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期待の男(7)

 少し経ってから、トーマが先に商店から出てきた。

「どうだったの?」

聞くと彼は口角を不自然に引きつらせた。ピクピクしている。

「いやー何と言うか混沌カオスって感じじゃなくて……」

言葉を濁して答えるトーマはやっぱりレスターの素顔を見に入ったようだ。嫌な奴。やけに引きつった口許が気になる。

「やっぱり髪留めを探してたんじゃなかったのね」

「いえいえ、探そうと思ったらたまたまサングラスを付け替えようとしてたんです」

「別に取りつくろわなくていいわ。ま、どうせこんなことだろうと分かってたけど。無事なようだし、混沌カオスに引き込まれるって説はデマだったんだ」

「ええまぁ。ありゃぁ混沌じゃなくてコンプレックス?」

 その時、レスターが商店のドアを開けて出てきた。

「コンプレックスではない。見た目の全体的なバランスと己の理想と周りの求める人格を踏まえたが上での気遣いだ」

そう言ったレスターは、トーマの肩をがっしり掴んだ。

 つらつらと述べているが、全て自分への気遣いじゃないか。それをコンプレックスと言わんのか。

 「分かっているな? トーマ」

「……はいはい」

「さぁ、本部へ戻ろう」

「……」

何やら二人の間で取引があったようだ。トーマもこれ以上サングラスの下に関して話す気はないようで、先頭を切って歩き出したレスターに続く。

 ドットとマックは残念そうな表情を隠さないが、人のコンプレックスを無理矢理調べるのはいけない。と言うか、レスターのコンプレックスにそこまでの興味は無い。

 私がトーマに並ぶと、彼は目の前にスッと拳を出してきた。

「なあに?」

「これ……」

よく分からないが手を出したら、そこに一つのバレッタが置かれた。

「……ちゃんと髪留めは探したんです」

「ええ? でも……」

本当に買うとは思わなかった。しかしくれる理由によっては取締隊の規律に違反することになる。

 トーマはそれを察したのか、戸惑う私を見下ろし、早口で言った。

「カシェリーさんはいつも地味な格好なんで、キャラが薄いって第1部隊の奴らに言われました。取締隊の隊長に必要なのはそんなことじゃないんですがね。ちょっとは悔しいんで、部隊を華やかにする為にも髪留めくらい女っぽくしてください。レスター隊長にも確認してもらったから大丈夫です。でも……好みじゃなかったらつけなくても良いです」

そのまま彼は随分前を行くレスターのところまで走った。

 私の手の中には、茶色いシンプルなバレッタ。小さく光る石がいくつか並んで埋め込まれている。派手過ぎず地味過ぎず、普段着飾らない私でも使いやすそうなデザインだ。

 追いついたドットとマックが覗き込む。

「カシェリー隊長に似合いそうなんだぁ」

「本当ですね。違反にはならないってレスター隊長も確認したみたいですし、つけてみてくださいよ」

 違反になる理由とは、賄賂的な下心があるものだ。隊員同士ではさほど問題にはならないのだが、隊長と隊員の間でそのような金品のやり取りがあると、取締隊の規律が乱れるからだ。違法行為の見逃しや捜査情報の流出等、公平且つ健全な取締りができなくなる恐れがある。トーマの言った理由は、それに当てはまらないということだ。

 「あなた達も、少しは私が女っぽい飾りをつけた方が良いと思う?」

"ちょっとは悔しいんで"というトーマの言葉が耳に残る。

「んだんだ」

「カリスマ性より、優しい隊長がお洒落して綺麗になる方が、僕達鼻が高いです」

「そう……」

 私は下ろしていた髪を束ね、バレッタで留めた。ヘアゴムより緩くしか留まらないから、必然的にまとめ切れていないサイドの髪が数本、頬をくすぐる。昨日まで許せなかったそれが、今は気にならない。

 ねぇトーマ。優秀な部隊の隊員から、私のキャラが薄いと言われて、悔しかったの? 恥ずかしかった? 他の部隊に行きたいとか、考えなかった?

 ただでさえ頼りない隊長なのに、男からナメられないよう片意地を張って生きてきたのに、女っぽく飾っても良いの? そしたらあなたも鼻が高いと言ってくれる?

 綺麗にしている隊長の方が好き?

 だいぶ離れてしまったトーマの背中を見ながらそこまで考えたところで、ハッと我れに返った。

 きっとこれ以上のお洒落をすることなど出来ない。可愛いものや綺麗なものは好きだけれど、自分の弾けられない性格は分かっている。だから今まで部下の猫ちゃん達を見て楽しんでいた。でも、だからこそ隊長に任命されたのかな、と感じた。

 せっかくレスターのお墨付きでトーマが買ってくれたのに、受け取った私がふわふわ浮かれていたら、賄賂と同じになってしまう。

 さっきまでの胸の高鳴りが、複雑で淡い痛みに変わった気がした。

 

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