第107話 「すべての魔物を破壊する」
イリムと……まあ、ほっこりしていたら突然船底から衝撃が走った。
鈍く伝わるそれらの音は、船全体を包み込むよう。
異様な気配にすぐさま『俯瞰』を展開する。
そうしてこの異音の正体を突き止めた。
船のそこかしこから、魚顔の魔物が這い上がっている。
「敵襲だ!」
「――まったく、いいところだったのに!!」
イリムはすぐさま己の槍を掴み、臨戦態勢に入る。
他の仲間も、もちろんラビットの船乗りたちも。
そうして船のヘリから、ぬるりと魚が顔を出した。
イリムがきょとんとした顔をする。
「お魚さん?」
「いや、魚人とかいうやつだろう!」
マヌケな魚顔に、全弾装填の一発目をお見舞いする。
炸裂した『火弾』は魚の頭を吹き飛ばし、ぐらりとヘリから姿を消した。
直後にドボンという水の音。
イリムもすでに甲板に乗り出した魚人を、手当り次第に刺し身に変えていた。
彼女の周囲はすでに死地。
きらめく残光がほとばしる度に、魚が捌かれていく。
まばたきの間に槍を振り切れるその技量。
愚鈍な敵にむしろ憐れみすら感じる。
そうして余裕ぶっていたツケか。
船の進路をふさぐように、8本の巨大な柱が出現していた。
「でかいな!」
「師匠さん、すぐに船首へ!」
アルマの声。
俺たちはいま船尾にいて、一刻も早くあの柱に対抗しなくてはならない。
「おう!」
並列想起で並び立てた36の弾丸を、進路を邪魔する敵に次々炸裂させながら全速力で駆ける。
『俯瞰』で船のヘリから奇襲気味に飛び出す敵を予測し、彼らが飛び出すであろう場所めがけて『火弾』を撃ち込む。
それらはすべて、吸い込まれるように的へと当たる。
『俯瞰』による空間把握を利用した射撃術は、おそろしいほどの精度を生み出していた。
真上と自分の視点。
その両方から確かめて撃てるのだ。
ムダ弾はいまのところ一発もない。
そのまま船首までたどり着いた。
「あのバカでかい柱は……アレか!」
「そうね!金曜ロードショーB級パニックの定番!」
カシスが刺剣で魚人の脳天を貫きながら答える。
まさに魚の活き締めだ。
「俺は2回は見たな!」
「私は3回!」
柱の太さは電車ほど。
その表面にはびっしりとマンホールほどの吸盤がこびりついている。
そしてなにより。
柱の先端は裂けるように開きうごめき、そこが捕食器官であることを告げていた。
ぐちゅぐちゅと汁を垂れ流し、なんともおぞましい。
「……師匠、鎖でサポートする!」
「了解!」
そのやりとりだけで、俺と彼女はもちろん。
他の仲間も即座に戦況を組み立てる。
俺とユーミルでこのタコ助の相手。
残りは船上の侵入者の殲滅だ。
俺は火力バカ、デカブツの相手はまかせろ!!
