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第16話 お義姉ちゃんが料理作ってあげるね




 俺と咲茉(えま)は部屋で正座していた。

 しろと言われた訳ではないけど、お母さんに怒られる時にこの体勢になるように、自然とこうなった。

 棚に飾ったぬいたちが、心配そうに見つめているように感じるのは、俺が恐怖で逃げたいからだろうか?

 

 

相楽(さがら)くん、お手手けがしてない? 大丈夫?」

 


 麗鷲(うるわし)さんがさっと、俺の手をもって尋ねてくる。

 お手手?!

 なんだか随分とかわいいらしい言い方、まるで子どもを甘やかすような言葉遣いだ。

 


「俺は全然大丈夫」


「良かった……」



 麗鷲(うるわし)さんが胸に手をあてて、深く息をついた。

 それから、あなた、と麗鷲(うるわし)さんは咲茉(えま)をきつく睨みつける。


 

「油に火がつくまで熱するなんて、どういうつもり?」


 

「そうちゃんに美味しい揚げ物食べてほしくて……」


 

相楽(さがら)くんに美味しいものを食べてほしい気持ちは痛いほど分かるけど、それで危険な目にあわせるなんてなに考えてるの!!」


 

 びりびりと部屋全体が震えるほどに響く。

 てか、麗鷲(うるわし)さんそんな大きな声出せたのか……。

 

 もしかして、キレてるのは俺のことを心配して?


 

「……う、ごめんなさい」



 あまりの迫力に咲茉は気圧されたみたいだ。

 てんちゃん、と俺は口を開く。


 

咲茉(えま)は料理が下手なのを知ってるのに、任せっぱなしにしてしまった俺が悪いんだ」


「危ない目にあったのにその子のこと(かば)うんだ?」


(かば)ってるわけじゃ……」


 

 咲茉(えま)も反省していると思うし、本当に料理をさせてしまった俺にも原因があると考えている。

 少しでも心配なら見ているべきだった。



「それに、咲茉? ふうん、呼び捨てだなんて距離近いんだね。料理が下手なのを知ってるくらいだし、さぞ付き合いも長いんでしょうね。最近出会った私とは違って。私のエプロンも着せて上書きでもしてるんだ?」


 


 ええ?! なんか変なところで怒ってる?!

 どこが地雷だったんだ?! 言葉のトゲがすごいよ!


 

相楽(さがら)くんの交友関係だから、口は出さずに見守ろうと思っていたけどこれは許せない」


 

 麗鷲(うるわし)さんは腕を組んで俺たちを見下ろしていう。


 

「交友関係……? 咲茉(えま)は友達じゃない」


 

 俺の言葉に麗鷲(うるわし)さんの顔がピシりと、固まる。


 

「友達じゃ……ない?」


 


 麗鷲(うるわし)さんの瞳が塗りつぶされたかのように黒くなる。 

 光をなにも宿していないその瞳に、根源的な恐怖を感じた。


 

「あ、ははは……友達じゃなくて理由もなく家にあげる関係なんだ。そっか、そっか。相楽(さがら)くん彼女いたんだ……?」



 俺は麗鷲(うるわし)さんの言葉を否定する。

 

 

「咲茉が彼女?! そんなわけない! 俺に彼女はいないし、できたこともない!」


 

 自分でいってて悲しくなるが、事実だから仕方ない。


 

「というともっと上?! 婚約者?!」

 


 ええ?! どうしてそうなる?!

 必死の否定むなしくあらぬ方向へ勘違いが進む。

 

「違うよ麗鷲(うるわし)さん。咲茉(えま)は俺の――妹だ!」

 


「……え?」


 

 鷲のように鋭い表情の麗鷲(うるわし)さんが、鳩が豆鉄砲をくらったようにポカンとした表情になった。

 


「あなた、そうなの?」


「うん、相楽(さがら)咲茉(えま)。そうちゃんの妹です」


 

 自己紹介をするも、まだ信じられない様子の麗鷲(うるわし)さんに、咲茉(えま)は自分の鞄の中から生徒手帳を取り出して見せた。


 

「……相楽(さがら)くん、お花見の時、『病気がちで可愛かった妹はもう、いない』って言ってたよね?」


 

 

 お花見、もしかして俺が眠りにつく直前の話しかな?


