第133話 「炎の精霊術師」
ラビットたちの大虐殺。
そしてフローレス島がドワーフ達に支配されてから2年がたった。
ここは、大陸南東のとある海岸。
遠くには質素だが趣味のいいお屋敷が見える。
海は穏やかに凪ぎ、曇天が被さっている。
火精はこのような日には数もチカラも弱まってしまう。
もちろん、ザクザクと刺すような土砂降りに比べればはるかにマシではあるが。
そうして、打ち付ける波のない崖の突端にぽつんと人影が……いや。
人影のすぐそばにはもうひとつの影、おそらくは墓石であろう。
小さく、しかし丁寧に手入れをされたそれを人影は撫でる。
しばらく、本当にしばらくそうしていた。
そしておもむろに彼は墓石から離れると、手にした黒い杖を突きながらさらに崖の端へ。
杖を海へと突きつける。
まるで水平線に宣戦布告するがのごとく。
―――風が唸りをあげた、否。
見えない何かが、見えないチカラが、ある一点に殺到している。
ただそれだけでソレ以外のモノが空間から弾き飛ばされている。
殺到する火の精霊に、その他の精霊がはじき出されている。
真実、空間に炎のチカラのみが満ちる。
無音ののち轟音。
人影から巨大な火柱が、海を割り砕きながら水平に疾走った。
まるで火山の噴火、いやそれにも増して。
そう。
かつてありし【火竜】の咆哮そのもののごとく。
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「うおおおおお!!」
全力で射出した『火葬』は、想像をはるかに越えた規模となっていた。
自分でもちょっとびっくりするほどだ。
黒杖のすこし先から迸る炎は、真っ直ぐに海上を薙いでいる。
太さ、長さ。
ともに規格外である。
東京タワー……いや、スカイツリーぐらいあるんじゃないか、コレ。
普段は通天閣や田無タワーぐらいなのだがいつの間にかレベルアップしたのだろうか?
さすがに10秒も続けると途端に強烈なめまい、すぐさま火炎の放出を止める。
そうだな、よし。
この術の名前は『竜咆』だ。
かつて在った真に偉大な竜の吐息の模倣だ。
俺もずいぶん成長したものだ。
しかし……さっきの命令はなんなのだろう。
突然アスタルテが今日の修行は中止だと言った。
そしてただひたすらに全力で南へと『火葬』を放て、アルマの墓のあたりからがちょうどいいだろう、と。
「解除はしておる」という彼女の言葉も謎だった。
たしかに、扱える火精の量がさっきはおかしかったな。
量もそうだし、質……といおうか。
数段上の存在が俺の声に応えてくれたというか。
「…………ん?」
遠く、はるか遠くの海上に黒い点が現れた。
最初は鳥かなにかだと思ったのだが、そもそもこの世界の外海は死地だ。
ほとんどの生物は近づかず、それは空飛ぶモノも例外ではない。
しかしアレは飛んでいる。
まるでその死地が怖くないとでもいうふうに。
まるでその死地の向こうを知っているとでもいうふうに。
「……!!」
総身に震えが走った。
懐かしさがこみ上げてきた。
知っている気配がこちらへ真っ直ぐと。
途中、海上を飛ぶ彼に挑む命知らずがいくらかいた。
海中から真っ直ぐに飛び出した化け物クジラ。
凧のような、しかしサイズは野球場ほどの化け物マンタ。
無数のトビウオが群体を成した巨大竜巻。
それらはすべて、彼のアギトから吹き出す地獄の炎に焼かれていった。
焼かれ、炭化し、消え去っていった。
そうして、彼……ぴーすけが俺のすぐ手前で降り立つ。
それだけで土煙が辺りに吹き上がった。
「グアッ!!」
「うわぁ……オマエ……」
でかすぎだな。
うん。
でかすぎだ。
胴体だけでバスほどはあり、翼を広げれば優に30mを超えるだろう。
以前はがんばれば背中に乗れるぐらいだったのに。
「これだけ大きいともうぴーすけじゃないな」
(では……格式高くリンドブルムはいかがです?)
えっ?
