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天使戦線  作者: 言乃葉
序の弐
12/12

12話

 間が空き過ぎました。

 原因はフロムが悪い。ブラボでフロム脳という啓蒙を得て、ACで闘争を求める体にされて……いや、言い訳にすらなっていませんね。ごめんなさい。

 これからはリハビリしつつ、投稿頻度を上げるようにします。





 都市部の賑やかな地域全般に言えることだが、秋葉原も店舗の入れ替えが激しいところだ。それでいて探せば昔の名残がある店も見つかる。全体を見ればまるで地層のような街である。伊吹六花がいるのは地層の一番浅い場所、電気街の大通りに面した店舗で紅茶を飲んでいた。

 『フィールド』から出ればそこは日本の首都・東京の中心地、さらに日曜日で天気良しともなれば人通りが多いのは当然だ。秋葉原恒例のイベント、歩行者天国になっている大通りは車道まで人が溢れそうなほどの盛況ぶりだった。

 そんな雑踏の中でも六花は目立つ容姿をしていた。膝丈のプリーツスカートにブラウス、上に羽織ったカーディガンの全てが白で統一されており、彼女の長い髪まで純白である。白い髪に囲われた顔は幼くも整っており、月並みな表現だが人形めいた美しさだ。アクセントで赤いヘアピンや黒いローファーもあるが、見る人の第一印象は『白ずくめ』。場所も秋葉原であることから、行きかう人の中には彼女を見て何かのキャラクターのコスプレかと思う者もいた。

 好奇の目を向けられている当の六花は、我関せずと通りに面したオープンカフェの席に座ってタブレット片手に紅茶を楽しんでいる。その超然とした佇まいがより彼女を神秘的なものに見せてカフェ店内にいる人々は遠巻きになってしまい、彼女の周囲はテーブル席一つ分の空白地帯になっていた。


 先も言ったように電気街の中央通りに面した店舗は入れ替わりが激しい。六花が居る店も数ヶ月前に開店したばかりの新しい店で、メイドではない比較的正統派な喫茶店になる。通りに開けた店構えと各種飲食物が売りで、今日のような歩行者天国のある日はオープンカフェも開かれる。

 六花がこの店に来たのは特別な理由があるわけではない。『フィールド』から出て、休憩しようと思ったところ目に付いたのがここだっただけである。休憩が主目的で大した期待はしていなかったが、思っていた以上に出された紅茶のレベルが高く、現在二杯目のお代わりをケーキセットで楽しんでいる最中だった。

 この店は結構当たりだとか、もう少し住んでいるところに近ければ常連になったのに、など紅茶とケーキを交互に口にしながら六花は思考をゆるく回して『フィールド』での戦闘後の余韻から気持ちを切り替えている。非日常から日常へスイッチする時の彼女なりのルーチンみたいなものだった。


 六花の目は手にしたタブレット端末に注がれている。液晶画面には『エンジェルブック』のタイムラインがあり、傍目には普通のSNSを見ているように映るだろう。

 流れる情報の奔流を六花の目は追っていく。新しい天使の参入情報、新しく出現した『フィールド』の情報、出現する界獣の情報、このSNSに参加するのは天使のみだから広告などは一切無く、表示されるのは天使達の活動に関わる情報のみだ。

 元から情報収集は欠かさない六花だったが、最近は気になる事があって『エンジェルブック』を見る頻度が上がっている。注目している記事は『フィールド』と『界獣』の二点。『フィールド』は人の集まる土地ならば世界中に出現しうる。そこに界獣が出現して天使達が退治する訳だが、その出現に偏りや異常があるかもしれないと彼女は考えていた。

 世界的には変動は無いように思える。しかし、日本に限ってみると以前よりも変わったところがあった。


「……長野から北関東一帯、かな?」


 六花の口からぽろりと出てきた地域では、ここ数ヶ月で新しく『フィールド』の出現が多く見られたり、大型の界獣の目撃、討伐情報が多く記事に上げられている。その情報頻度は最近になるほど多くなっていて、日本の天使達の注目が集まり初めてきた。中には仲間を集めてこの地域に遠征に行く計画も立ち上がる気配があった。世間はゴールデンウィークの大型連休を目前に控えており、年若い少女がほとんどの天使達も学生の身分であることが多い。大型界獣討伐の遠征をするには良い時期になっていた。

 みんな目ざといね、などと呆れ混じりで思いつつ六花もこの地域に向かう計画を考える。自分が危惧している事が起きないか確認する必要があるからだ。

 東京から出発して長野と北関東三県が目的地だ。いくつも交通手段はある。金銭も心配ない。後は身支度ぐらい。ざっくりとした計画を頭の中で描き、頭脳を回すためケーキを口に入れる。甘さ控えめのチーズケーキが六花の舌を楽しませた。


「あ、ここ空いているよ」

「よし、座ろう」

「あー……さっきは大変だったぁ。生きた心地しなかったよ」

「まあな。でもこうして全員無事なんだし、結果オーライだって」


 六花のすぐ後ろのテーブル席に誰かが座って賑やかな三人の少女の声が耳に入る。そっと後ろを見やれば覚えのある三人組の少女達がいた。

 先程までいた『フィールド』でサル型の界獣達に襲われてた天使の三人だ。六花としては『フィールド』内の掃討ついでに助け、その上『糸』を通じて一方的に見知った相手ぐらいの認識でしかなく、声をかける気は無い。それでも助けた相手の無事な姿を見て嬉しく思えて六花の口元は緩やかに微笑みの形になった。

 三人の少女達は仲間内でのお喋りに夢中のようで、自分達の座ったところが何故空席だったかは気付けていない。

 ケーキも紅茶もちょうど無くなった。席を立つには頃合だ。そう考えた六花は三人の邪魔にならないよう静かに席を離れて、会計を済ませる事とした。静かな動作でタブレット端末を手提げカバンにしまい、伝票を手に席を立とうとした彼女の耳に再び三人の声が入ってくる。


