第130話「アーちゃん」
※短めです。
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垂直に、ほとんど瞬間移動のように風竜は消えていった。
気付けばはるか上空、そして気付けばそのまま空の彼方へ。
風の竜にふさわしく、凄まじい飛行能力だ。
恐らく、戦闘機ですらまったくお話にならないだろう。
「ふう……まったく肝が冷えたわい」
「そうだな……でもあちらに戦意は……」
「いや、特に風竜のヤツは読めん。気まぐれに戦いを起こしても不思議はなかった。そういうヤツじゃ」
「そうだよねぇー。風ちゃんは昔からああだよねー」
突然ふたりの会話に割って入った声。
振り返ると、すぐ真後ろにぴったりと女性の姿。
「うわっほい!」
「わっ!!」
驚いて飛び退く。
緊張が解け、思わず『俯瞰』も解いていたようだ。
危ねえ危ねえ……と。
「よう来てくれた。助かったぞい」
「アーちゃんの頼みだからねぇー。そりゃもう急いで泳いできたよ!」
にこにこを無邪気に、子どものように笑う少女……いや女性か。
見た目は20ぐらいで、髮は鮮やかな水色で艷やか。
耳元からながれる髮はいわゆるツインテドリルだが、髪質がとても柔らかそうなのでドリルというよりソフトクリームのよう。
卵型のお顔に、ものすごく眠そうな目元、雰囲気がずいぶん柔らかい。ふわふわ、ほわほわと。
それともう、俺にはわかってきたが……。
「こやつは水竜。勇者組の接近を察知し事前に呼んでおった」
「水竜ちゃんだよー、初めましてだよ師匠くん!」
気軽ににこにこ、俺の手をぶんぶん振る。
そのしなやかでこれまた艶のある指に絡め取られた俺の両手は、心なしか喜んでいる。
こうして間近で見てさらに、彼女の危険性がわかってきた。
子どものかわいらしさと、オトナの女性の魅力。
すべてを凝縮したらこういう人になるだろうか。
一言で言って、恋人持ちの俺にはとても危険だ。
「や、初めましてであります」
口調もオカシクなる。
これ以上の接触は危険と判断し、すこし失礼だがやや強引に手を振りほどく。
「わっ、意外にクール」
「やめよ水竜……おぬしな……」
「いやぁー結構好みの男の子だからねぇー」
とてつもなく気になる言葉を反芻しそうになり、そしてイリムに串刺しにされる光景が一瞬浮かびゾクッとし、そう。
耐えました。
「こやつがいたから、先方も手出しできんかった。さきの力関係にまで持ち込めた」
「……そうだったのか」
「そだよー」
「おぬしでは、まだまだ勇者と勝負にならん。まだ、耐えよ」
「……うっす」
そう。自分でもわかっていた。いまだ【四方】には遠く及ばないと。氷の魔女はおろか勇者にも。
先の戦闘予測……アスタルテひとりが生き残って勝つ、は水竜ありきだったのだ。
「そういえば水竜さん、お名前は?」
「えーっ、そんなん決めてないよぉ……ニンゲンと交わるときにそんなんいるぅ?」
交わる……ほうほう……ああいや、交流するね。
なんだか調子が狂うな、どうも『魅了』の術などを振りまいているようにしかみえない。
「まーでもそうね。この機会に、アーちゃん風にそうだね。決めますかぁ!」
「珍しいの、おぬしはニンゲンは見下していたかと……」
「ハイ! 決定、私は水竜アナトちゃんです! どうぞヨロシクねっ!」
「ヨロシクお願いしまっす!!」
俺は素早く頭を下げていた。
しかも気付けばそのままこちらから手を握り、嬉しそうに上下にブンブンしている己がいた。
ほとんど猿か犬、またはアイドルオタクのごとく。
急いで理性を取り戻す。
「――スイマセン」
「ぷぷっ、いいんだよぉー師匠くん。素直でいいねぇキミ」
「……はぁ、まったくこやつは」
「コレはっ、喰いがいがありそうだねぇ! ふふっ!」
「はいっ! いつでもどうぞ!」
「……じゃから、止めよと」
アナトの言葉に大喜びするのと、そのたびにイリムに心臓抜きされる恐怖とのあいだを乱高下させられる。
そうして気付いた。
……この人、絶対『魅了』を常在発動させている。
精神がもの凄く疲れてきたぞ。
明日はお休みで、水曜投稿の予定です。





