第11話 お花見行こ ①
次の日のお昼前。約束の時間にドアをノックする音がする。
ドアを開けると、そこに着物姿で髪をまとめあげている麗鷲さんがいた。
あまりの綺麗さに息を呑む。
この美しさは掛け軸とかに描き残した方がいいと思う。
出会った日とは違う着物で、厳かな雰囲気が漂う。
「おはよううるわ……てんちゃん」
麗鷲さんと呼ぼうとするとすごく睨まれたので、てんちゃんと言い直す。
まだいい慣れてないんだよなあ。
「今日はお花見って約束だったけど、着物で来るとは思わなかった」
昨日麗鷲さんが相楽くん、と一呼吸おいて告げた言葉が『お花見行こ』だった。
「ばにらちゃんとお揃いにしたくて」
麗鷲さんは手にさげた巾着につなげているばにらちゃんを掲げる。
着物の生地にどこか見覚えがあったけど、ばにらちゃんに作った着物と同じ生地なんだ。
「すごく良いと思うよ」
「良いってどんな感じに?」
ずいっと麗鷲さんは顔を近づける。顔の良さに心臓が跳ねる。
麗鷲さんは距離感が少々バグっているところがあって困る。
「どんな感じってええっと……」
かわいい、きれい、似合ってる?
俺は視線を逸らしながらもなんといえばいいか考える。
「お母さんみたいだね」
するりと口から出てききた言葉がこれだった。
はっ、なに言ってんだ俺?! 女子高生相手にお母さんだなんて!
「てんちゃんとばにらちゃんがお揃いの着物で、仲の良い親子みたいだなって思って。決しててんちゃんが年をとっているというわけではなくて、そりゃ大人っぽさはあるけれど……」
「……ありがとう。そんなこと言ってくれるんだ」
理由を並べ立てる俺に、麗鷲さんは涙ぐみながらはにかんでいた。
良かった。変じゃなかったみたいだ。だけどそんなに喜ぶことかな……?
そして、家を出ようとする俺を麗鷲さんが制止する。
「私だけが着物なの変。相楽くんも着物でお花見行こ」
「ええ、でも俺は着物なんて大層なもの持ってないよ」
「持ってきた」
その言葉を分かっていたかのように、麗鷲さんは巾着とは別に、風呂敷を差し出す。
「俺に貸してくれるの? でもどう着付けすれば良いかわからないし……」
「私が着付けするから安心して」
戸惑う俺に、麗鷲さんが手を差し伸べる。
帯を結べるくらいだ、男性用の着物の着付けもできて不思議ではない。
麗鷲さんの目は謎のやる気に満ちていてどうにも断れそうになかった。
まあ、俺が私服で麗鷲さんの着物に並び立つ自信なんてないから、せめて着物で合わせられるのならいいか。
着付けは俺の家の中で行われた。
まずは脱衣所で肌着と足袋を着て長襦袢を羽織り、麗鷲さんのいる部屋へと戻ると「おかえり」と迎え入れられて、なんだか自分の家なのに不思議な感じだ。
「まずは腰紐を結んでいくね」
「お願いします」
ここからは麗鷲さんにお任せだ。
麗鷲さんは腰紐と呼ばれる帯を取り出すと、俺の目の前でしゃがんで膝立ちになる。
麗鷲さんは、俺の腰骨の位置に帯を回す。
あれ、なんだか下半身を抱きしめられているような構図になってない?!
麗鷲さんしゃがんでるから、ちょうど俺の大事なところの前に顔があるし、これ大丈夫?!
俺の焦りを気にすることなく、麗鷲さんは帯を一周させて前に回して、腰横あたりで結ぶ。
取れないように麗鷲さんの手にぎゅっと力が入っているのが分かる。
「んっ」
力を込めたことにより、麗鷲さんの口から声とも吐息とも取れる音が漏れる。
ちょっと待って!! この状況でそんな声出さないで!!
上から見下ろしているから、麗鷲さんの艶かしいうなじがよくみえる。
ぬいの着物を作るときに調べて分かったけど、女性は『衣紋を抜く』といって着物を首にぴたっりつけずにゆとりを持たせる着こなしをするそうだ。
昔の人がそういう着こなしを思いついた理由が、今の俺には良くわかる。
結び終えてほっと一息。
それで終わることはなく、この上から着物を着て、また帯を結ぶという工程が控えていた。
その間俺は、反応しないように必死だったことは言うまでもあるまい。
着物を着るのがこんなに大変だったとは、軽い気持ちで承諾したのを少々後悔した。
四月もまだ肌寒いので、羽織を着せてもらい着付けが終わる。
着替え終えたので、用意された下駄を履いて家を出ようとすると、玄関先でつっかかる。
「おおっとっ!」
先に下駄を履いていた麗鷲さんに寄りかかってしまう。
うわあ、やらかした!
「大丈夫?」
包み込むように俺を受け止める麗鷲さん、心配までしてくれる余裕がある。
「あ、はは……ごめん」
目の前には造形の整った麗鷲さんの顔があって、顔が近い驚きと、つまづいた恥ずかしさから俺は慌てて離れる。
くぅ、麗鷲さん綺麗なのはもちろんだけど、なんだかかっこいいなあ。女子からも人気があることが頷けるよ。
「相楽くん下駄に慣れてないと思ったから今日は車で行こ。もう用意してあるから乗って」
「え?!」
家の前に、いかにもな黒塗りのリムジンが一台停まっていた。
そして、俺の姿を見るなり、中の居たスキンヘッドの厳つい男性が出てきて勢いよく頭を下げた。
「相楽さん今日は運転させていただきやす、岩橋です。よろしくお願いします」
この人絶対に極道だよね?! 本物初めて見たよ!
「……よろしくお願いしますぅ」
俺はその風貌に目を丸くしながらも、なんとか挨拶を絞り出した。
言葉尻が徐々に小さくなってしまったのは許してほしい。
「お嬢も相楽さんもこちらへ」
岩橋さんはリムジンのドアを開けて、手で促してくれる。
高待遇すぎないかな?!
てか『相楽さん』って敬称つけて呼ばれるの恐れ多いんですけど!
麗鷲さんは「ありがとう」と一言いって、流れるように乗り込んだ。
麗鷲さんの後に続くように、俺も御礼を伝えようとしたが「あら……たすぅ」と妙なことをいいながら、俺は恐々と乗り込むのが精一杯だった。
このまま山奥とかに連れて行かれたりしないよね?!




