第110話 「船チュン」
あのあと……そう。
そういうコトになってしまった。
フローレス島まではまだ時間があり、時間があったのだ。
まあ時間があったからな。
船倉の一室からイリムと退出する。
手を握り、こちらは彼女を守る騎士である。
「えへへ、師匠。ミレイやカシスさんにバレたら殺されちゃうかもですね」
「ええっ、それはなんとか認められたいとこだけど」
そうか。
イリムの妹であるミレイちゃんはまだ大丈夫だろう。
しかしカシスはまずいかもな。
俺の旅はここで終わってしまうかもしれない。
「しばらく内緒にしておきますか」
「うーーん……」
それはそれで彼女に不誠実な気がする。
しかし命には代えられないよなぁ……。
「じゃあ、イリムにはすまないが頼む」
「ええ、ふたりだけの秘密ですね!」
彼女は楽しそうにひっみっつ、ひっみっつ、と口ずさんでいる。
まあそうだな。
ちゃんと段取りを決めて。
特にカシスにぶっ殺されないようにしっかり地固めをしてからだな。
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船の船首に体をあずけ、かたわらにはトカゲマン。
ほらよ、とワインの水割りを渡される。
これはこの世界ではほぼ水扱いであり、昼でも気軽に呑まれる。
「よぅ師匠、そろそろ島に着くぜ」
「へえー……でかい火山なんかあるんだな」
平らな地形に、デデンと三角形の茶色の山がそびえ立つ、ザ・島だ。
もこもこ静かな煙なんか吐いている。
噴火活動とかは大丈夫なのかな?
「で、どうだったよ師匠?」
「あん?」
「弟子の具合を確かめてきたんだろ?」
「ブッ!!」
水割りワインを吹き出す。
こいつ……カンがいいのか。
「あのな、できればカシスには、」
「ああ、黙ってるぜ!」
「ありがとう」
「で、次はアルマか!」
「ブッ!」
水割りワインを吹き出す。
こいつ……頭がおかしいのか。
「なぜそうなる?」
「パーティ4人切りとか目指してるんじゃねえの?」
「いやいや」
「俺っちも昔、3連まではいけたぜ」
「……そっすか」
「そのあと3人に八つ裂きにあったけどな!」
どこぞのウィッチャーかよ。
カラカラと哄笑するザリードゥ。
ほんと、こういうところは傭兵というか。
英雄色を好むというか。
まったく。
「やあやあそろそろこのブランディワイン号の旅も終わりだな!」
「カンパネラ」
「青年は成長できたし、私も思い残すことはないぞ!」
「オマエもか……」
俺は七人の侍の若造扱いかい。
「なんだ?半分以上は私のおかげだろうに」
「ん……」
「仲介料を頂いてもいいかな!」
「よくねぇよ!」
イシシシと笑うカンパネラ船長。
言動にまるで湿ったものや、イヤラシイものを感じないのはさすが海の女というべきか。
見た目はちんちくりんだけどな。
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【灰色港】という小さな港町に入港。
建物も桟橋も真っ白に塗られ、それが南国の強い陽光に映えている。
スペインやギリシャ、エーゲ海風である。
空気も見た目も爽やかでとても心地良い。
「師匠、今晩宿でどうです」
「うーん」
イリムはニコニコとずいぶん積極的だった。
まあ、獣人族はいわゆるそういう気質だそうだ。
さっきさんざん思い知った。
だが、宿の宿泊は基本、二部屋を男女別に借りている。
それが突然追加の部屋を借りるというのは、まあバレバレだろう。
残念だけどしばらくはお預けかな。
イリムの頭を撫でつつ、そういったことを伝える。
ちなみに彼女はケモミミが弱点だった。
「師匠……そうですか、日に2回戦はきびしいですか」
「……そんな哀れな目で見るなよ」
俺は御老体かなにかか?
まあ島の滞在時にいくらでも時間はある。
そのときに前言撤回させてやろう。
「やあやあ君たち、なんだか名残惜しいな!」
船から降り、カンパネラ船長一同、お別れを告げられる。
「おかえりもぜひブランディワイン号を、どうぞごひいきに」
「ひらにひらに、どうぞどうぞ!」
「トカゲさん、師匠さん、帰りも待ってますよ!」
「ちょっとまたまたアンタ!?私が先ですよ!」
わちゃわちゃと、うさぎ耳たちが騒がしい。
本当に彼ら彼女らは常に元気だ。
「……とまあ!みな君たちを気に入った!
帰りもぜひわがブランディワイン号、架け橋となろうぞ!」
「ああ、頼むぜ」
「船長さん、ありがとです!」
「……さらば、ちいさきひとよ……」
「帰りもよろしくですわ」
それぞれがそれぞれに手を振り、架け橋たるブランディワイン号を去った。
みな、こちらが見えなくなるまで手を振っていた。
こちらも負けじと、ちょっと進んでは振り返り、ちょっと進んでは振り返り。
素晴らしい船員たちとの別れを惜しんだ。
しかしこの港町。
ほんとうに観光地のような雰囲気だな。
みればやはり、生活基盤たる漁業なども見かけられるが、どちらかというと宿泊施設や食堂が多い。
身なりも整った者がほとんどで、乞食や見るからにガラの悪そうな連中も見かけない。
なんだか元の世界に帰ってきたような気分にもなる。
「……コレよ、私がここが苦手な理由」
「カシス?」
「アンタならわかるでしょ」
「……ああ」
確かに。
まるで帰ってきたような。
そう思わせるがしかしそうではないこの街。
元の世界に帰りたい者からすれば、そういう者からすれば。
……もうここでいいんじゃないか?
そうした誘惑に満ちた街である。
「この港街から、南に海岸線を丸一日すすむとラビット達の本拠地。西境村にたどり着く。……そしてソコもここと雰囲気が似てる」
「ふむ」
「で、その村の北に、エラノール地区ってのがあって、そこがいわばまれびと地区。恒久的にそこに住まうことが許される。この世界で唯一、私たちの平穏が約束されてる」
「できれば、フラメル領の開拓村もそうなりたいもんだ」
「……それは反対しないけどさ」
エラノール地区か。
そういえば開拓村はまだ名前を決めていないな。
イケてるネーミングを考えておくか。
その夜、ひさびさに豪勢な食事となった。
広い食堂で開放感があり、海産物が豊富。
イタリアや日本などがそうなのだが、海に恵まれた地域は自然と食のレベルも高くなる。
なぜなら海産物は、野生のままでもとても旨いからだ。
現代人視点で考えてみよう。
野生種のりんご、穀物などはまったく洗練されていない。
果物でも吐き出すレベルがあるぐらいだ。
しかし魚、貝、カニ、エビは。
まったく問題なく旨い。
2000年前の塩を振った焼き魚と、観光地の屋台で食えるあゆの塩焼き。
違いはほとんどない。
その、高いレベルの材料がばんばん穫れる地域の舌は自然と肥える。
現にこの世界にやってきて、自由都市、そしてここの食堂は飯のレベルが数段違う。
……ここは現代人からするといろんな面で楽園なのだ。