ハッ、とした。
なにかささやきのような声が聞こえた気がした。
しかしそれは俺の勘違いだろう。
なにしろ彼女はもうこの世にいないのだから。
3年近くまえ。
ぴーすけを初めて顕現したあの日。
イリムやみけ、そしてアルマとこいつの名前付けでわちゃわちゃした。
懐かしい。
そこでアルマは確かにそう言っていた。
リンドヴルムはどうですか、と。
彼女との会話を思い出す。
……リンドブルムはそんなにダメでしょうか。
俺がぴーすけと決定した直後、彼女はくらくらとショックを受けていた。
そんなに自信満々だったのだ。
それに続く会話を思い出す。
いや、どちらかというとカッコよすぎるので。
……そうですか。
もしこいつがメガ進化したら考えます。
……進化ってなんですの?
本当に懐かしい。
そしてなぜか笑いがこみ上げる。
「ははっ」
「グアッ!」
そうだな、そうだ。
メガ進化したこいつの名前は……リンドヴルムだ。
名付け親はもちろんアルマだ。
「見ておったぞ」
と、気づけばアスタルテがすぐそこで俺たちを見ていた。
口もとがにやりと笑い、ようやった、と呟いていた。
「ちょうどそやつが南を飛んでおったからな。少しはマシになったおぬしを見れば……まあ、機嫌をなおすじゃろと」
「グアアアッ!!」
ぴー……いやリンドヴルムは威嚇するようにアスタルテを睨んだ。
軽い唸り声さえ上げている。
「……たく、やはり我らはソリが合わんの」
「ああ、そっか」
精霊術でもそうだし、錬金術でもそうだのだが、火と土は相性が悪い。
上昇下降、熱冷、乾湿。
すべての属性が反対な、まさに犬猿の仲なのだ。
火精の集合体であるリンドヴルムと、土精の超々超々集合体であるアスタルテでは仲良くなりようがない。
「まあよい。……しかし、さきほどの火炎」
「ああ、ヤバかったな」
「まあまあじゃな」
アスタルテはそっけなく口にした。
あのスカイツリー火柱をしてまあまあらしい。
「マジですか」
「【竜骨】にはいまだ至っておらん。つまり【四方】には至っておらん」
そうか。ひたすら2年。
たまに仲間と遺跡探索などはあったが、その他の時間を修行に費やした。
限界を越えてチカラを行使し、限界を迎えれば幼女に回復される。
そうして2年がむしゃらにチカラを鍛え続けた。
精霊術も、技も、かつてとは比較にならぬほど成長した。
そして、当たり前に。
その程度の努力では世界最強格たる【四方】に届くはずがない。
「おぬしの存在濃度は……そうさね12といったところじゃの」
「ふむ」
確か人の限界が10だとか、それを超えると特異点だとか。
つまり限界突破はしたわけか。
「全体で見ればじゃな。火力だけならソレ以上を自負してもよい」
「……それだけ、危ういってことか」
「さすが聡くなったの。そうよ」
そう。
修行を経ても火力偏重なのは変わらない。
もとより炎、工夫の幅は限られる。
その長所をとことん伸ばせと言われた。
それに、一番大事なのは感情のコントロール。
……まれびと地区の、サトウさんの言葉が蘇る。
あの、有名なセリフとともに。
大いなるチカラには大いなる責任が伴う。
暴虐無比なこのチカラを、もし感情のままに振るえば大変なことになる。
そんなことは絶対に許されない。
そのうえで最低限の守りも習得する。
それが最後の難関だった。
「では、守りの試しといこうかの」
「……わかった」
最低限の守りとは……【四方】アスタルテの攻撃に3分間耐えきることである。
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※師匠はよく巨大なもののたとえに各種日本の建造物を用いますが、どこまで正確かは不明です。
通天閣と田無タワーでは2倍サイズが違います。
東京タワーとスカイツリーも2倍違います。
あくまで彼の主観からみて「すごいでかい、やばい。たぶんコレぐらい」ということです。
評価、そしてたくさんのブックマークありがとうございます(`・ω・´)ゞ
この回から新章ですが、章の挿入はすこし後になります。