 

「ええっと、どういったか定かじゃなくて申し訳ないんだけど……。病気がちだった妹は完治して、退院してからすっかり元気になって。お兄ちゃんって甘えてきてかわいかった妹が、今ではそうちゃんって呼ぶようになって、わがままで小憎たらしくなったんだ」


 

 退院した反動なのか、元々咲茉(えま)はこういう子だったのか、ギャルになってしまったのだ。

 コミュ障の俺とは全然別の、陽キャになるなんて考えられない。

 あー、やだやだ。

 

 

「そうちゃんなんでそんなこというの?! 咲茉(えま)かわいいよね?! 萌ぴもいつもかわいいっていってくれるし!」

 


 可愛かった妹はもう、いない。という言葉に怒った咲茉(えま)が俺に詰め寄る。

 萌ぴって誰だよ。知らないよ。


 

「じゃあ相楽(さがら)くんは、今日は女の子と遊ぶ予定じゃなかったってこと?」


 

 え、女の子遊ぶ?

 そんな楽しいものではない。


 

「今日は、妹の咲茉(えま)が定期的に俺の生活態度を見にきただけ」

 


 成績の基準だったり仕送りの額だったりで、外せない理由ではある。

 


「よ、良かった……」


 

 麗鷲(うるわし)さんが肩の荷が降りたように、ふっと体から力が抜けていった。

 張り詰めていた空気が霧散する。


 

 まさか、俺の言い方のせいで妹がこの世にいないみたいな、麗鷲(うるわし)さんにいらぬ心配をかけてしまっていたのか?!


 

麗鷲(うるわし)さん、その……変な言い方したみたいですみませんでした!!」


「ううん、妹さんが元気だったのならそれでいいの」


 

 本当に良かった、と麗鷲(うるわし)さんは柔らかい微笑みを俺にくれた。

 ほっ、怒っていないみたいだ。

 

 

「そうちゃん昔から口下手で人に誤解されやすいんだから、気をつけてよね」


 もう、と咲茉が呆れた様子で肩をすくめる。

 いってることはもっともなんだけど、その態度は腹が立つな。



「そんなことよりもお姉さん! ビジュ良すぎ。本当に実在したんですね?! そうちゃんのレンタル彼女か、もしくはAI画像かと思ってた……」

 

 

 AI画像ってそんなことまで思ってたのかよ。


 

咲茉(えま)たちを助けてくれてありがとうございます! めちゃくちゃかっこよかったです。あの……」

 

「……麗鷲(うるわし)(てん)


 咲茉(えま)の伺ってくる様子に麗鷲(うるわし)さんは名乗った。

 

麗鷲(うるわし)(てん)……名前も綺麗。あの、天ねえって呼んでいい?!」


(てん)ねえ?! なんじゃそりゃ!」


咲茉(えま)はこんな綺麗なお姉ちゃんが欲しかったの!」


「お兄ちゃん一人で十分だろ!」


「えぇ……」


 そんな露骨に嫌な顔するなよ。お兄ちゃん傷つくだろ。


「そうちゃん最近ぬいぐるみに夢中で咲茉のこと構ってくれないもん」


 まあ、そうなんだけどさ。

 


「天ねえ……いいよ。咲茉(えま)ちゃん」


 

 麗鷲さんはこくりと頷いて、満足そうに認めた。


 

「やったあ!」


「ちょっとてんちゃん?!」

 


 俺の兄としてのアイデンティが?!

 

 

 突如、バタバタとした足音とともに任侠の男たちが、バケツに水をもって俺の家に押し寄せる。

 中には、岩橋さんと松田さんという見知った顔もいた。何事だ!?

 

 

「おい、火事になってないか……?! ってお嬢?!」


「お前たち、どうしてここに?」


「悲鳴が聞こえたと思ったら、隣で煙が見えたんす。それに、こっちに燃え移ったら危ないってことで消火活動に……」

 


 麗鷲さんの問いに岩橋さんがこたえる。



 わざわざ極道の人たちが消火しにきてくれたのか。

 自分たちの家に飛び火することを恐れてという理由もあるのだろうが、助けにきてくれたことには変わりなかった。

 顔は怖いけど優しいな。

 


「そう。私が消したからもう大丈夫」

 

「そりゃ良かったっす。お嬢もいらしてたんですね、今日は出かけてたんじゃ……」


「あ? 私も一緒に家にいたよな?」


「……はい! そうでしたね!」

 


 松田さんの表情が一変する。手のひらを返したように話が変わった。


 

「お前たち、もう帰っていい」


 

 へい、と大事に至らなかったことを確認できた極道の人たちが、麗鷲さんの一言でぞろぞろと帰っていく。


「天ねえ、お嬢なの!? ますますかっこいい!!」


 咲茉(えま)は先ほどのやりとりをみて臆することなく、麗鷲さんのことを褒め称えていた。

 受け入れるの早いなっ!


