第13話 もっともっとドロドロに甘やかしてあげたい 天side
家族になればいいんだ、と決めたけれどどうすれば相楽くんと家族になれるかを考えていると、深夜二時を回っていた。
ふと、私は自室から窓の外を眺める。
実はここから相楽くんの住むアパートが見える。
相楽くんと出会って、相楽くんがあそこに住んでいることが分かってから、いつもみえるここからの景色が違って見えた。
灯っている明かりのひとつひとつに生活があることは知っていたけど、今ではそれがより身近に感じられる。
相楽くんの部屋はあそこだから……、あ、まだ明かりがついてる。
私は相楽くんと生活のリズムを一緒にしたいから、彼の部屋の電気が切れたら寝ようと決めている。
ここ数日見る限りは十二時前には電気が切れていた。
電気をつけっぱなしにしているとは考えられない、もしそうなら快適な睡眠を守ってあげるためにも消してあげたいな。
でも多分その必要はなくて、明日が休日だから夜更かしをしてるんだろう。
ぬいか、なにか小物を作ってるのかな。
自分でぬいを作っているといっていたし、彼の家に訪れたとき作業机のうえには生地や糸があった。
ばにらちゃんの腕を縫ってくれたときの真剣な目つき、洗ってくれたときのみつめる優しい眼差し。
どれも教室にいるときの彼とは異なっていて、ぬいだけにみせる表情。
もし、そんな瞳で自分が見つめられたら……。
そんなことを想像してしまい、頬に熱を帯びるのを感じた。冷ますように両手を頬にあてる。
私ったら、なんて端ないことを。
落ち着かせるように頭を振ったあと、相楽くんのいる明かりのついている部屋をみる。
夜通しの作業中に、栄養摂れているのかな?
相楽くんのことをどうしても考えてしまう。
お弁当を食べてもらえたけれど、できれば出来立てを食べて欲しい。
その時、私のすることは決まった。
家族になるために、相楽くんの生活の一部になっていこう。
そして、少しずつ外堀を埋めていくんだ。
◇
次の日、相楽くんの家に料理を作りにいって良かった。
だって彼は、カップ麺を食べるつもりだったのだから。
面倒で手間省けますし、なにより夜食に最高なんすよ、と松田から聞いたことがあるから、カップ麺自体を全面的に否定するつもりはないけれど。
徹夜明けの相楽くんの体にそんな偏った食事はいけない。
部屋にあがった時は本当に驚いた。聞き馴染みのある音楽に胸が高鳴った。
なんと相楽くんは、作業のおともに私の推しアイドル『アスタリスク』を聞いてくれた。
好きなものやおすすめしたものに、本当に触れてくれる人はなかなかいない。
なのに彼は当たり前のように、すぐに調べて聞いてくれて、感動しちゃった。
でも、少し残念なことをあげるなら、相楽くんがあんまりこっちをみてくれなかったこと。
私に興味ないのかな……?
