かぐやの挑戦
「志太朗くん、一緒にかーえろっ!」
かぐやは屈託のない笑顔を俺にぶつけてくる。
幼き俺の記憶からかぐやの見た目は変わっていない。
それでもかぐやは大人なびて見えるが、18歳くらいの少女のようなあどけなさが残る。
「かぐやさん、語弊しかありません。本当に勘違いしそうなことを言うのはやめてください!」
俺の反応を楽しんでいるかぐやは俺の顔をずっと見てくる。
「あはは、少しくらいいいじゃない」
屈託のない笑顔で大きな口を開けている。
かぐやは月から来ている。そして地球での滞在先は俺の住む家なのだ。
かぐや姫の話にもある通り、かぐやは特に男性に人気がある。
部屋の鍵はおろか、障子を指で突付けば部屋の中が見えてしまう宿の部屋なんて論外だ。
かぐやの希望で歩いて家まで帰ってきた。
大きな塀が囲む敷地には入り口が二つある。
一つは裏門─庭師や荷物の受取口、女中の出入口などに使われる。
そして正面玄関─こちらは一族の者か然るべきお客を連れてきた場合に使われる。
志太朗は慣れた手つきで扉を叩いて、中へ声をかける。
「私は志太朗だ。かぐや殿を連れて参った」
すぐに扉が開いて俺の二回りほど小さな老婆が皺をさらに深めて睨みつけてくる。
「坊ちゃま、お帰りの際には人を呼んでくださいまし! かぐや様もいるならなおさらです」
やっぱり怒られた。
「トメちゃん、私が歩きたいって言ったの。志太朗くんは許してあげて、ね?」
トメの手をぎゅっと両手で掴み、悪びれる様子もないかぐや。久しぶりに会った友人に挨拶するようトメに告げる。
トメも短いため息をつきながらも、かぐやに手を握られてまんざらでもない様子で、事は収まった。
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夕飯も終わる頃、祖父である日本昔話株式会社 代表取締役社長の小噺総史朗が客間に顔を出した。
食事終わりの緑茶を啜っていた、俺とかぐやはキラリと光る目を彼に向けた。
「おじいちゃん」
「総史朗くん」
髪の毛は濃い目の灰色、上品にまとめてある。芯の通った歩き方で二人が囲んでいる机までやってくると、笑顔をこちらに向けて胡座を掻いた。
「志太朗とかぐやさん」
祖父のことを“君付け”するかぐやに、いつも気になっている。
そうしているうちにかぐやは今日の握手会について話し始めた。
それは世間話というよりは、業務報告に近い。
かぐやのファンは熱狂し過ぎる節があるので、かぐやは地球には長く滞在しない。
「かぐやさん、今回はいつまでここにいらっしゃるんですか?」
「いつもより少し長いかしら」
意外な答えだった。
志太朗の問いに、かぐやの答えを聞くと、総史朗は短く息をついた。
「志太朗には話しておくか」
腕組みをして、何かを決めたような顔を志太朗に向けて、そう話を切り出した総史朗。
現在、日本昔話株式会社には多数の子会社がある。その半数にのぼる会社が赤字に転落。変わりゆく社会に会社も立ち行かなくなってきたようだ。
そこで経営会議で、赤字続きである子会社の清算の案が出た。各子会社には赤字を変える手だてはない。
「私、赤字になった他の会社を救いたくてね、何とかならないかと考えたの」
同じ日本昔話㈱取締役の銭谷 与左衛門は赤字を何かで補填できるなら、存続させる案を出した。
志太朗ははっきり言ってこの銭谷の爺さんのことが好きではなかった。
昔から高慢な態度で、自分の利益を優先するタイプ。しかし、祖父とも何かあったようで、今は祖父は社長、銭谷は取締役になっている。
本当は会社を乗っ取りたかったのかもしれない。この爺さんをなんとかしないことには前へと進めないということだ。
かぐやの話したのは、赤字分の利益を出すこと。そして潰される会社を吸収すること。
「赤字のまま、会社は存続させられない。会議で決めた金額の利益が出る場合、赤字子会社をかぐやさんの会社に吸収させる」
そう説明する総史朗の隣で、凛とした顔つきのかぐやがしっかりと頷いた。
「そこで、志太朗にも協力してほしい」
「へっ? 分かりました……?」
志太朗は予想していなかった依頼に背筋が伸びる。
「浦島くんとも連携して、赤字会社の実態を再度確認して欲しいんだ」
「志太朗くん、お願いね」
「はい!」
潰れるにせよ、吸収されるにせよ、今の状況をちゃんと整理しておかないと次へは進めない、ということか。
金額として、今計上されてあるのが正しいのか調査する必要があるようだ。
かぐやと総史朗は顔を見合わせ頷いた。
志太朗はやる気を込めるように手に力を込めた。
「ねぇ志太朗くん、明日会いたい方がいるの」
え、かぐやさん、会いたい方がいるの?
この地球に?
ようやくお話の本題に入っていきますね。
気づかれていた方もいるかも知れませんが、ようやく志太朗の正体も出ました。




