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こだわる男(1)

 行商人の男を収監所へ引き渡した後、私はトーマを先に宿舎へ戻らせた。そして駐車場へは行かず、修理場へピンクのパトロールカーを移動させた。

 「こりゃまた凄い傷だな。何やったんですかい?」

修理工のレットンさんは車を一目見て驚いた。オーバーオールの似合う、でっかいおじさんだ。足下を隠して見えなくするお腹がチャームポイント。

「ちょっとね……ポイント使用目的の欄は、調子が悪いから点検したとか、そんな感じで書いて欲しいの」

「車検にしときますよ。こんだけ塗装が剥がれてちゃあ、正直に書けやしませんな。お宅んとこの子猫ちゃん達が騒ぐでしょうに」

 レットンさんはいい人なのだ。パトロールカーをピンクにする時、サーモンピンクにするかショッキングピンクにするかでうちの子達が揉めた際も、ジャンケンという手段に辿り着くまで、嫌な顔もせず延々と待ってくれた。今回も協力してくれるようだ。流石の問題児も、初日で二回も引っ掛かれるのは可哀想だし。

 傷付いたパトロールカーをお願いして修理場を出ると、既に夕暮れ時だった。

 ビルの谷間に赤く眩しい太陽が挟まっている。

「明日も晴れか……」

祖母ばあちゃんが言ってた。こういう夕焼けの時は次の日晴れるって。

 宿舎へ向かってくるりと方向転換すると、二階建てのその屋根に人影があった。

「トーマ……」

斜面に膝を抱えて座っているのは、問題児トーマ。彼は夕日を見るわけでもなく、膝小僧に顎を乗せ、取締隊本部からズドンと通っているツァンカールのメインストリートを見下ろしている。しかし目付きが悪いせいで、センチメンタルな光景が全く似合わない。

 ふとトーマが私に気付いた。失礼なことを考えているのを感じ取ったか? あのふてぶてしい顔は何を思っているのか、さっぱり読めない。

 トーマは2階の屋根からベランダへ滑り、隣接する木をつたって降りてきた。

「車の傷、こっそり修理に出してくれたんですね」

そう言うトーマの頬には、薄く紅葉型が付いていた。

「結局バレたの?」

「ええ、修理場へ車が行くのを見た子がいたみたいです。"ミア姐さんが無茶な運転するはずないからどうせお前だろ"って」

どうやら裏工作は失敗したようだ。

「また頬っぺた腫らして、災難ね」

私が指摘すると、トーマは片方だけ赤い頬を指差し、薄く笑った。

「車の件は囲まれて文句言われただけです。これはマリアンヌって子が制服着てたから、どうせ下着見せるならミニスカートにしてチラリとやれっつったらはたかれました」

「……自業自得ね」

呆れた。どうやらこの男は気を使わなくても逞しくやっていけそうだ。

 そこで話が区切れたので、パトロール中から気になっていたことを聞くことにした。

「ねえ、取締隊に入る前は何してたの?」

「何って……色々です」

「色々?」

「うーん、複数って意味です」

詳しく聞こうとすると、トーマは困ったように頭を掻いた。

「自動狩猟機のパーツ、パッと見ただけで分かったじゃない。しかも最新式よ? 犯人捕獲も強引だけど新人とは思えない動きだったし」

「……そうっすか?」

「あなたまさか……前科持ち?」

トーマの歯切れ悪い態度に、最悪のパターンを想像して睨み付けると、彼は慌てて手を振った。

「違いますって! それなら取締隊には採用されませんよ。ハンターだった頃に違法なパーツ売りに来る商人は腐るほどいて見慣れてただけだし、捕獲も大型害獣のやり方です。色々職業を転々としてたんです」

「へーぇ、経験豊富ってこと?」

「何回か人生やり直してんですよ」

「たかが転職で大袈裟な……」

 なるほど、ただの飽き性な兄ちゃんか。それなら一応納得はできるかな。しっかしなぁ、年上で偉そうで経験豊富な新人か。やりにくいったらありゃしない。

 「あ、違法なパーツ売りに来る商人が腐るほどいたって言ってたけど、あなたまさか買ってないでしょうね?」

「だから、そんなことしてたら取締隊に採用されてないっつってんでしょ。大体、機械に狩らせて何が楽しいんですか。獣達と実際向き合ってこそのハンターですよ。素早すぎて動きの読めない小鼠ピクシーラットに勘でネット投げて捕まえたり、猛毒の死蛇デッドスネークの首根っこ掴んで"やーい噛んでみろ"とか言っておちょくったり、水が苦手で常に泥まみれの地竜アースドラゴンを湖に突き落として指差して笑ったり……」

トーマのこだわりスイッチが入ったようで、私には全く興味のない話が続く。

 なら何でハンター辞めて取締隊に入ったんだろう。でも聞くとまた長くなりそうだからいいや。とりあえずは前科持ちじゃないみたいだし。

 「聞いてます?」

上の空がバレて、トーマは非難げに言った。

「……ごめん。地竜アースドラゴンのところで耳がシャットアウトしたわ」

「酷いっスね。とにかく、俺は自動狩猟機に手を出したことはありませんから」

「うん、そこんとこは十分伝わった……」





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