第15話 ちょっとお話があるんだけどいい?
これから咲茉が家に来ると思うとドキドキするな。
家は片付けて掃除してきたから大丈夫だと思うんだけど。
「えいっ」
ぎゅっと、右腕に柔らかい感触があたる。
「なにしてんだ?!」
「あはっ、照れてるのー? ピュアピュアだね、そうちゃん」
突如、街の往来で咲茉が腕を組んできたのだ。
咲茉がにやにやと、こちらに向かって小憎たらしい笑みを浮かべている。
ここで引くのは、なんか癪だな。
「照れてないから」
「んじゃこのまま行こー」
そして俺たちが駅の改札から歩き出したとき。
「ひいぃぃ!」
休日の駅に、につかわしくない悲鳴が聞こえたので何事かと振り返ると、そこには青ざめた顔をした男性がいた。
なにか恐ろしいものでも見たんだろうか?
しかし、周りにはなにもなかった。
「なんだ?」
「んー、わっかんない」
俺たちは首を傾げて駅をあとにした。
駅から家に向かうには来た道をただ引き返せばいいのに、咲茉は道を外れていく。
「おいおい、どこに向かってるんだよ」
「すぐに駅に行っちゃうのもつまんないから、寄り道してこーよ」
そして、連れてこられたのは前に麗鷲さんと来たカフェだった。
「ここは……」
「なに驚いてるのー? あ、そうちゃんは引きこもってるからこんなオシャレなところ来ないもんね。お外出た方がいーよ」
言いたい放題だ。
昔はこんなんじゃなかったんだけどな、と俺は頭をかく。
「SNSで調べたら、映えるってみんな言ってから来たかったんだ。こんなに可愛い子と来られるなんて光栄でしょ?」
「この前来たよ」
俺の一言に咲茉の顔が強張る。
「え? 信じらんない、強がるウソやめなね?」
「強がりじゃないって」
俺はスマホを取り出して、カフェで麗鷲さんに撮ってもらった、自分とばにらちゃんが映っている写真をみせる。
「咲茉かなしい」
あんなに煽っていたのに勢いが失速した。
ふっ、俺がこういうオシャレなカフェに来ていることに咲茉は唖然としているみたいだな。
「わざわざリア充アピールのために、人から撮ってもらったみたいにするなんて……。一人でタイマー設定とか大変だったよね」
「違うわ!」
およよ、と咲茉がわざとらしく泣く演技をみせる。
なんで咲茉に憐れまれなきゃならないんだ。
「ちゃんとこの人に撮ってもらったんだよ」
俺は続けて咲茉に、カフェにいる麗鷲さんとばにらちゃんの写真をみせる。
「んんっ!? この銀髪美人さん、めちゃくちゃビジュいいじゃん?!」
咲茉は俺のスマホを取り上げて、麗鷲さんの見た目の良さに釘付けになっていた。
美人に反応するのは性別に関係ないみたいだな。
「誰なんだろう。咲茉が知らないインフルエンサーってあんまりいないんだけど。このビジュならフォロワー万越え確実だし……」
麗鷲さんの顔の強さは圧倒的なのは分かるが、この写真で見てほしいのはそこじゃない。
「ここみろ。同じぬいが映ってるだろ?」
ばにらちゃんを指さすと、咲茉の瞳から温度がなくなり、冷え切った視線を向けてきた。
「あー……ぬいぐるみまで買って偽装工作するのはやめた方がいいよ、ストーカーみたいだから」
ね? とドン引きされながら心配されしまう。
違うんだって!!
俺がこんな美人とカフェに行ける可能性よりそっちの方が確率高いかもしれんけどさ!
最後に、俺はダメ押しにこの前のお花見での写真を見せた。
これならツーショットだから偽装工作でないのが分かるだろう。
「分かってる? 仕送りは大切に使わないといけないんだよ」
咲茉は、怒りを露わにしていた。感情がころころと変わって忙しいな。
それにしてもなぜ仕送りの話になるんだ?
