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あれからどれくらい経ったんだろう。あの慌ただしかった毎日が終わり、ほぼ毎日彼とゆっくりできる時間が増えた。
懐かしの谷原さんとは今だに連絡を取り合う仲で、いつの間にか彼と仲良くなっていた。男の友情って不思議だなぁと思う。
ところ変わって今日、彼の実家と私の実家に挨拶に行くことになった。結局昔の分を含めても付き合ってまだ一年分も経っていない。それなのに結婚を前提…しかもこんな子供と、と捉えられてしまうんじゃないかと思うと、何だか不安になる。
彼のお姉さんにはなりゆきで会ったことがあって、『こんな可愛い妹欲しかったの!』と可愛がってくれた。こんな感じでご両親ともうまくいってくれるといいんだけど…。
「緊張してる?」
自分にも問い掛けるように彼に話し掛けた。彼は少しだけこっちを向く。
「いや、んー…少し」
「どっちよ」
彼の返答に思わず笑ってしまった。彼も軽く笑っている。
「お前どうなの?」
「私?そりゃあ緊張してるよ」
「へぇ」
「だって…すごく反対されてたんでしょ?昔…」
そう言って振り替えること数ヵ月前。昔付き合っていた頃に学生結婚させようとしていた驚愕の事実を告げられた。私としては当時結婚なんて夢のまた夢だと…若干期待してたときもあったけど、とにかく嘘みたいな話だった。
が、彼に『そっちかよ』と頭を叩かれてしまったのは言わないお約束。
彼はハンドルをきゅっと握って軽く息を吐いた。
「まあでも昔と今じゃ反応違う可能性高いし」
「そうなの?」
「だって俺もう年じゃん?」
「そんな…」
気にしすぎだ、年齢なんて。でもそれで彼がすごく悩んでたって池田さんから聞いたときは、どうして私が早くに生まれなかったのかと思った。それを悟った池田さんに『気にしすぎだって』と宥められたのもまた事実。
「気にすんなって」
そして彼も私の考えを悟ったのか、ふっと笑って髪をくしゃくしゃっと撫でた。
「だって…」
「俺別にそんな気にしてないし」
「ホント?」
「お前こんなんじゃ先が思いやられるぞ?」
「むぅ…」
彼はどう思ってるんだろう?ホントに気にしてないの?辛い思いをしたりしてないの?
結婚を約束した仲なのに、この手探りの状況がもどかしい。
「大丈夫、親父とおふくろは俺がどうにかするから」
「…はい…」
絶対大丈夫だって自分に言い聞かせるように。
車を走らせること20分足らずで彼の実家に着いた。心の準備をする間もなく、彼がすたすたと家に向かった。
「ただいま」
私の方を振り返ることなくどんどん進んで行く彼。私の挙動不振ぶりは強くなる一方だ。
「おじゃまします」
私の言葉を聞いたとたん、彼がくるっとこっちを向いた。目の前には彼の左手が差し出されている。
「あがれよ」
「え?でもご両親が…」
「いーよいーよ、行こ」
差し出された手がそのまま私の右手を捉え、半ば強引に家の中へ連れて行かれた。
彼がただいまー、と言いながら居間のドアを開けると、温厚な雰囲気のお母さまと新聞を黙々と読んでいるお父さまがいた。
「あら新一、おかえりなさい。待ってたのよ」
「この前話した彼女。紹介するよ」
「あ、香西薫と申します」
ぺこりと頭を下げた。
頭を上げるとご両親の視線が痛いほどに私に向けられ、余計に緊張してしまう。
するとお母さまがにっこりと私に笑いかけてくださった。
「まー、新一にはもったいないくらいの可愛い方ね」
彼はその言葉に苦笑いしていた。
「どういう意味だよ」
お父さまは一口お茶を飲むと、私にも笑顔を向けてくださった。
「いい嫁さんになりそうな人じゃないか」
「そんな…恐縮です」
ついいつものくせでえへへ、と笑ってしまう。
このままうまくいくかと思いきや、お父さまの質問に対する私の答えで空気が一変した。
「失礼ですが…香西さんはおいくつですか?」
「先日25歳になりました」
そして、沈黙が流れる。お母さまは口に軽く手をあてて彼の方を向いた。
「結婚を考えてる女性って…香西さん?」
「そうだよ。5年くらい前に同じ話したの覚えてる?」
ご両親がゆっくりと頷いた。
つまり、昔結婚を反対した女性、とお二人が思い出したという事。絶望的な結果しか想像できなくなって、私は俯いてぎゅっと目を閉じた。
「昔一回別れちゃったんだけど、結構前にたまたま会って、やっぱり俺はコイツじゃないと無理なんだって思ったんだ」
この声が聞こえたとき、温かい手が私を包んだ。顔を上げると彼が私を庇うように前に立っている。
体の力が抜けていくのがわかった。
その時、お父さまが眼鏡を外し、机の上で手を組んだ。




