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prologue0 「炎と、氷と」

あれから、イリムといくつかの言葉を交わした。

「あの夜」からのこと。

いままでのこと。


……そして俺はもう助からないこと。


「生きるための器官が、あちこち壊されてる。今は体にかかった自動回復リジェネでなんとかなってるが、それももうじき……」

「師匠」


「……なんだ」

「師匠は、『空間魔法』が使えるんですよね、火と、風のチカラを操れるんですよね」

「……ああ」


賢者に提案され、風の谷を訪れていた。

実際『歪曲』がなければ、カイランの弓に対処することは難しかっただろう。


「ジェレマイアさんが言っていました。『空間魔法』で、物体は無理ですが、過去に送ることができるものがあると」


声だけなら……送ることができると。

それは賢者からも聞いたことがある。


声、情報、想い。

そうしたものは法則違反にならないらしい。

とてもとても膨大な魔力、あるいは精霊力が必要だが。


そして『空間魔法』において、その座標指定は『想い』のチカラだとも。


遺失した『帰還』という魔法は、術者が故郷と思う場所とつなげる魔法だ。

そしておそらく『異世界召喚』あるいは『異世界転移』という特級の『空間魔法』の座標指定にも、術者の想いや感情が関わっていると。


「……試したことはないが、たぶん……できると思う」


空間と時間は、ほぼ同じものが違う見え方をしているだけである。

座標指定も、『帰還』と同じく対象がつよくつよく想えば可能なはずだ。


「……声、か」


であるなら、すべての分岐はあそこだろう。

あの夜、もしイリムが俺を見付けてくれたら、すこしはなにかが変わったかもしれない。

くだらない俺の妄想を解きほぐしてくれたかもしれない。


「師匠、お願いします」

「……でも、どんな声を送る? どんな言葉なら確実に、意味を成す?」


真剣な表情で悩む俺を、イリムは優しくさとすようにほほ笑む。


「そんなのはカンタンです。師匠が「あの日」居た場所を教えてくれれば、それだけ伝えれば絶対に大丈夫です」

「それだけ?」


自信に満ちた顔で、瞳で、イリムが答える。

本当に、まったくそれで問題ないといった声で。


「こんなことは、師匠が私から離れてなければ起きるはずがないんです。【炎の悪魔】になんて、私がならせません。だって私がいるんですから!」




------------



はるか北方、氷に閉ざされた白き世界。

そのなかでも奥深くわけいった場所に、それはある。


暗く寒い、古代の地下遺跡。

外はすべてが凍りつき、停滞し、つまりは死んでいる。


ここを知るものは世界でも数えるほどだ。

1000年前、最初のまれびとの召喚が行われた場所である。



「……【氷の魔女】、そして【炎の悪魔】……やはりまれびとは精霊界の……」


地下の、残骸と成れ果てた魔術工房のただなかで、やつれた老婆がつぶやきをもらす。


ここはかつて『空間魔法』を研究していた。

目的は多岐に渡るが、そのひとつに過去への情報伝達がある。これにより【魔王】、ひいては他国の優位に立とうと。


……しかし、なぜか、何度挑もうともソレが実現することはなかった。失敗が奇跡的ともいえる確率であろうとも、必ず失敗する。絶対に成功しない。


何か、世界自体から歴史を守ろうとする修正力、抑止力が働いているとしか考えられない。魔術師たちはそう結論づけた。この世界は、この世界の住人を厳しく律している。


ならどうするか。


「……はっ、一度きり。偶然成した召喚が、よもや、よもやな」


腰の曲がった老婆……いや妖婆は、地面に刻まれた巨大な魔法陣を憎々しげににらむ。


これがすべての始まりだった。

こいつがすべての元凶だった。


【魔王】に対抗するための稀人まれびと召喚……元来は異世界からの神霊、神人を呼び込むとされたそれ。


しかし呼び出されたのは何のチカラも持たぬ小娘であった。


……今でも腹わたが煮えくり返る。


気まぐれで授けたアレが、よもや、よもやあんなことになろうとは。

チカラのほとんどを奪われるとは。


だが、流れが変わってきた。

1000年も待った末の世に、ようやく。


【炎の悪魔】というバケモノが現れよった。


帝国と王国はことごとく蹂躙じゅうりんされた。まさしく原野を焼き尽くすす燎原りょうげんの火のごとく。


やはり条件を満たしたまれびとに精霊術を授けると、おかしなことになるようだ。

ヤツの炎なら、あの小娘に届きうる。


「……ヒヒヒッ、クヒッ!」


しかしニンゲン側はいささか以上にひどい目にあった。

死んでもヤツを忘れることはないだろう。


……魂は巡り、そしてそれ自体に記憶能力がある。


阿頼耶識アラヤシキ、などと呼ぶ者もいる。


魂の深いところで、炎の悪魔の所業は刻み込まれただろう。

あの黒い炎で苦しみ悶え死んでいったもの、友を、親を、伴侶はんりょを、子を……目の前で焼かれたものは特に強く、強く。


そしてあれだけの規模の厄災だ。

【氷の魔女】とあわせ【炎の悪魔】の恐怖も、ヒト族の根源、ヒトの集合的無意識に刻まれただろう。


……もしかしたら、それは最初から。


「ま、どうでもよい。あの小娘さえ焼き殺してくれれば、それでな」


妖婆は……かつて【氷竜】と呼ばれた者は、そううそぶいた。



たくさんのブックマーク、そしてご評価ありがとうございますm(_ _)m

次話からやっと本筋戻ります。

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