第148話 「VSハインリヒ」
巨大な鏡が遺跡の壁に安置されていた。
ゆらゆらと鏡面は波打ち、その向こうには寒々とした荒野が広がっている。
これが『転移門』
ここドワーフ島と、はるか北東の帝国をつなぐ魔法の扉である。
そして、その前には大剣を掲げた美丈夫、最後の教会四方ハインリヒの姿が。
あたりには、たった今両断し尽くした帝国兵の死体が散っている。
おおよそ50人。
そのすべてを彼は躊躇いなく殺していた。
「……氷の魔女の眷属死すべし、我らの世界を護りたもう。侵略者から護りたもう。我らの子らを護りたもう……」
かろうじて聞き取れた彼の呟き、あるいは独り言。
ハインリヒ、まるで亡霊のようだ。
「…………。」
攻撃は……『熱杭』ではまずい。
2年前、彼はアレを弾き飛ばしている。
弾かれた『熱杭』が『転移門』に当たれば、粉々に破壊することができるだろう。
だが、現物を見てわかったがアレの破壊は故障程度に抑えておきたい。
鏡の縁には巧みな魔術紋様、そして上部には鈍く光る金色の球体。
そのどちらもが、利用価値があるようにみえる。
弾けないぐらいに速さも、威力も上げることは可能だ。
だが、その際の破壊力は凄まじいものになる。
『転移門』はもちろん、この遺跡が崩落するだろう。
……で、あるなら攻撃はシャープでスマートにいこう。
「――――。」
無言で最速で、もちろん最硬で。
ハインリヒを足元から『火槍』で攻め立てた。
ザンザンザン! と地面から燃え盛る槍がいくつもいくつも、彼を串刺しにせんと迫る。
しかしそのすべてを、流れるように美丈夫は避けていた。
まるで、攻撃がすべて読めているとでもいう風に。
『火槍』で針の山を築きながら、同時に『火弾』を自由射撃、真下と真横と真上と真後ろから途切れなく攻撃を浴びせる……が、
彼はそれもすべて避けるか弾くかで対処している。
「…………。」
攻撃の合間合間に炎を吹き付けたりもしているのだが、そちらはまったく効果がないようだ。
どうやら最上級の『対火』を仕込んでいるらしい。
アレを抜けるにはかなりの出力の『火葬』が必要だが、ソレをやるとやはり『転移門』が壊れてしまう。
「師匠、私にやらせて下さい。私は昔彼と戦ったことがあります。……その雪辱戦です」
「……イリム」
「師匠ならあんなの、『人質』がいなければ楽勝でしょう? でも、それだと負けた私は一生勝つことができなくなります」
「…………。」
「【槍のイリム】として、それは許容できません」
「……わかった」
イリムの戦士としてのプライド、そして先の攻防でわかった彼我の力量差。
ふたつを鑑みて、俺は彼女に前線を任せた。
「ありがとうございます、師匠。できればギリギリまで手出しは無用で」
「ああ」
テクテクと自然な足取りで大剣使いへと歩むイリム。
ハインリヒも、ぐるりと首を回して彼女を視界に捉える。
「私は槍のイリム! いざ尋常に勝負です!!」
「……炎の悪魔の使い……滅びよ!!」
身長を優に超える大剣『ダインの遺産』。
ソレを右腕一本で水平に構え――そのまま突進してきた。
対するイリムも腰を落とし、槍をひねるように構える。
彼女には珍しい、受けの姿勢だ。
……いや、恐らくあれは……。
「『石噛み』!!」
気合一閃、イリムが螺旋のように槍を回転させ、正面へ突き出す。
……と同時に、雷光のように迫るハインリヒを左右から同時に6爪、『石槍』が襲いかかった。
それだけでも必殺たる螺旋突きに加え、左右から迫る石のあぎと。
都合7つの攻撃にさらされて、生きていられる者はそうそういない。
「――シィィィイイイイッ!!」
しかしハインリヒは、体を絶妙の角度で折り曲げ、地を這う蜘蛛さながらのポーズでこれを避ける。
そしてそのまま、大剣を下から上へと振り抜いた。
そのすべての動きが、人体の構造を無視したものだ。
「ハッ!」
「チッ!」
奇怪な動きから繰り出された一撃を、イリムは当然のごとく避ける。
瞬きの間に振り抜かれたソレを、瞬きの間で回避する。
彼女や彼のレベルからすれば、ごくごく平均的なやり取り。
そこからは、まさしく目にもとまらぬ攻防が続いた。
秒の間に10のやり取りが交わされる。
攻め受け、避け穿つ。
大剣使いの得物が振り抜かれるたび、石でできた遺跡の床が、悲鳴を上げて抉れてゆく。
あの大剣の軌道にとって、石などあってもなくても関係がないのだろう。
……だが、いくら彼が怪力を持とうが、大剣の切れ味が超常であろうが。
当たらなければそんなもの、なんの驚異にもならない。
ピンと立ったケモノの耳に、揺れる尻尾。
獣人の戦士であり、それを極めたイリムはただのニンゲンには不可能な、無茶な動きをしてもバランスを崩すことがない。
曲芸のように、縦横無尽に、美丈夫を翻弄するように。
尽く攻撃を回避していた。
相手の隙に細かく突きを繰り出しながら。
「――ハッ!」
「――ガッ……!」
……だんだんと、ハインリヒが押され始めた。
体の端々に浅い突きを受け、そのたびに血が吹き出す。
致命傷はない。
しかしだんだんと動きが鈍ってきた。
血が、体温が、除々に削られているからだ。
彼が回復の奇跡を使えるのかどうか、俺は知らない。
しかし、使えたとしてあの攻防のさなか、攻防以外のことに気をさく余裕はない。
……そんな隙を見せればその瞬間、彼の頭蓋は吹き飛ぶだろう。
螺旋を加えたイリムの突きにより。
「――終わりです!!」
そうして彼女が仕掛けた。
地面を右足で強く踏み鳴らし、土の精霊に働きかける。
彼女と、彼を囲うようにダンダンダン! と岩の壁が出現する。
すっぽりと、四角い岩のドームにふたりが包まれる。
大きさは一辺5メートルほど。
――彼女の、必殺の殺戮結界である。
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昨日の夜は投稿できなかったので朝投稿、そして隔日としてはズレますが、明日の土曜にも投稿する予定です。ブクマ、そして評価してくれた方々、ありがとうございますm(_ _)m