 

 あれ、そういえば、松田さんたちは麗鷲さんと一緒に家にいたといってたけど、麗鷲(うるわし)さんの方がみんなよりも一歩早かったのはどうしてだろう?


 

 ――ぐうう、と間抜けな音がする。


 

 パッと麗鷲(うるわし)さんが俺を見る、俺じゃないぞ、と意思表示をするために首をブンブンと振る。

 隣を見ると咲茉(えま)が顔を赤らめていた。


 

 その様子に、麗鷲さんは「ふふ」と微笑む。

 


「本当に兄妹なんだね」

 


 兄妹であることは間違いないんだけど、お腹を鳴らしたことで兄妹認定されるのは釈然としなかった。


咲茉(えま)ちゃん、お義姉ちゃんが料理作ってあげるね」


「ほんと?!」


「うん」


 ん、なんか麗鷲(うるわし)さんのおねえちゃんの言い方が変だったような気がするが……。


 そして、麗鷲(うるわし)さんは咲茉からエプロンを預かって、腕を通した。

 麗鷲(うるわし)さんの格好に咲茉(えま)は「ギャップ半端な……推せる」と呟いていた。

 その気持ちはわかるぞ。

 

 

「この具材だと唐揚げか」



 材料をみて、麗鷲(うるわし)さんはテキパキと唐揚げの準備をして、咲茉(えま)とは違って危なげなく揚げた。

 そして出来上がったご飯を俺たち兄妹はいただく。


「美味しいっ! 天ねえすごいよ!」


「ふふ、お粗末さま」


 

 無邪気に食べる咲茉(えま)がかわいいのか、麗鷲さんは顔を手を当てて微笑む。

 咲茉(えま)は自分の感情を出すのが得意なんだよな。だから人にも好かれやすい。

 

 

「ビジュ良くて、かっこよくて、お嬢で、料理もできるなんて属性盛りすぎだよ!! 天ねえが本当のお姉ちゃんになってくれたらなあ」


 

 あ、そうだ! となにか思いついたように咲茉が叫ぶ。

 


「天ねえがそうちゃんと結婚すればいいんだよ! そうすれば、咲茉(えま)のお姉ちゃんになるじゃん!」


 

 ぶふぉと俺は咳き込み、食べていたご飯を吐き出しそうになる。

 


「そうちゃん汚い」


咲茉(えま)が変なこというからだろ?!」


 

 口の中のものを飲み込んでから突っ込む。

 


「あの、てんちゃん、気にしなくていいからね?」


 

 フォローを入れながら麗鷲(うるわし)さんの顔をみるけど表情が読み取れない。

 分かるのはただ美しいということだけ。

 


 それに何もいってこないし、咲茉(えま)が変なこというからめちゃくちゃ怒ってるんじゃないか?!


 

 焦っている俺の横で咲茉(えま)が「そうちゃんじゃ天ねえと釣り合わないか」と笑っていた。

 いや、そうなんだけどさ!



 

 ご飯を食べて終えて、俺は咲茉(えま)を駅まで見送る。

 咲茉はまだ中学生だから色々と心配なんだよな。

 

 麗鷲(うるわし)さんも一緒についてきてくれていた。

 

 

「じゃあね、天ねえ」


「うん、咲茉ちゃんばいばい」


「天ねえ、そうちゃんのことよろしくお願いします」


「うん、任せて」


 

 麗鷲(うるわし)さんと咲茉(えま)は改札前でぎゅっと抱き合っていた。

 ご飯食べてるときに色々話してたけどさ(主に咲茉が質問する形で)、それにしても距離縮まりすぎてない!?


 

 麗鷲(うるわし)さんはいうまでもなく、咲茉(えま)も性格は置いといて見た目は兄からみてもかなりいいので、その二人が抱き合っているのはかなり絵になる。

 

 


「そうちゃん今日のことお母さんにしっかり伝えとくね!!」


「くれぐれも査定に響かないように頼む」


「天ねえこと大切にするんだよ!」


「そんな大きな声で言うな! わかってるよ」


 高校でできた唯一の友達なんだから大切にするさ。


 俺と麗鷲(うるわし)さんは改札で手を振って見送る。

 こうして咲茉は慌ただしくも帰っていった。





 


 

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