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はぁ…、とため息を吐く。
やはりと言うか何と言うか、コール音が長く続いている。この前の話だと仕事が終わるのが俺より早い彼女は、この時間はもう家にいるはずだ。
なのに出ない。それはもしかしたら…。
次の瞬間、思いがけなく彼女が電話に出た。しかしその声は、何故だかすごく緊迫したような、震えているような、そんな色を帯びていた。
『…っ、もしもし!』
「な、何?どうしたの?」
『いえ、何でも…それよりどうしたんですか?』
その言葉のあと、艶っぽいとも言えるため息が聞こえてきた。走った直後なのだろうか。
「いや、さ…メール見…た?」
『…メール…?あぁ…見ましたよ』
「あ、そう?」
今になって『アレ池田ちゃんが勝手に書いた奴だからなかったことにして』とは言えない。
『で、そのメールがどうかしたんですか?』
「あ、えっと…」
軽く咳払いをする。今までに経験したことのないような緊張感が俺を襲う。
「近々…会えないかな?都合は薫に合わせるから」
『近々…だと…月曜、が…っ!や…!』
「薫?薫!?」
おかしい。
走った直後だとしても、いくら運動不足の彼女でももう息は落ち着いてくるはずだ。なのに息遣いが荒く、聞き覚えのある甘い声が耳に届く。
まさか…!
「薫!」
その時、彼女の高い声に変わって、男性としてはちょっと高い声が響いた。
『ご無沙汰ですね』
「お前…!アイツに何してんだ!」
『野暮なこと聞かないでくださいよ』
そう言って谷原がふっと笑った。
『ただ、戯れてるだけです。内村さんもいらっしゃいますか?』
「ふざけるな!」
俺は乱暴に携帯を切り、家を飛び出した。
彼女を助けなければ。その一心だけが俺を動かす。車を飛ばして向かうは彼女の家。そこが外れれば俺にはもうどうしたら良いかわからない。
頼む、家にいてくれ。必ず奴の手から助け出すから。
何かのヒーローみたいな心境でひたすら車を運転した。この前家に招かれておいてよかったとも思う。
家に到着した時、彼女の部屋は真っ暗だった。あわてて部屋のある階まで駆け上がる。
息を切らしながらインターホンを押し、反応がないのでドアを叩く。
「薫!薫…!」
どうして俺は彼女を守れない?その気持ちが駆け巡る。
ドアの前にへたり込んで、静かに涙を流した。




