かぐやの会いたい方との対面
日本昔話株式会社での、子会社の三社目はかぐや姫株式会社だった。
ひと山を購入して竹を植え、家を建てた。
金太郎の時と同じく期待値が高いようだ。
かぐやが月の人というのも関係しているのか、客人のように畳も頻繁に変えられ着物の購入も多かった。
家自体は他と変わらぬ茅葺き屋根の民家だった。
かぐや姫のお話は、美しく成長したかぐや姫の元に皇子たちが求婚しにやってくる。
そこへ無理難題を申し付けて“暗黙のお断り”をするのだ。
しかし、いろいろあったのだろう。
切手の購入が目立つ。
かぐや姫が月に帰ったあとも続けているようで、切手代が高い。
『明日会いたい方がいるの』
先程のかぐやの言葉に、志太朗は驚きのあまり言葉が少なくなる。
気にすることなく進んでいくかぐやの後ろを何も言わずに付いていく。
本社の敷地のあるところへ向かっているようだった。
「かぐやさん、もしかして子会社に行くんですか?」
「えぇ、そうよ」
“ゲート”に辿り着く──。
屏風より一回り大きなゲートと呼ばれるガラス戸のような平たい壁。
曲線を描く油膜のような光が虹色に輝いている。
日本昔話株式会社のあるこの世界から子会社のある世界への通り道。
時代も場所も異なる子会社。
国の機関に、特定の時代・場所を買い入れをする。そしてゲートに登録されることによって行き来出来るようになる。
胸元から社員証を上げた志太朗の指は、宙ぶらりんで泳ぐ。
本社の管理部門では“フリーカード”と呼ばれ、子会社からどの子会社にも行けることが出来る。しかし子会社同士、自由に行き来はできない。
その憂いを含んだ目をかぐやに向けると、無邪気なウインクが返ってきた。そしてこちらに見せるように社員証を持ち上げる。
「選ばれた人だけは、フリーカードを持てるのよ、ふふふっ」
* * *
とある子会社──。
そのままかぐやに付いて行くと、ある丘に差し掛かった。
「卯吉く〜ん」
呑気な声を出しながら遠くに向かって呼んでいるかぐや。
志太朗は走って近づいてくる彼の姿を見て驚いた。
(てっきりかぐやさんの想い人かと思った⋯⋯)
目の前に現れたのは、“うさぎとかめ”のうさぎ。
忙しなく周りを気にしながらかぐやに近づく“卯吉”と呼ばれたうさぎ。
目の前にやってくると頭を何度も下げて挨拶をしている。彼の腕には抱えられた亀。そして亀の名は“亀吾老”。
どうやらうさぎもかめも仲が良いようだ。見ているこちらが顔をほころばせてしまう。
先程、ゲートを通る前に、かぐやがちらりと零した。
『うさぎとかめ』のお話も危ういようだ。
お話自体は教訓めいている。
うさぎとかめが競争をして、足の速いうさぎはゴール直前まですぐに辿り着いた。しかし、怠けて寝てしまう。
かめは歩みが遅いが、ずっと動き続けて最後にはうさぎを追い越してゴールをする。
しかし、お話は短いし、ゴールシーンしか見どころがないなんて声も聞こえてくる。
「あのね、私は“うさぎとかめ”を大々的に月に売り出そうと思っているの」
志太朗の遠くに出掛けていた意識が凄い速さで戻って来る。
「ままっ、待ってください。どうやって売り出すんですか」
うさぎとかめの競争は結末がもう分かっている。
月といえばうさぎのイメージが強いが、最近では月でもうさぎブームがじわじわと上がって来ているようだ。
月の人に面白さが伝わるのか疑念が浮かんでくる。
視界いっぱいまで近づいたかぐやは人差し指を立てて左右に振った。
月はこの世界よりもずっと進んでいるらしい。うさぎとかめの世界にFGカメラという重力に反して空中を飛ぶカメラを使い、月にリアルタイムで映像を送るというもの。
かぐやの説明はあまり分からなかったが、うさぎとかめの競争を共有できるらしいので、一大イベントを行うようだ。
それでも志太朗の心の中には冷たい泥水のように溜まる心配を感じていた。
(何をやるにも決議・承認だよなぁ。それを真っ先に気にしちゃうなんて、根っからの本社管理部門所属だよな)
自分自身に悪態をつく。
かぐやはそれを見透かすように笑顔を作った。
「もちろん、かぐや姫株式会社、うさぎとかめ株式会社で先月取締役会議の承認済。さっき本社でも承認を得たわ」
ぐわっと熱いものを心に感じる。かぐやの笑顔に背中を押され、足に力を込めて卯吉と亀吾老を見る。
そこへかぐやは叩きつけられるような言葉をいつもの口調で放った。
「レースは1週間後なんだけど、普通のレースをしても面白くないでしょう?」
「⋯⋯と、言いますと?」
話が読めない志太朗は目を瞬かせた。
「特別なレースにしたいんだけど、内容がまだ決まっていないの。志太朗くん、一緒に決めようね」
お読みいただきありがとうございました!
さて、恐ろしいことにレースの内容は二角もこれから考えるところでございます(苦笑)