「レンタル彼女でしょ、これ?」
「違うって!!」
それから、友達というかぬい活仲間という説明をしたのだが咲茉は全く信じてくれなかった。
そして、咲茉は俺の話を聞き入れることなく、アサイーボウルを食べて満足していた。
一悶着ありながら、ようやく俺たちは家についた。
「と〜ちゃく!」
「咲茉、靴はちゃんと並べるんだぞ」
「わかってるってば、そうちゃんはうるさいなあ」
普段わがまま放題な咲茉だから、こうした小言も言いたくなるというものだ。
「んー、お家は綺麗にしてるみたいだね。にしても相変わらずそうちゃんはぬい好きだねえ」
咲茉は確認するように俺の家を見渡していた。
「服にもシワがなかったし、ちゃんと一人暮らしできるんだね」
「まあな」
「じゃあ、いかがわしいものがないか調べまーす」
咲茉はそう宣言して、ベッドの下を覗き込んだり、棚を物色し始めた。
しかし俺は慌てることなく傍観する。
甘いな、近年は物ではなくてデータなのだよ。
「あ!」
大きな声をあげる咲茉に、俺はビクッと体が反応する。
え、なんか変なものあったっけ……。
「このエプロンかわいい!」
咲茉が見つけたのは、前に麗鷲さんが置いていったうさぎのエプロンだった。
「料理もちゃんとしてるんだねえ。えらいえらい」
咲茉は俺の家にうさぎのエプロンがあることに、違和感は抱いていないようだった。
俺がぬいぐるみが好きだから、こうしたかわいいものが家にあっても、不思議ではないと感じているのだろう。
「お母さんへの報告は問題なさそう」
その一言に、俺はほっと胸を撫でおろす。
咲茉はときどきこうして、母さんに代わって一人暮らしをしている俺が自堕落な生活をしていないか視察に来るのだ。
料理はしていないんだけど、ここでいうとちょっと不利に働くから口を閉ざす。
不利とは、仕送りが減ったり、勉強をもっと頑張らせられたりだ。
地元を離れ、一人暮らしをするのに色々と条件が出された。
生活態度だったり成績だったりと様々だ。
「まあ、レンタル彼女にお金を使ってることは言わないとだけど」
「それは違うっていっただろ?!」
俺の否定を聞き入れることなく、咲茉はエプロンを付け出した。
俺が「それは麗鷲さんのだ」といっても「しつこいって」と咲茉は俺のエプロンだと思って、関係ないとばかりに着用した。
「はーい。今日はいつも一人暮らしで大変なそうちゃんに代わって、咲茉が料理してあげるねん」
「咲茉って料理できたのか?」
壊滅的だった記憶があるんだが。
「むっかー、この前の調理実習で覚えてきたんだから」
そういって、咲茉は鍋に油をいれる。
カフェからの帰りにスーパーに寄って色々買ってたのはそのためか。
「揚げ物って一人暮らしじゃあんまりしないんでしょ? 今日は唐揚げだよ」
たしかに、油の処理とか色々あって揚げ物はしないな。
揚げたての食べ物を家で食べるのは久々だ。
案外、優しいところもあるんだな。
それに、料理ができるようになってるなんて見直したぞ。
部屋で待っていると、キッチンからなにやら焦げ臭い匂いと煙が部屋に立ち込める。
「きゃぁっ!」
「おい、どうしたんだ?! 火が出てる?!」
「熱々がいいと思って、強火にかけてたら……」
キッチンに行くと、火柱があがっている鍋と、その前で尻餅をついている咲茉がいた。
俺は真っ先にコンロの火を消して、しかし、鍋の火が消える様子はない。
次に煙を逃すために真っ先に窓を開ける。
「咲茉、調理実習で習ったんじゃなかったのか?!」
「実は咲茉、みんなに説得されてお皿洗いしかしてない……」
そんなとこだろうと思ったよ!!
くそ、火を使う料理を任せた俺が悪かった!
「えと、えと……こういう時は110番だったっけ……」
「消防車は119番だ!」
咲茉もかなり気が動転しているみたいだ。
「火を消すのは、……水か?」
いや、水をかけると油が飛び散って危ないと聞いたような。
だったらどうすればいいんだ。
逡巡していると、どんどんどんと、扉を叩く音がする。
こんな時に誰だ?!
「相楽くん開けて!」
麗鷲さんの声がして、俺は反射で扉を開ける。
麗鷲さんは俺の家に入ってきて状況を確認するやいなや、洗面台に行き、何枚もの濡らして絞ってタオルを持って戻ってきた。
それらを鍋の上からバッと被せるように投げて完全に覆う。
そうすると火柱が鎮まった。
すぐさま、「油の温度が下がるまでもう少し待って」と麗鷲さんがいうので俺たちはこくこくと頷いて見守った。
「これで大丈夫」
「ふう、良かった。てんちゃんありがとう」
「かっ、かっこいい……!」
麗鷲さんの一言に、俺は安堵し、咲茉はというとなぜか感動していた。
「相楽くんとそこの子、ちょっとお話があるんだけどいい?」
安心したのも束の間。
麗鷲さんの切れ長の瞳が俺たちを射抜く。
さながら猛禽類が獲物を狙うかのようだった。
その瞬間、麗鷲さんが静かにキレてることがわかった。
火災の危機は去って命拾いしたんだけど、また別の危機がやってきた。
果たして、俺の命は大丈夫なのだろうか……。