これまでも顔を逸らされることが多い気がする。
むぅ。
この私服はちょっと露出が多くて、恥ずかしいけど結構頑張ったのに。
攻め続けたらいつかはみてくれるかな。
◇
あれから少し時間が経って、私は家の蔵で生地を探していた。
『てんちゃん、ばにらちゃん用の着物を作らせてくれないか!』
思ってもみない提案だった。
相楽くんのぬいの九音ちゃんが着物をきているのをみた時、とってもかわいいと思ったし、その仕上がりに驚愕した。
もし売っているなら、絶対に買いたいって思うくらいに綺麗な仕上がりだったから。
相楽くんって天才? 本当に尊敬できる……。
ばにらちゃんもこの着物きたらかわいいんだろうな、と想像を掻き立てられたけど、私のために相楽くんの手を煩わせるのは申し訳ないから一度は断った。
『ばにらちゃんと九音の着物姿で並んでる写真撮りたくない?』
でも、天使のような優しい彼の、悪魔のような甘い囁きに私は頷いてしまった。
そして、この相楽くんの作った着物は九音ちゃんに似合う生地だということ、それに技術料と時間に加えて材料まで出してもらうのは忍びなかったので、こうして蔵に来ている。
「あった……」
桐箱に入ってある生地を取り出す。
ハギレで値段はつかないけど、私にとっては大切な生地。
相楽くんに提案を受けたとき、この生地で作って欲しいと頭に過った。
結果として、彼にこの生地を託して正解だった。
彼が作ってくれたぬいの着物は、とても丁寧で、美しく仕上がったのだから。
そもそも、作業をする相楽くんの真剣な瞳をみて、既に結果は約束されたようなものだった。
ずっと横でみていて、そのかっこよさに何度ため息が漏れそうになったことか。私だけがそれを知っている優越感があったのは事実だ。
独り占めにできたらいいのに。
出来上がった着物をばにらちゃんに着せたとき、あまりのかわいさに胸がぎゅうっと締め付けられた。
そしてとある決意とともに、彼をお花見に誘ったのだった。
◇
相楽くんの家の前でふぅと呼吸を整える。
この着物に似合う自分になれているだろうか、そんな不安を抱きながらドアをノックした。
「お母さんみたいだね」
そして、私の着物姿をそう評した相楽くんの言葉に、ざわっと鳥肌がたった。
かわいいとか、きれいとか、似合ってるとかそんなありきたりな言葉じゃない。
それがなにより、とてもとてもとても嬉しかった。
――だってこの着物は、お母さんとの思い出の一着だったから。
私が幼い頃、お花見に連れて行ってくれたお母さんが身に纏っていた大切な品。
優しくて暖かくて、陽だまりのようなお母さんは私の憧れだった。
小さな私はお母さんに近づけるようにお揃いの着物をねだった。
大人っぽい柄なのに、目一杯の背伸びをして。
それを親子二人で一緒に着て、ぶんぶんと手を繋いで歩いたこと。
お花見で遊び疲れて寝ぼけ眼になった私にしてくれた膝枕の感触。
どれも鮮明に覚えている。
背が伸びた私は、子供の頃の着物は着られなくなったけど、お母さんの着物は着られるようになった。
しかし、自分が袖を通すことは恐れ多いと思ってた。
けれど、ばにらちゃんとお揃いでなら着られる、それを相楽くんにみて欲しい、と私は思った。
ずるいよ、相楽くん。
君は気づいてないんだろうけど、私が一番欲しいものをいつだってくれるんだから。
それからのお花見はとっても楽しくて、ぬいを落としてしまった苦い記憶が塗り替えられていくようだった。
ご飯を食べて、うとうとと船を漕ぐ相楽くんがかわいくて私は膝枕をしてあげたいって思った。
あ、お母さんもきっと同じ気持ちだった?
そうだといいな。
いつもの相楽くんなら断るんだろうけど、一日に二着も作ったから疲れていて抵抗もなく、私の膝へと訪れた。
普段のあどけない顔がさらにとけるように緩んでいて、庇護欲が掻き立てられた。
ああ、もっともっとドロドロに甘やかしてあげたい。
そうしたら君は、いったいどんな顔をするんだろう。
そして私は、彼が心血を注ぐぬいぐるみ、なぜそこまで好きになったのか知りたくてきっかけを尋ねた。
妹さんのために始めた優しいお兄ちゃん、それは容易に想像がついた。
彼の目線や手つきにそれは如実にあらわれているのだから。
好きなものを好きになったきっかけを知れてとても嬉しくなったけれど、最後には尋ねたことを後悔した。
相楽くんの妹さんはもういないのだという。
そのことを告げて眠りについた彼をみつめる。
辛い思い出を呼び覚まさせてしまって、ごめんなさい。
一人でなんでもないように振る舞う相楽くんのそばに、私はいるから。
寂しくないように、安心できるように、絶対に離れないから。
ふと、毛氈を通じて振動が伝わってくる。
発生源をみると、そこには彼のスマホがあった。
画面にひとつのメッセージがポップアップしていた。
図らずも私は、相楽くんのスマホを覗いてしまう。
みてはいけないと視線を逸らそうとしたのに、目が離せなくなった。
そこにはアイコンは若い女の子の自撮り写真で、『そうちゃん、次の休み遊びに行くからね』とあったから。
……は?




