第103話 「イリムと戦士ギルド」
※師匠とカシスが潜入ミッションをしていた時のお話です。
ずいぶん久しぶりの自由都市だ。
馴染みの店で知り合いの娘をたずねると、彼女はもう引退したそうだ。
ずいぶん羽振りのいい、それでいて優しい好青年に身請けされたと。
俺っちとしてはすこし寂しいが、エディスにとってはそのほうが幸せだ。
彼女から貰った真っ直ぐな金の御髪は、俺っちのお守りの中でも特に効果があったように思う。
でも……そうか、彼女もいよいよ人並みの幸せってやつを手に入れられたんだな。
うん、今日は気分がいい。
やることヤッてから店を出る。
今日は完全にオフの日で、まだまだお天道様は真上だ。
どうするか。
フラリと戦士ギルドにでも寄ってみるか。
こちらにも昔なじみは数多い。
半分は生き残ってるといいけどなぁ。
戦士ギルドを訪れると、なにやらまわりが沸いていた。
ここは古代の円形闘技場をそのまま利用したもので、入り口が受付ホール。戦場を取り囲む周囲の円に、練習場や仮眠部屋が詰まっている。
サイズは小型のもので、中央の表舞台が20mほどの正方形。
そこでは戦士たちが模擬戦を繰り広げている。
……ひとりの小柄な槍戦士が、飛んだり跳ねたり大の男を翻弄しているのが目を引いた。
彼女は常に2対1で、それでも次々と男たちを平らげている。
イリムだった。
ピンと立ったケモノの耳に、揺れる尻尾。
獣人の戦士はあれがあるおかげで、無茶な動きをしてもバランスを崩すことがない。
種族特性を十全に活かした、彼女の戦闘スタイルだ。
ほんと、あいつの伸びはこのところ目をみはる勢いだ。
「ようザリードゥ!久しぶりだな!」
「ああマルコロ。景気はどうだ」
マルコロは、まるっと太ったたぬきのような男だ。
見かけによらず俊敏で、その見た目とのギャップで敵をだまし討ちする。
特に前に後ろに横にと、コロコロ転がるトリッキーな動きが特徴だ。
「ダメだな!あの獣人の娘!あいつにヤラレたよ!」
「へえ」
「今んトコ30人抜きだぜ!まったく大損だよ!」
ここの連中は人の試合ですぐ賭けを始める。
俺っちも昔はよくひどい目にあったもんだ。
みると、イリムはまたしてもふたりを一度に平らげていた。
文句なく、上級の戦士である。
彼女の相手になる者は、この街の戦士ギルドですら片手に収まる。
俺っちも、最近は危ないしな。
たぶんそう遠くないうちに彼女に抜かれるだろう。
そんな予感がある。
「さあ、まだまだいけますよ!
次の相手は誰です!」
うーん。
今は彼女のおメガネに敵う相手が不在のようだ。
まわりの戦士たちもタジタジだ。
なっさけねぇ……。
俺っちがでてもいいんだけど、いやいつも模擬戦はやってるしなぁ。
チクチクと悩んでいると、ギルドの扉がバン!と力強く開かれる。
振り返ると、大柄な美丈夫が立っていた。
おともを連れ、威風堂々。
デコで分けた金の長髪がしゃらしゃらと揺れている。
ギルド内をざっと見回し、ある一点に視点を留めた。
とたん、不愉快極まりないといった表情をうかべる。
「穢れた種族が……調子に乗りおって」
カツン、と高らかに踏み出した一歩を俺っちの巨体で止める。
両者、数秒にらみ合う。
「ようハインリヒ」
「喋るな、下等生物が」
バリッ、と殺気と殺気が火花を散らす。
彼らのまわりにいた戦士たちは当然、嗅ぎなれたその感覚に一瞬たじろぐ。
「……ケモノの娘にトカゲの男。
いつからここは珍獣見世物小屋になったんだ!」
「お鎮まりください、ハインリヒ様!」
「それは難しい!」
控えの黒髪の青年が美丈夫を抑える。
ヴァイヤーか。
大きくなったもんだ。
抑えられた大男はぷるぷると体を痙攣させはじめる。
「……ッウ、ッツハア!
怒りで頭がおかしくなりそうだぞ!!」
「どっちが珍獣だよ」
相変わらずハインリヒはイカれてやがるな。
これで剣の腕は破格なのだ。
キチに刃物とはまさにこのことだろう。
「よーう、ヴァイヤー。こいつの子守も大変だなぁ」
「ザリードゥさん。いえ、私はこの方の従者です」
「ヨハンの親父さんは元気か?」
「隠居して平和に暮らしていますよ」
フーフと唸る大型の珍獣を抑えつつ、黒髪の青年は笑う。
短く整えた髪といい、その笑顔といいさわやかな好青年だ。
しばらくして大男は静まり、
「よし、私がでよう」
「ええっ、ハインリヒ様それは……」
「あの娘は戦士ギルドの闘技施設で戦士を求めているのだろう?
