第143話 「元盗賊の元マスター」
元盗賊の執事さんに案内され、館の応接室へ。
海の街である自由都市らしく、南からの外光を広くとったテラス造りでとても開放的だ。
「……では、本題に入るかい」
その自由都市の領主であるカシェムさんはさっそくそう切りだした。
机の上の1枚の手紙を放る。
「……これは、ドワーフからですか」
「そうなるね。君たちとの会談を予定していた今日。その朝に届いたんだ」
「君たちの邸宅に滞在しているアスタルテ様、彼女の口利きだそうだね」
「ええ」
「偉大なる土の精霊術師アスタルテ、彼女の頼みならそりゃ彼ら【山の根の民】は断れないだろうね」
そうなのだ。
表向きは土の精霊術師、真実は土の竜であるアスタルテはひろくドワーフに信頼……いや信仰されている。
万を生きるともいわれる彼女は、土、岩、山の民たるドワーフからすればまさしく女神である。
「『あの日』以降、ドワーフ達とは国交が成立していない。どころか連絡もなしだ。なにより彼らは海を嫌う」
「完全に陸の民なんですね」
「そうだね。なんでも海は『タールの海』『悪鬼の棲家』として毛嫌いしている。ゆえに船のひとつも持ってはいない」
それはある意味で、双方にとって平和である。
島にこもり、互いに不干渉。
だが、それを続けるのもそろそろ終わりだ。
いずれ世界が閉じてしまうその前に、強靭な彼らの協力が必要だから。
「そうそう、新しいまれびと。またひとり預かってるよ」
「……いつも、ありがとうございます」
俺とカシスでともに深く頭を下げる。
伴侶たるイリムも、ともに。
そう。
ここ自由都市はかつてフローレス島のラビット達とある契約を結んでいた。
まれびとは処刑せず、フローレス島へ移送する。
その約束は『あの日』を境に失われた。
なにしろ契約相手がことごとく居なくなってしまったから。
しかしすぐさま違う約束が結ばれた。
それは、まれびとを一時捕らえ、錬金術の名家であるフラメル領に強制移送するという約束が。
表向きは錬金術の研究に使う材料、そして労働力として。
真実は、開拓村へ避難させるため。
それをこの領主はふたつ返事で快諾した。
「……そろそろさ、話してくれてもいいんじゃないかな?」
「……そう、ですね」
しかし、今の今まで彼には真実を話していない。
もちろん俺やカシスがまれびとであることも。
だが、もう。
打ち明けてもいいだろう。
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「そうか、やっぱりね」
「わかってましたか」
「いや、ほとんど直感だけどね。アルマ君がキミを連れて来たあの日、キミのぴーすけ君に乗せてもらったあの日。なぁんとなくね」
「……さすがですね」
「そりゃあ、元冒険者だからね! カンは大事だよキミぃ!」
茶色の髮をかき上げながら、カシェムさんは笑った。
ほんのりとちょい悪オヤジ風に。
そうして、彼もとっておきの秘密を打ち明けた。
「マスター、入ってくれ」
パンパン、と耳に心地いい乾いた音が応接室に響く。
直後、まるで音を立てずに優しく扉が開かれる。
「はい、お館様」
すっ、と完璧な所作で執事さんが一礼。
彼は、冒険者時代のカシェムさんの仲間であり、一流の盗賊だったという。
「彼もね、そうなんだ」
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元冒険者からの成り上がりであるカシェムとマスターの出会いは駆けだし時代である。
当時の彼はやる気だけがある新人で、どこでも、いつでも失敗を繰り返していた。
だが失敗をひとつするたび、確実に成長していった。
そうして、ある日。
遺跡の地下に閉じ込められた。
これも新人にはよくあること、よくある失敗である。
そうして、当然のごとく。
新人冒険者の終わり方として、よくあることであった。