「ユーミル、一本一本ぶち抜く、それまで頼む!」
「ほいさ!」
ジャラジャラジャラと豪快な金属音をたてながら彼女の繰る鎖があたりに展開する。
同時に彼女の背中の盾が凄まじい勢いで飛行し、タコ足の一撃から船を守った。
すぐさま巨大刃も盾から射出され、回転するフレイルのごとく戦場を舞う。
幾本かのタコ足の表面が、ザクザクと切り裂かれていく。
これがユーミルの戦闘スタイル。
鎖の補助に、盾の守りに、必殺の巨大刃。
攻防すきのない拷問器具の結界である。
そうして、彼女の手腕に舌を巻きながら組み立てた『熱杭』を、準備した砲身に叩き込む。
「まずは一本いただくぜ!」
宣言とともに射出。
ミサイルめいた一撃をデカブツの足に叩き込み、焼きちぎる。
ちぎれたタコ足はブーメランのように回転しながら視界のかなたへ消えていった。
ユーミルの防御と補助、それから生まれる時間稼ぎをたっぷり利用しての『熱杭』。
とくに障害なく4本までちぎり取るのに成功する。
これならいける、そう確信しちらと背後を確認。
「!!」
船首から後ろ、船の甲板には夥しい数の魚人が群れていた。
油断した。
そう、いまだ『熱杭』と同時には『俯瞰』は使えない。
俺にとっての必殺技である『熱杭』は、それにのみ集中することで想起を可能としている。
ゆえに、後ろを直接見るという至極あたりまえの行為でしか背後を確認できない。
「……師匠、まずは前だ!」
「しかし!」
「仲間を信じろ!!」
「!」
おう、という言葉の代わりにさらに杭を打ち立て、足を引きちぎる。
「残り3本だ!」
「ほいさ!」
そうして、すべての足を退散させた。
八本の足が、これは敵わぬと海中へと消えていく。
あれで死んだのか、それともまた生えてくるのか。
今はどうでもいいことだ。
改めて後ろを振り返る。
敵の密度はまったく変わっていなかった。
「どんだけいるんだよ!」
死んだ魚人はたくさんいた。
それに対して死んだ仲間やラビットはいない。
圧倒的に善戦している。
しかし彼らの疲労は色濃い。
対して魚人は、疲れた個体が次々死んでいく代わりに、次々代わりを補充していく。
いくらでも海から沸いてくる。
事実、船の壁面にはびっしりと魚人が貼り付いている。
銀色の、ヌラヌラした不気味な光沢に船が包まれている。
いまかいまかと行列を成している。
孵化を待つカエルの卵のようだとさえ思った。
それだけ、生理的におぞましい光景だった。
いや、パニクっている場合じゃない。
いやいや、混乱などしていない。
現にさきの驚き、それに費やした時間は3秒もない。
もう俺は戦いの初心者ではない。初心ではない。
いくたびもこの身を戦場にさらしている。
「壁面のは俺がやる!ユーミルはできるだけみんなを!」
「……いいよやってやるよ!」
そう宣言した彼女は、巨大刃で戦場を薙いだ。
次々と輪切りに捌かれていく魚ども。
俺は俺で、『俯瞰』と『火弾』を並列想起。
壁面にとりつく不法侵入者をすべて把握。
そうして2丁拳銃を船体の壁面に置く。
そこから、できるだけ最速で射撃を開始した。
そう。
『俯瞰』によってこういう芸当もできるようになった。
ふつうは自身の主観から射撃するため、どうしても発射位置は俺からになる。
俺の位置から、まっすぐ敵への射撃。
これは実際の重火器にも当てはまる。
しかし、空間を十全に把握できるのならそうした制約はなくなる。
銃口を、空間のどこに置いても正確無比な射撃ができるのだ。
敵の真上からでも真下からでも、真横からでも。
もちろん、ふつうに正面からでも。
そうして、船にとりつく魚人どもを、船の上にいながら撃ち落としていく。
……だがこうして空間把握をしているからこそわかる。
敵の数が多すぎる。
みなの奮戦むなしく、その数はいっこうに減らない。
そろそろ、そろそろ。
こちら側の誰かが死んでしまう。
船上への攻撃に切り替えるか?
しかし、いまや戦場は混沌の極みだった。
敵も、味方も入り乱れ。
とても『大火球』を撃つスペースはない。
一度に減らせぬのなら壁面の掃除に集中しているほうがキルレートは高い。
歯がゆい。
どうすれば?
「かぁーーーっ!そろそろいいか!!」
唐突にザリードゥが叫んだ。
吠えるかのような形相で、剣を高らかに天に突き立てる。
そのポーズの意味、言葉の意味。
一瞬俺は彼が錯乱したのだと思った。
だがもちろん。
ベテランの彼に限ってそんなことはありえなかった。
掲げた彼の剣が、その刀身が。
まばゆいばかりに光り輝いている。
あの剣はアレだ。
アスタルテが報酬としてくれた聖剣だ。
名はなんといったか。
そう、『騎士の誉れ』だ。
アルマは言っていた。
ソレの亜種だと。
あくまでソレそのものではないと。
しかし、彼が掲げたその聖剣に宿る輝きは、本物にしか見えなかった。
真に誉れある輝きにしか見えなかった。
その極光を纏いながら、彼は高らかに宣言した。
「いくぜ俺っち!地上神罰の代行!!
――――神の怒り!!!」
振り抜かれた聖剣が、極光が叩きつけられた。
直後、ただただ白く無垢な光の爆発が戦場を満たす。
敵も、味方も、すべてがその奔流に呑み込まれていった。





