株式会社金太郎(後編)
小噺志太朗の目の前にあったのは“山購入”の領収書。
内容に『金時山 一座』と書かれている。
一度の成功に気をよくして、2回目は大きく出過ぎる。
そんなことを度々耳にはしてきたが、自分の目の前でそれが起こるとは⋯⋯。
眉間にシワを寄せてため息をついた。
「一座って山ごと購入だろう。やり過ぎじゃないか!?」
金太郎は、足柄山地にある金時山で動物たちと相撲を取り始めるお話。
その舞台の山を丸ごと購入するんだから景気が良い。
だが、相撲を取った動物たちが谷間を渡らなくて思ったところに、木を倒して橋をかける。
この時点でお話の8割が過ぎる。
「動物は──」
メインはやっぱり“熊”さん。
その他は兎、狐、鹿、雀、猿など。
「“熊”さんは中途採用じゃないといいなぁ」
「“熊”さんは金太郎さんの旧知の友人だよ」
手に紙を持った浦島が背後から声を掛けてきた。
そこには“交際接待費事前承認願”の用紙。
その押印欄にはしっかりと執行役員の印が確認できる。
「㈱金太郎はアットホームで“熊”さんが執行役員なんだ。和気あいあいとして羨ましいよなぁ」
「そうですね」
志太朗は次のページをめくる。
「相撲観戦と研修」
そう書かれているが、内容は楽しいやつだ。
相撲観戦場所はなぜか熱海の近く。
足柄山地から熱海までは籠を使う組と徒歩組。
なぜか金太郎と熊は徒歩での参加のようだ。
相撲を観戦した後、研修をそこでやって熱海温泉に入って帰ってくるというコース。
「羨ましい⋯⋯浦島さん、俺たちもやりましょうよ!」
「やりたいなぁ⋯⋯でも予算が承認されないからなぁ。部門計画に上からの許可が降りないからよぉ」
浦島も悔しそうだ。
その後も何枚も出てくる、金太郎ロゴ入りの人数分のふんどしに、懇親会。
ふんどしお揃いなのか!
羨ましいなぁ。
「あれ⋯⋯?」
その後出てくる、宅地建物取引士のテキストに資格受験料。
それに建築士2級テキストに資格受験料に、1級も!?
橋作るのにどれだけ本格的なんだ!?
てか、金太郎さん有資格者過ぎる。努力家だなぁ。
そう思いながらも、あることを思い出す。
「浦島さん、もしかして足柄大橋って⋯⋯」
「そう、金太郎さんが作った橋」
お話の枠から飛び出ている。
たしか、橋を架けた後、その力強さに武士にならないかとスカウトが来て武士になるはず。
「その後、金太郎さんって武士になるんですよね」
「あぁ、マナー研修“武士の心得”を受けているだろう?」
ページをめくるとマナー研修の請求書を見つける。
あの橋見たら、建築士のスカウトが来そうなのにな。
武士の心得の関連書籍も十冊ほどある。
金太郎さんは真面目な人だなぁ。
浦島は別の業務に戻っていった。
その後もページをめくり続ける。
すると毎年定期的に切手が振り出されている。
誰かに定期的に何かを連絡しているようだ。
パサッ、金太郎からもらった前掛けが机から落ちた。
急いで拾いに行くと、そこにあったのは手紙。
一瞬良からぬ考えが頭の中を走る。
「⋯⋯いや、やめよう」
社内用封筒にその手紙を入れる。
部屋の外で慌ただしい音が聞こえる。
志太朗が振り返ると、そこには金太郎の姿。
やましいことはしていない。
なのにその考えが頭によぎったことを思い出し、心臓が跳ね上がって痛い。
「志太朗くん、忘れ物しちゃって⋯⋯あっ、それ⋯⋯」
「金太郎さんの忘れ物ですよね。後で届けようと思って⋯⋯」
なんとなく歯切れを悪くしてしまう。
金太郎は封筒を受け取ると、中を一瞥する。
「読まなかったんだ」
「一瞬頭によぎりましたが、読みませんでした。俺、忘れるので」
「その誠実さ、良いと思うよ。志太朗くんにだけは、教えようかな──」
金太郎のお話の後半部分はあまり知られていなかったりする。
武士となった金太郎は坂田金時と名を改め、源頼光に仕えると、四天王のひとりとなった。
その後、大江山の酒呑童子という鬼を退治するのがお話のクライマックス。
そして、金太郎が持っている手紙の宛先は大江山の『名無し』。
内容は感謝の手紙だった。
さすがの志太朗も誰へ宛てた手紙なのかは分かった。
「これは独り言なんだけどね、鬼は退治したんだ。でも鬼の部分だけ──」
この時、金太郎は志太朗に背を向けていたので、どんな顔をしていたのか分からない。
“鬼の部分だけ”
その言葉が頭から離れなかった。
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そして金太郎を部屋の外まで見送りに行くと、また慌ただしい音が近づいてくる。
木箱を抱えた“猿”がこちらへ向かって走ってきた。
「さるかに合戦の“猿”です! 柿のお裾分け持ってきましたー!!」
なんともフレッシュで元気な声。
志太朗は瞬きをしながら見つめていた。
えっ!? “猿”さん!?
前会った時より随分、若い気がする。
アンチエイジング!?
宅建って橋をかけるのにいらないんじゃないかと、心の中でツッコミながら書きました(笑)




