第165話 「事案発生」
「私はこの世界から逃げません。あなたの養子にもなりません。全部ぜんぶ、自分のことは自分で決めます! だからあなたは、ひとりで帰ってください!」
みけは力強く、【開祖】ニコラス・フラメルへ自分の意思を告げた。
かつてもこの少女は弱々しくも、己の飼い主に反抗した。
『強制』で痛めつけられようとも、明確に「私は嫌だ」と口にした。
そういう強さを持った娘なのだ。
だが、告げられたとうのフラメルは「すまないが言っている意味が1ミリもわからない」という顔をしていた。
「ええと……キミは【フラメルの娘】としてはずいぶん若い。もしや冬の侵攻に対しての私の予測をまだ解読できて……、」
「もうしてます。それにアルマのお姉ちゃんがとっくの昔に警告してます」
「アルマ、とはキミの先代か。どうりでキミはずいぶん若い。……なんだ、その娘はなぜ死んだ? 石の創造あるいは想像に失敗したか?」
「アルマさんは、その……」
みけがつい、と俺の服をつまむ。
……そうだな、その話はそれを見たものがすべきだろう。
「アルマは俺たちの仲間だった。……いや、今でも仲間だ」
「仲間? 君たちはなんだ、フラメルが雇った冒険者か、傭兵か?」
「冒険者だ、ついでに言えばみけ、そこの少女も、アルマも同じ仲間の……、」
「待て待て待て!!」
俺の言葉をさえぎるように、ニコラス・フラメルは絶叫した。
口をおさえ、頭をかかえながら衝撃に貫かれている。
「なぜ、フラメルの者が日雇い労働を? まさかそこまで落ちぶれているのか? 偉大なる作業はどうした?」
「マグ……なんだって?」
「『賢者の石』に至るための、研究や作業のコトです」と後ろからみけの声。
それならそうと言ってほしい。
なんでもかんでも変なワードで気取りやがって。
「娘! 石の色はどこまでいったのだ? せいぜい黒どまりであろうとは思うが」
「……いえ、私はまだその域には……」
「では先代のアルマとやらは?」
「お姉ちゃんは北との戦いの準備のため、賢者の石の研究は止めていました。この、『風の羅針盤』みたいに役立つアイテムを……」
みけがすっ、と風の羅針盤……アルマが設計しみけが作成し、俺が力をこめた魔道具を差し出す。
錬金術師としてこの少女が初めて手掛けた自慢の逸品だ。
……しかし、ソレを見るニコラスの目は冷めきっていた。
「そんなゴミを堂々と示されても困る。偉大な石に比べればとてもとても……」
「……えっ」
「先代のアルマとやらもたかが知れるな。まあ冒険者などという卑しい身分に甘んじていた時点でわかりきったことではあるが」
「……。」
「おい」
みけとフラメルの会話に、思わず割って入る。
とてもじゃないが、その発言は見逃せない。
「そのアイテムは、たくさんの命を救ってきた。錬金術的にどこまで高度かなんて知らないが、実際役に立ってるのは事実だ」
「悪いがキミの言葉に興味はないよ。フラメル家は慈善団体にでも鞍替えしたのか? 違うだろう。錬金術の探求にのみ生きるべきだ」
「そうやって籠もりきりで、気が付いたら外は真っ白けってか? そっちこそバカじゃねえの」
「……フッ、凡夫はコレだから困る。偉大な石を完成させればそれこそすべて解決するだろうに。アレの価値、現能を知っていればわかろうに……」
フラメルはこちらを完全に、道理のわからぬ子どもを見るような目でにらむ。
そうして、とって付けたようにため息。
「はあ、『賢者の石』をジェルマンの奴が盗んだのは、だいぶ痛手だったようだな。よもやここまで落ちぶれていようとは。至急、後継者に正しい学問を教えてやらねば」
「だから私は養子にも後継者にもなりません! あなたはひとりで……」
つい、と中央の男はステッキでみけを指す。
途端、なにかの害意を感じ取ったのか、アスタルテの施した自動防御である『土殻』が少女をくるりと包み込んだ。
「ほう?」
「みけちゃんに何をするんですか!」
イリムが槍を正対に構え、今にも飛びかからんとする。
そちらへ向け、今度はフラメルがオーケストラの指揮者のごとくステッキを繰った。
――瞬間、力の波動が暴風のように迫ってきた。
『不可視』にして『高速』のなにかが、陣形を組んだ俺たちパーティへ向けて。
「――ハッ!!」
「みなさん、伏せて!!」
イリムはとっさに『土壁』を、みけも即座に茶色の薬瓶を足元に叩きつけ土のかまくらを形成する。
一瞬で視界が真っ暗になり、直後、台風が家を揺らすような低く重い音が響く。
いきなりの攻撃。
交渉の余地はなさそうだ。
「――みけ! これからご先祖様と戦闘に入る、いいな!?」
「ええ! 私も『誘拐』されたくはありません!!」





