしさを冷ますように、シャーベットを口に運んだ。
「そうだ相楽くん、このクッション置いていってもいい?」
麗鷲さんは、自分の座っていたクッションを手に持って尋ねる。
見慣れないクッションだなと思っていたけど、麗鷲さんのだったのか。
昨日、勉強しているときに足が痛くなったから持ってきたんだろう。
俺はいつもベッドか作業机にいることが多いから、ご飯を食べるときに使う低い机をあまり使うことがない。それに、友達のいない俺は来客用のクッションなんて考えもしなかった。
「てんちゃんが家で使ってるんじゃないの?」
「別のを使ってるから大丈夫」
そういうことなら、と俺は承諾した。
また麗鷲さんが家にくることがあるだろうし。
そして、ノートを写し終えた麗鷲さんは荷物をまとめて帰宅した。
ノートは明日貸してくれるらしい。今日借りても病み上がりですぐに写せることもないしね。
あと、合鍵は返してもらった。もう体調も良くなったし、俺が寝ているときに麗鷲さんがくることはないだろうから。
麗鷲さんが家を出てから、俺はクッションを見つめる。
さっきまで麗鷲さんが座っていたクッション。具体的には麗鷲さんのお尻がのっていたクッション。
いま触れば、その温もりを感じられるかもしれない……。
俺はゆっくりと右手を伸ばす。
「相楽くん、言い忘れたけど夜ごはんは冷蔵庫にあるからしっかり食べてね」
「はひぃい!!」
玄関のドアが開いて麗鷲さんの声がする。
俺は慌てて伸ばした右手を上にあげる。
「帰る途中で思い出したから、それを言いに来たのだけど。……なにしてるの?」
「い、いや、ええっとストレッチ?! ずっと横になってたから体が固まってさあ! ご飯ありがとう、食べるね!」
麗鷲さんは首を傾げながら「また、明日ね」と帰っていった。
悶々とした気持ちを抱えた俺は、雑念を洗い流すためにもシャワーを浴びることにした。
その夜、なかなか寝付けなかったのは昼間に睡眠をとり過ぎたせいだと思いたい。




