第144話「鐘の娘」
あのあと、執事のマスターさんといくらか思い出話に花を咲かせた後、本格的な交渉を始めた。
と言っても、すでに話はまとまっているようなものだ。
「わかった。君たちが来る戦いに赴くとき、ここ自由都市も加勢しよう」
「ありがとうございます」
「まあ、数少ない知り合いの魔術師も、そろそろ北がヤバイと口にしていた。他の街や国も気付いている可能性が高い。協力自体はみなしてくれると思うよ。なにしろ、ほっといたら全滅するんだから」
「……ええ、そうです」
「いくつかの都市とは交友があるし、仲のいい友人もいる。そちらにはいくつか手紙を送っておこう。助けになれるはずだ」
再度、頭を下げる。
アルマの親父さんに世話になったという領主殿。元冒険者。
そしてまれびとであるマスターを認め、さらには仲間にまでした男。
この人が味方についてくれたのは本当に大きい。
「じゃあ、これからが本番だね。ドワーフとの交渉さ」
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ここ自由都市の領主であるカシェムは街を離れられず、これから交友のある都市へと手紙を書かねばならない。
領主代行として、執事のマスターが同行することになった。
「よろしくお願いします、師匠殿」
「いえいえ、こちらこそ」
彼はザ・執事といった出で立ちで、スラリと細身の高身長。
眼光は鋭く、しかし優しさもある不思議な目をした人だ。
歳は60手前ぐらい……かな、頭髪が少し寂しい以外は、かなりイケオジの雰囲気がある。
俺とカシスは彼と雑談しつつ、港へと足を進める。
しかし、彼との会話で心を紛らわせつつも、だんだんと誤魔化しきれなくなってきた。
道を曲がると、視界が開け……港が広がっていた。
いくつもの帆船、小舟。
そうして、その中に見覚えのある船……ブランディワイン号を見つけてしまった。
こたびの交渉、そのためへのドワーフ島への渡航を唯一許された船である。
船長はもちろん……、
「やあやあ師匠どの、久しぶりだな!」
2年前と変わらず、元気な声が聞こえてきた。
船長の、カンパネラである。
2年前と変わらず、元気な笑顔で。
夏の太陽のような、カラッとした声も懐かしい。
……ぐっ、と気持ちを切り替える。
『あの日』以来、彼女には会っていない。
会いに行けなかった。
しかし彼女はそれをとがめることなく、ただ笑顔で接してきた。
であるならば、こちらの対応もソレしかない。
「よう、元気にしてたか!」
「おうともよ!」
イシシと笑うカンパネラ。
俺についで、イリム達も言葉をかわす。
「船長!お久しぶりです」
「イリムくん、キミとは半年ぶりだな!」
そうなのだ。
イリムや他のメンバーはたびたびカンパネラに会っていた。
なにしろ、フラメル邸と自由都市のラザラス邸は『帰還』の門による地続きと言ってよく、つまりご近所さんなのだ。
「……よう、船長。2年ぶりだな……」
「やあユーミルくん、キミも晴れて旅立てるというわけか!」
この世界の住人であるユーミルは勇者組の攻撃対象であるため、強さが仕上がるまではフラメル邸を離れられなかった。
ゆえに、彼女も俺と同じだけカンパネラと会っていない。
「カンパネラ船長どの、此度の航海、任せましたぞ」
「やあ執事どの、任され申したぞ!」
こうして、俺たちは懐かしのブランディワイン号へと乗り込んだ。
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自由都市を離れ帆船はぐんぐんと海上を進む。
久しぶりの船旅、潮の匂いも東のものとは違う。
フラメル邸も海に面しているのだが、あそこは冷たく湿った海風。
いうなれば北国のそれ。
対して大陸の南西たる自由都市は、暖かく乾いた海風。
いうなれば南国のそれ。
「ヨーソロー、ヨーソローだ!」
「へい、親分!」
「おう、おう!」
船内ではカンパネラ船長の鐘のような声がカラコロと響き、それにつられて船員たちの元気な声。
船員たちはみな、いわゆるヒト族であった。
2年前の船上の景色とはガラリと違う。
もう、あの学芸会のような雰囲気ではない。
れっきとした、ごくごく普通の船乗りたちが作業を続けている。
俺はその光景が見ていられず、船のヘリへもたれ掛かり何もない海上を眺める。
自由都市も、船上も、そしてもちろんドワーフ島も視界に入らぬよう。
しばらく、本当にしばらくが過ぎたころ、
「……ふう」
「どうしたね師匠くん」
気付けば、後ろから鐘の音。
振り返ると小さき船長がすぐ目の前に。
「……カンパネラ、その」
「キミが何を考えているかはわかるぞ」
彼女のつよい瞳は、それだけですべてを物語っていた。
だから、俺から余計なことを言うべきでないと悟った。
「……そうか」
「私も、すべて割り切れているわけではない。だが……」
「ああ」
「前に、進めねばならぬのだよ。船も、未来もな」
「そうだな」
「此度の会談、自由都市とドワーフとの交渉。そして北との戦いの約束。
すべて、すべて、前へと進めてくれ。
我がブランディワイン号はそのための架け橋となろう」
カンパネラ船長が、すっ、とこちらへ小さな手を差し出す。
俺はそれをしっかと握り、彼女のような笑顔で応える。
「ああ、任せてくれ」
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