「……だめだ、俺もここまでか」
若き日のカシェムはそう呟いた。
すでに8日、何も食べておらず。
すでに3日、何も飲んでいない。
どこかで先輩冒険者に聞いた最終手段、己の排泄物を飲むという行為が頭をよぎったころ、ソレは唐突に目の前で起こった。
瞬きののちに、この閉じた石室に男が現れた。
遺跡はなんの作用か壁がほの暗く発光し、松明の尽きたカシェムをいまだ暗闇がもたらす発狂から守っていた。
そのおかげで。
目の前に現れた何者かがヒトであることがうかがえた。
少なくとも、形態はヒトそのものであると。
カシェムは破顔し喜んだ。
その表情はほとんど発狂の域に近い。
「あんたッ! 助けに来てくれたんだな、そうだよな! ……ハハハハハッ!!」
ひたすら青年カシェムの笑い声が地下遺跡に響きわたる。
この密室を越え、その先まで。
……しばらく、その音の反響を愉しんだあと新人冒険者は口をひらいた。
質問をした。相手を確かめた。喜びを伝えた。
しかし、この……恐らくよくわからぬ魔法で出現した目の前の男は、カシェムの希望する言葉に答えることはなかった。
応えるは不明瞭な返答、意味の通じぬ内容。
つまりは混乱、混乱、混乱。
いくども言葉を重ねるのち、理解した。
コイツは……異世界からの侵略者、まれびとであると。
そう理解した瞬間、カシェムは長剣を引き抜いた。
親の金を盗み村から飛び出し、そのなけなしの金で買った鋼鉄製のロングソード。
コレだけで、村では半月は食べられる。
彼の家族が、兄弟が、半月は餓えずにすむ。
そうして得た唯一の武器を、彼は初めてヒトガタに向ける。
――彼は幸い、いまだヒトガタを殺したことはなかった。
怖かったのだ。
魔物とはいえヒトに似た魔物、ゴブリンやオークを殺すのは。
だからそうでない依頼を請けていた。ネコ探しなんて下の下の依頼も率先して。
そうして、コレじゃいつまでたってもダメだと遺跡探索の依頼を請けた。
ゆえに、いまだ彼はヒトガタを殺したことはない。
――そしてそれは、いまだ事情を知らぬまれびとにとっても幸いであった。
しばらく……剣を突きつけていたカシェムは、その刃を収めた。
彼には、この眼の前で震える一回り上の男が危険な存在には見えなかったのだ。
「……なあ、アンタ。名前は?」
彼は最初、自分の名前を思い出せなかったが、しばらくするとマスターと名乗った。
とある飲食店の店長をしていたという。
「……キッサテン?」
「ええ、コーヒーや紅茶、軽食などを……」
「……コーヒー?」
「頭が冴える飲み物です」
閉じ込められた環境のせいだろう。
ふたりはずいぶん長い間話に興じていた。
マスターの側も、ゆっくり時間をかけて己の状況を理解していった。
本当に、信じられないが、異世界へ転移したのだと。
27の彼にとっては、懐かしくも恥ずかしい妄想の世界である。
「そういえば、カシェムさんはいわゆる『剣士』ですかな」
「あっ、ああ。まだ駆けだしだけどな」
「パーティはお一人で? それでダンジョン探索は危険では?」
「……しょーがねーだろ。まだ実績がねぇんだ」
「『魔法使い』『僧侶』などは?」
「そんなもん、駆けだしに付くわけねぇだろ」
「ふーむ、魔法職が貴重な世界と……いいですね、ソレ」
「あん?」
「では……『盗賊』が仲間に必要ですね」
彼は、元々愛好していたある遊びから派生して、『鍵開け』も趣味としていた。
そしてその腕前は、趣味というレベルを越えていた。
ふたりを閉じるこの密室、それを破ることなど容易かった。
ブクマ、そして評価頂きありがとうございます!(`・ω・´)ゞ
今はしばらく隔日連載の予定です。
人が多いとされる週末に集中より、そちらのほうが読んでくれる方が増えるのではないかと……。
もちろん、ストックと執筆スピードに余裕ができたら、ちょくちょく追加掲載したいところですね。