まさか自分より弱い相手としかやりたくないと?」
「……しかし」
「そこのトカゲはどう思う?」
「えっ?俺っち喋っていいの」
「――チッ、」
ハリンリヒはこちらを無視し、カツンカツンと鉄の足音をさせながらギルドの中央へ。
円形闘技場のその舞台へ。
「おい、どこの飼い主から逃げ出した?」
「えっ?」
さらにふたりの男を同時にノシていたイリムの背後から、ハインリヒが声をかける。
その手には、背中に差した大剣をゆらりと抜いていた。
ゆうに2mは超えるヤツの相棒、『ダインの遺産』だ。
帝国で奴隷身分であるドワーフたちの、血と涙の結晶である。
「もう一度問うぞ下賤な小娘よ。
貴様は槍をふるうより、主人の槍でも磨いておれ」
「……私は鍛冶職人ではありませんよ!」
戦士風の挑発はイリムには効いていなかった。
まあ、イリムはなぁー。どっからどうみても生娘だし。
「まあよい」
ハインリヒは己の大剣に、ぐるぐると布を巻き出す。
さすがのヤツも、この場で相棒を披露する気はないらしい。
巻いてる布も『聖骸布』で、イリムが輪切りになることはないだろう。
……そうだな。
たまにはこういう経験は必要だろう。
俺っちは戦いの気配に集中し、ふたりの挙動をつぶさに見る。
「やるんですね!」
「調教してやろう、メス犬が」
「私はですね――」
イリムの反論を封じるように、袈裟に大剣が振り下ろされる。
速さは埒外。
常人でいうまばたきの間。
しかしイリムは的確に剣筋と間合いを読み、最小の動きでそれを躱している。
オイオイ、ハインリヒのヤツ。
今のは当たっていれば、刃など関係がない。
そのまま叩き潰され四肢が弾け飛ぶ。
「この程度はあるのか」
「――やりますね!」
むしろイリムは火がついたのか、勇猛な笑いをうかべ美丈夫に飛びかかる。
その速度は、さきの大剣と同等だった。
――やるな!
あんな速さは、彼女の身体能力ではまだまだ不可能だ。
だが。
彼女は踏み込みと同時に足元の地面を、跳ね上げた。
土精の力で、踏み込みから自身を撃ち出した。
「!?」
当然、さきのイリムの模擬戦とは数段上の速さ。
ハインリヒは驚愕に目を開き、だが。
当然のごとく受け流した。
運動をそらされたイリムはその勢いのまま真上へ跳ね上げられる。
ぽっかりと空いた闘技場の空中へと。
高さは……30m程度。
イリムの練度ならなんら問題なく着地できる高さだ。
その着地点に、大剣を握りしめる男がいなければの話だが。
自由落下。
その着地点は通常選べない。
空気を踏んで飛ぶ『二段飛び』という技術はあるにはある。
しかしイリムは知らない技だ。
このままではマズイ。
俺っちはハインリヒの構えから、イリムが殴り飛ばされるであろう場所まで走る。
ぶっ飛ばされたイリムが壁に叩きつけられトマトにならぬよう、それをうまく受け止めなければならない。
そうして、ハインリヒの真横から土の板が上空へ勢いよく射出された。
「――なっ!?」
「ハッ!!」
その板をイリムは蹴り、なんなく大剣の間合いから逃れ着地を決める。
ごろごろと威力を殺しながら、しかし槍は正確に構えたままで。
戦士ギルド内の観衆が湧きに湧く。
「どんなもんです!」
「……小細工がいろいろできるようだな」
そうして構えを変えるハインリヒ。
ヤツが、めったに見せない本気モードだ。
こうなれば俺っちでもヤツには勝てない。
だが、この状態のヤツは冷静になる。
これだけの観衆のなか、この場の人気者になっているイリムを殺すようなことはないだろう。
試合を見守る。
そうして、数合のかち合いのあと。
イリムは当然のごとくぶっ飛ばされた。
俺っちもうまく受け止めた。
ハインリヒは、下に見ていた獣人の少女に本気を引き出されたことの怒りをにじませていた。
異端狩りの【教会四方】である彼にとって、これほどの屈辱はないだろう。
ナイスだイリム。
お前は、まだまだ強くなるぞ。
どうしてヤツが……はるか北東に本部を持つ異端狩りがこんな場所にいるのかは、よくわからねェが……。
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