第145話「ドワーフ島」
ブランディワイン号が元『灰色港』へと入港した。
ドワーフは船を持たず、ゆえにこの港も使われてはいない。
廃墟の様相そのものだが、船を止めるための石の桟橋は健在であった。
「ではな、師匠どの。そしてみなの衆、任せたぞ!」
ブランディワイン号はいったんここで離脱、万が一に備えて海上での待機となる。
ちなみに「あの日」に『招雷』で船を破壊していたクラーマーはすでにこの世界に居ない。
異端刈りの本部襲撃により死亡したそうだ。
そしてあの船には、隠れた護衛が付いている。
恐らく、海上において最強の守り手たる【水竜】が。
港から離れつつあるブランディワイン号を見送り、そうしてゆっくりと振り返る。
俺たちの「歓迎」のため控えた、ドワーフの戦士たちだ。
すべてが真っ黒な黒鉄の重装鎧、手に手に斧や長槍。
……あの長槍には、2年前。たくさんのまれびと達の……。
意識を現在へ引き戻す。
過去ではなく未来へ。
そうして、俺たちはドワーフに連れられ豪華な馬車へと乗り込んだ。
もちろん、『俯瞰』を限界まで広げつつ。
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あれから丸一日かけドワーフ王の館までたどり着いた。
王の館はこの島の火山のふもとに設けられ、岩盤をくり抜いた洞窟要塞である。
彼らの間では『山の根の館』と呼ばれている。
「……2年でこんなモノを造っちまうのか」
「ドワーフは建造にも長けた種族らしいわ」
とカシス。
彼女は周囲に眼を走らせつつ、ドワーフの「護衛」達に不穏な動きがないかつぶさに観察している。
俺は『俯瞰』で1キロ圏内を、ユーミルは『死法の魔眼』でみなの死期を。
そうしてだんだんと、事態が呑み込めてきた。
館の大広間には、長銃を構えた狙撃手が12人。
広間を見下ろす上階に潜んでいる。
そして館を囲う深い森の中には、500を超える兵士の群れ。
構成員はすべてヒト族、恐らくは帝国兵。
だが、彼らドワーフはコレに賛同しているのか。
いまだ帝国の操り人形なのか。
ソレを見極めなければならない。
なぜなら、アスタルテの最終試験である彼らとの和平条約、ひいては冬の戦いへの参戦を取り付けるコト。
これをギリギリまで諦めたくはない。
そうして、俺たちはわかりきった罠が待つ大広間へと歩いていった。
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岩盤を彫り抜いた岩造りの大広間に、入り口から王の椅子まで真っ赤な絨毯が一直線に敷かれている。
その赤の道を挟むように、等間隔に黒鉄の戦士たち、王の護衛。
その間を、俺たちはゆっくりと進んでいく。
だんだんと王の椅子と、こちらの距離が近づく。
そうして、その椅子に座る人物の姿がはっきりしてきた。
豊かな髭を蓄え、がっちりした体型のザ・ドワーフである。
「君が、フラメル領当主の知己、そして土のアスタルテ様の愛弟子である師匠どのだな」
「ええ」
ぴたりと、この遠さが適切であろう位置で、ドワーフ王が声を掛ける。
そこで止まるべき、という宣言でもあろう。
「私は山の根の民をまとめるドワーフ王、スラールだ。此度の交渉のため、ここまで訪れて頂きまず感謝をしたい」
「いえ、我が師であるアスタルテの頼みとあれば、弟子としては断れませんので」
茶番ともいえる会話が続く。
ここで、この罠の広間でどうでるのか。
彼らドワーフの真意はなんなのか、いまだ帝国の奴隷なのか。
そうであるなら、淡い希望は捨てて彼らとここで戦わなければならない。
「……師匠どの」
「なんですか」
ドワーフ王たるスラールの眼が、まっすぐに俺を見る。
