第10話 その相手が私で良かった
エプロンを脱ぎ終えた麗鷲さんが俺の横に座り、ふと尋ねる。
「作業って昨日の夜からなにをしてたの?」
「それはね」
ちょっと待って、と俺は作業台から今朝仕立て上がったばかりの着物を持ってくる。
持って来るとき、先ほどのやりとりに違和感を抱く。
あれ、昨日の夜からって麗鷲さんにいったっけ。
んんー、多分いったかもな。
そんな些細なことよりも、早く麗鷲さんに見せよう。
「ぬいの着物を作ってたんだ」
「え! 小さい着物かわいすぎ、裾の処理も綺麗」
麗鷲さんの声がワントーンあがる。そのことから嘘偽りのない賛辞だと分かる。
「長襦袢と重ね襟を着てるようみせるために襟に縫い付けてるのね。相楽くん芸が細かい」
「そうそう! 浴衣と違って着物だから、ちゃんとそこもデザインしたんだ」
うわ、細かいところ分かってくれるの嬉しい!
おそらく本物の着物を沢山みている麗鷲さんだからこそ気づいてくれたんだろう。
「でも実際に重ね着するとぬいが着膨れるから、襟から少しみせるようにレイヤードさせてデザインと実用性の両立をはかったんだ。そこでミリ単位で縫い合わせるのが結構難しくて、襟から出過ぎてもいけないし短すぎてもいけないから。それに振袖の長さや幅がぬいのサイズに落とし込むにはベストなものを見つけるためにそもそも型紙の段階から何度かやり直ししなくちゃいけなかったりして。そこから本物の生地を使って……はっ」
俺は顔を上げて麗鷲さんをみる。
「ごめん。喋りすぎた……」
「どうして謝るの? もっと聞かせて、今日は相楽くんのぬいについて聞きにきたんだから」
ふっ、と麗鷲さんは目を細めて、慈愛に満ちた表情を浮かべる。
俺の話を聞いて引いてないっ?!
むしろもっと聞きたいなんて、優しすぎる。
「ありがとう……。色々話したいこともあるんだけど、着せた方がもっとかわいくなると思うんだ」
俺は九音に着物を羽織らせて、帯を留ようとする。
あれ、本格的に作りすぎて帯を結ばないといけないけど、着付けは分からないぞ……。
「貸して貰っていい?」
手間取っている俺に麗鷲さんは手を差し伸べる。
九音を麗鷲さんに渡すと、受け取った彼女の細長く綺麗な指が、しゅるしゅるとよどみなく帯を結んでいく。
「おおー! てんちゃんすごい」
帯がひだを成して蛇腹になりながら、華やかなリボンを形作っていた。
どうやったらこうなるのか見ていてさっぱりだった。
「家の躾で出来るだけ」
麗鷲さんはそう謙遜する。
「でも、相楽くんと共同作業ができたみたいで嬉しい。初めての共同作業……」
ふふ、と麗鷲さんが微笑む。
たしかに、俺が服を作って麗鷲さんがぬいに着せたということは共同作業といって差し支えないだろう。
それにしてもその言い方、なんか勘違いしそうになるから!!
慌てる俺をよそに、スマホでぱしゃぱしゃとぬいの写真を撮る麗鷲さんだった。
まあ、麗鷲さんにそんなつもりは微塵もないんだろうな。
それにしてもぬいの着物、我ながら自信があったけど、沢山写真に撮るほどに気に入ってくれるとは……。
「なんか嬉しいよ」
俺はひとりごちる。
麗鷲さんは写真を撮る手を止めて「どうしたの?」といいたげに俺の続きの言葉を待っていた。
「作ったものこうして誰かにすぐに見せることができるなんてさ。俺はこれまでぬいぐるみ作りやその他の小物作りを完成してもひっそりとひとりで楽しんでいて、男でぬい活してるのが大っぴらにいえなくて、完成しても出来がまだまだで恥ずかしいからってインスタのアカウントを作っても投稿はしてなくて、でも……」
これまでの色んなことを吐き出すようにいう。
「本当は、したかったんだ共有」
照れくさくなってにやけて誤魔化してしまう俺を、麗鷲さんの力強い視線が真っ直ぐと見つめていた。
「その相手が私で良かった」
麗鷲さんの一言に心を打たれる。
瞬間、かあっと血が沸きたつように体が熱くなるのを感じた。
この熱量をどうにかして発散しないと、と思いついた。
「てんちゃん、ばにらちゃん用の着物を作らせてくれないか!」
「……いいの?」
麗鷲さんが伏目で遠慮がちに聞く。
大変でしょ、と心配してくれているんだろう。
「ああ! 1回目は型を作るのに時間が掛かったけど、あとは同じように作業すれば良いからそんなに手間じゃないんだ」
「そうだとしても」
まだ遠慮する麗鷲さんに追い打ちをかけるように提案する。
「ばにらちゃんと九音の着物姿で並んでる写真撮りたくない?」
「それは、撮りたい……」
「じゃあ決まりだ! てんちゃんが朝ごはんを作ってくれたから元気いっぱいなんだ」
なんだが俄然やる気が湧いているぞ!
