頑なな男(2)
「……無いな」
冷凍室から出てきたザベディアンは、空のビニール袋を手にそう言った。
「今朝まではあったはずなんだが。解体の瞬間を見ておきたかった」
「ごめん……」
なんで私が不服そうなザベディアンに謝らなきゃならんのだ。
その根源のトーマは全く意に介していない様子で、ずかずかと研究室へ入って行った。
「……勝手にごめん」
「全くだ。前は誘ってみたが、どうやら彼は助手向きではないようだ」
トーマの行動に再び頭を下げる私。どら息子を持った母親かっつーの。
コロッケが既に解体されたという事は、タイヤもそろそろかもしれない。走行中じゃないことを祈る。
ザベディアンに付いて、私達も研究室へ入った。捕獲された黒い物体、ベゼの状態を確認するためだ。
直射日光厳禁である第2部隊の宿舎は、ほとんどの窓が暗幕で閉ざされ薄暗い。研究室は第11部隊でいうと、猫ちゃん達が占領している大部屋部分にあたる。さっきの冷凍室は、ザベディアンが自室を改造したものだ。明るい部屋が好きな私はあまりここには近づかない。紫外線ウェルカムで年中日焼けしているレスターは、カーテンに貼られた"開放は犯罪です"と書かれてある紙を苦々しく眺めた。ドットとマックに至っては、お化け屋敷のようで怖いと言い、玄関の外で待機している。
そんな私達とは逆に、グルドー司令官はザベディアンと並んでスタスタと先を歩きながら話をしている。流石我らがボス。
「捕獲したベゼは檻か何かに入れているのか?」
「半固形なので、密閉できる方が良いと思いまして、強化ガラスの水槽に入れています」
「あらゆるものに憑依するらしいが、水槽を解体して逃げるといったことは?」
「そこまでの知恵がある物体かは不明ですが、今のところ水槽に変わった様子はありません。ただ、捕獲時に使ったのネットの紛失が相次いでいるようです」
「ここへ持ち帰るまでに何匹かネットへ憑依していたか……」
間もなくザベディアンの言う水槽が見えた。大人が一人横たわれるほどの大きさで、ガラス張りの棺みたいだ。左右それぞれの端に大きな機械が取り付けられている。
「何の機械ですか?」
一足早く来て水槽の前で腕組みをするトーマがザベディアンに尋ねた。
「これは磁気共鳴装置だ。こいつらが台の上でじっとしていないから、水槽に取り付けて丸ごとスキャンしてみた」
「へぇ、それで何か弱点は分かりましたか?」
「いや、スキャンはあくまでも映像解析するだけだ。とりあえず脳も骨も無く、核となるようなものも見当たらない」
そう言ってザベディアンは、脇にあるスクリーンに画像を数枚表示させた。
いくつも折り重なっているベゼ達をスパッと切ったようなそれは、どれもただの黒い塊にしか見えない。逃げたり襲ったりということを、一体何処で考えて動いているのか不思議に思える。
「ご覧の通り、中まで黒いということしか分からない。こいつはマルセイの鞭で二つに切断されても、ミミズのように平気で動き回っていた。痛めつけて死ぬわけでもないし、核が無ければ決定的な弱点を探しようがない」
「マジっスか……」
ザベディアンの答えにトーマはがくりと肩を落とした。きっと時間の無駄だったとか思ってるんじゃなかろうか。元々トーマはこの機械でベゼの弱点を調べる為に、面倒臭がりながらも取締隊に入ったと言っていたから。
しかし決定的な弱点ではなくても、性質くらいはちゃんと知っておきたい。このまま放置は出来ないのだし。それにトーマもベゼのことを知り尽くしているわけじゃない。新たに分かったことがあれば、そこから突破口が見えてくることもある。
「他に実験はしたの?」
聞くとザベディアンは頷いた。
「熱や刺激の強いガス、水等試してみたが、反応しようともしない。ただ、水槽の端を開けて石を投げ入れたら、何匹かは逃げ回ったが、一匹が積極的膨れて飲み込んでいった。昨日のことだからまだ解体されずにあるだろう?」
「あ、本当だ」
しゃがんでよく見ると、水槽の底の方で、レンガ程の石がベゼに埋もれそうになっていた。
「仕留めることは出来ないが、固形の物理的なことには反応して、逃げたり憑依したりするようだ」
「なるほどね。投げつけたコロッケも、轢いたタイヤも、不用意に手錠を近づけた女魔術師も、物理攻撃とみなして憑依したのかな」
「かもしれんな。マルセイの愛鞭も、前はたまたまベゼが分かれて逃げたから良かったものの、解体されたくなかったら、次からはネットを使えと言っておけ」
「ええ。でもよく石を投げようなんて思ったわね」
「ああそれはだな、あまりにも得体が知れなさ過ぎて苛々したから……」
途中で発狂しやがったな。実験対象に八つ当たりなんぞ、研究者の風上にも置けない。
ちらりと睨んだら、ザベディアンは苦々しく咳払いをして誤魔化した。
磁気共鳴装置とはMRのことです。大きな病院にあるMRI(磁気共鳴画像法)なんかが有名です。作品中ではそれをアレンジしたような機械と思ってください。