その眼は、瞳は、なにかを堪えているかのようだ。
しばらく……彼の無言が続く。
赤絨毯に整列した王の護衛にも動揺と、なぜか安堵が広がっていく。
そうして彼は、ただ一言告げた。
「――みなさん、これは罠だ」
ガクリとスラールは、頭をたれた。
玉座に座る者に相応しくない行いだ。
――そうして直後、大広間は銃撃音に包まれた。
上階から12の火線が炸裂、ついで轟音。
11は俺や仲間へ、ひとつは玉座へ向けて。
【炎の悪魔】と、秘密を漏らしたドワーフ王を亡き者にするために。
……だが、その肉体を破壊するはずだったすべての弾丸は、ことごとくが鉄の鎖に阻まれた。
大広間に十重二十重に、まるで蜘蛛の巣のように鉄鎖が展開している。
「……そんな視え視えの『死』で、殺せるわけないよなぁー……」
俺の背後に控えた紫の少女が、右目を青く燃やしながらつぶやく。
『死法の魔眼』、ただ死のみを予見する死神の瞳。
彼女の『魔眼』には、ただただ安直な攻撃しか視えなかったのだろう。
鎖で防ぐに造作はない。
「サンキュ、ユーミル」
「……まあな」
俺やカシスのようなまれびとの死は視えないのだが、彼女は多くの鎖を展開することでそれも防いでいた。
あるいは直感、または霊感に導かれて……。
そうして俺は俺で、やるべきことがある。
『俯瞰』で把握していたすべての狙撃手へむけ、彼らの真上や背後から自由射撃。
物質化により『耐火』を砕き、速さによって『回避』を許さぬ、最速最硬の二丁拳銃をブン回し、すべての狙撃手を無力化した。
「――がぁああああああああ!」
「ギャッ!」
「ぐぅぅううう!!」
大広間の上階のそこかしこから苦悶と悲鳴が響き渡る。
彼らの両手の甲と、軸足である左のヒザを割り砕いた。
もう銃を撃つことも、歩いて逃げることもできない。
「あれだけの数を、バカな……!?」
一瞬で奇襲を防いだ俺たちにまわりのドワーフ達が動揺する。
スラールも玉座から立ち上がり、こちらへ何かを告げようとする。
しかし、俺はすぐさま彼に言った。
「――状況は!? それだけ簡潔に伝えろ!!」
すでに森の方から複数の怒号、足音……つまりは軍団の歩みが聞こえている。
一瞬の状況ミスも許されない。
「……妻と娘が、人質に取られ……すまな、」
俺はへなへなと崩折れるスラールに駆け寄り、胸ぐらをつかんだ。
「謝罪は今はいい! 会談は後だ。人質は俺が取り返す、それまでここを守れるか!?」
「――あっ、ああ!」
彼は、妻子は西の廃墟に囚われていると、そして俺の暗殺が失敗したためすぐにも殺されるだろうと口にした。
もう、恐らくは間に合わないとも……。
『俯瞰』を広げる。
なるほど、ここから1キロほどの地点に、廃墟、ふたりのドワーフ、そして兵士が4人。
まだ親子は生きている。
「――まだ間に合う。これから行ってくる」
「お待ちを師匠どの! この者もお連れに!!」
スラールの横に控えていた、灰色銀の重装鎧を着た戦士が、こちらへ駆けてくる。
彼を連れるメリットがあるのか、ここで細かく聞く時間はない。
すでに大広間の黒鉄の扉は閉ざされ、鉄のカンヌキが掛けられている。むこうからは兵士の怒号。
ここで、防衛戦の構えだ。
「――イリム、来てくれ!!」
「はい、師匠!」
「――他のみんなは、」
「速く行ってこい、ここは俺っちたちに任せろ!」
「ああ!」
俺は広間の脇に見えた登り階段へ飛び込む。
その後に、イリム、そしてミスリルのドワーフ戦士が続く。
そのまま階段を駆け上がり、そうして2階の廊下も疾走していく。
外から見えた、この城塞のバルコニーへ向けて。
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