うおおおおお!!
「ねえ相楽くん、生地はなに使っても平気?」
「硬すぎたり小さすぎなければ、だいたいはいけると思う」
「分かった。だったら材料代は私が持つ」
試作に生地を使ってしまったから、麗鷲さんの提案はとてもありがたい。
「少しだけ待ってて」と、麗鷲さんは家を出た。
お財布を取りに帰ったのかな?
そして十数分後、なにやら麗鷲さんは上等な生地を持って帰ってきた。
その生地は明るい花柄で、可愛らしく煌びやかだった。
材料代じゃなくて材料そのものじゃないか! それにこれは!
「本物の着物の生地?!」
「そう」
着物は絹、つまりシルクでできている。いわば超高級素材だ。
「そんなの使うなんて恐れ多いよ!?」
「着物を作ったときに反物屋さんから貰うハギレだから気にしないで」
ハギレってもっと小さいかと思っていたけど、着物サイズからでるハギレだとこの大きさになるのか、ぬい服を作るなら有り余るほど十分だ。
けれど、ぬいの生地としては豪華すぎる!
超高級素材を前に、一般家庭の男子高校生である俺は二の足を踏んでしまう。
「使い道がなくて家の蔵で眠らせていた生地だから、そのままにするくらいなら使って欲しい。それにどうしてもこの生地がいいの」
お願い、とその魅惑的な瞳で見つめられては断れる人間はいないだろう。
「分かった。やるよ」
そもそも自分から提案したことだから、腹を括っていっちょやったりますか!
「今から作業に取り掛かるんだけど、てんちゃんは帰って出来上がるまで待つ?」
「いいえ、お邪魔でなければ見せてもらってもいい?」
「邪魔なんてことはないけど。俺は作業に集中してしまうし見ててつまらないかもしれないよ。それでもいいなら」
「ええ、構わない」
麗鷲さんがそういうなら。
俺は作業に取り掛かることにした。
九音とばにらちゃんのサイズはほぼ同じだから、既にある型紙を流用できる。
まずは生地の畳みじわをアイロンで伸ばす。
シルクだから低温でテカリが出ないように当て布をする。
次に生地の上に型紙をのせて、それに合わせて裁断する。
はさみではなく、ロータリーカッターと呼ばれるピザカッターに似た形のカッターを使うことで、ぶれなく生地を切ることができる。
生地の手触りが滑らかで上等なのだと伝わってくる……。
そして切り出した生地を、縫い合わせていくと完成だ。
どれも今日やったばかりだから順調だ。
しかし、高級生地を扱っていると思うとかなり緊張する。
縫製波打ってないよな?
改めて確認すると問題なさそうだ。むしろ1回目よりも上手くいっているぞ。
ふう、と一息ついて横を見ると、作業台に麗鷲さんが顎を乗せて、その隣にはばにらちゃんが並んで、二人して俺の作業を見守っていた。
手を止めた俺をみて、麗鷲さんがばにらちゃんを両手に持って小さくぱちぱちと拍手の動きをさせる。
なにこのほっこり空間! かわいすぎるんだけど!
癒しをもらったところで、あとは帯だ。
帯は二枚の生地を袋状に縫っていくだけから、着物に比べたら簡単だ。
「ばにらちゃんかわいいねー。相楽くんありがとう」
「どういたしまして。上手くできて良かったよ」
麗鷲さんが出来上がった着物を着たばにらちゃんを、怒涛の勢いで写真に収めていた。
着付けは九音にしてもらったように麗鷲さんにお願いした。
麗鷲さんの持ってきた明るい花柄の生地が、もふもふのバニラちゃんに似合う。
「本当にいい、かわいすぎる……よき」
いい生地を貰って失敗できなかったから上手くいって良かった。
それにこんなにも喜ぶ麗鷲さんがみられたのなら満足だ。
「家だけだなんてもったいない……」
相楽くん、と一呼吸おいて麗鷲さんは告げた。
◇
満開の桜のした。
俺はいま、着物に身を包み盃を片手に座っていた。
隣には艶やかな着物を召した麗鷲さんが、とっくりを両手で構え、俺の盃に注いでいる。
なんで麗鷲さんと盃交わすことになってんの?!