「知り合いの位階が高い人の情報なんだけど、宇都宮とかつくばで大型の界獣が多く出現しているって。BP稼ぐなら今度のゴールデンウィーク、じゃ近すぎるから夏休み辺りにどうかな?」

「小型のサルにひいひい言っているのよ私達。死んじゃうよ」

「夏休みまでに時間はあるし、それまでに力をつけてって思ってさ。小旅行兼ねたBP稼ぎ、下手なバイトよりもずっと良いじゃない」

「確かにお金が欲しい時期だよね。ちょうど水着欲しいのとかあるし、あたしは賛成」

「ちょっと、普通のバイトとは違うんだから慎重にならないと」


 こんな新米天使達にも話題は来ているようだ。これは早急に事態を確認しておかないと。六花は決心を新たに席を立った。目立つ容貌の少女が動きだし、周囲の視線が集まる。少女は集まる視線をものともせず、超然とした雰囲気を纏って会計を済ませ秋葉原の雑踏へと消えていく。

 三人の新米天使達は幸か不幸か最後まで六花に気付くことはなかった。六花の姿に目を奪われていた人達は白昼夢を見た気分を味わい、結局は自分の人生とは関わりの無いものと忘れていく。当然、世界の裏側で起きている出来事など知りようもない。

 春が過ぎ、気温が上がって暑ささえ感じる陽気。平和な国の平和な街の時間はこうして流れていった。



 □



 今日も今日とてせっせとBP稼ぎ。住環境や職が変わっても日常はとかく散文的だ。派遣社員として工場でライン工をやっていた日常が、天使として界獣をサーチ&デストロイする日常に変わったとしてもだ。

 人は慣れる生き物といわれている。当初に感じていたスリル、恐怖、喜び、などといった感情の大波も回数を重ねれば収まっていく。今の僕の感覚は工場のライン作業ほどではないが、有名狩りゲームで天鱗目指して周回しているような気持ちだ。ある程度の危機感は持っていても繰り返す手順に作業めいた気分を味わうようになっている。

 僕の戦闘スタイルが罠と銃火器を使って距離を取るのも作業感を覚える要因だ。罠にはめ、爆発物と銃器を使って相手の間合いに入る事なく一方的に仕留めるやり方は戦闘というよりは狩りである。この辺りも狩りゲームを思い起こす部分だ。

 これは不満があるという話ではない。今の生活には満足している。時間は自由裁量だし、派遣社員をやっていた時では考えられないほど余裕のある収入、住居も中古マンションながら前の住まいより広く住みやすい。質を求めて上を見るとキリが無いと弁えているから、これで不満などありえない。――あるのは漠然とした、もしくはハッキリとした不安だ。

 当たる時は大きいが安定しない収入、自分の戦法がどこまで通用するか戦い方の話、そもそも『Angel War』そのものに対する疑念、不安の種を探していけば他にもきっとあるだろう。それらに対して僕は出来る事をやって対処したり、気を紛らわせたりするしかない。今日のBP稼ぎはその不安に対処する意味もある。具体的には自分の戦法の幅を広げようと思っている。


 この日やって来た『フィールド』は結城との一件があった河川敷の自然公園だ。近場で大型の界獣が現れそうな広い『フィールド』がここを選んだ理由だけど、先日の戦闘で破損した樹木や地面は綺麗さっぱりに元通りになっており、誰かが死んだ痕跡も無くなっていた。

 結城花蓮は死体も残さずこの世から消滅している。彼女はこの周辺地域に住んでいたようだったが、それなりに時間の経った現在でも騒ぎになっている様子は無い。たぶん、永遠に行方不明扱いなのだろう。裏の『エンジェルブック』の情報では天使の最期としてこういうケースは一般的な範疇とされている。界獣、あるいは天使同士の戦闘で命を落とすのは珍しくなく、また死体は跡形も無く消えるから世間に知られる事もない。文字通り死して屍拾うものなしだ。

 強くなくては生きていけない。なら、強くなるしかない。そんな考えもあって僕はここに来ている。

 天使体に変身して『フィールド』に足を踏み入れ、すぐに僕は周囲の異常に気が付く。『フィールド』が広くなっていた。

 『フィールド』は表の世界の一部分を切り取ったような戦闘空間であり、その果ては空の色と同色の壁となっている。高さにも制限はあるらしく、『フィールド』の全体像は立方体の空間らしい。この世界に無数に存在し大小様々なサイズがあって、世界のどこかで日々生まれては消えているというのが『エンジェルブック』から仕入れた情報だ。イメージとしては炭酸飲料の泡、これが頭に浮かんだ。世界の裏側に『フィールド』という泡が生まれて、小さな泡は消滅しやすく大きな泡は残りやすい。そして何かを要因にして大きくなったり、小さくなったりして変化していくそうだ。

 それで、ここの『フィールド』が広くなった原因だが、心当たりは無い。まさか天使一人死んだ事が原因ではないと思う。その程度でこれ位のサイズの『フィールド』に大きな影響は出ないのは『エンジェルブック』を読み漁って得た知見だ。なので原因不明の理由で広くなった『フィールド』に僕はいつも以上の警戒心で臨んだ。

 以前までなら河川敷の自然公園までが『フィールド』だったところ、今は外縁部の駐車場、そこに隣接した住宅地の一画が範囲に入っていた。『フィールド』内部の地形は表の世界のもので、拡張したとしても表の世界をなぞるものであるらしい。そして形だけをなぞって、中には界獣と天使以外動くものの気配はほとんど存在しない。音、匂い、普段の生活で感じるそれら全部が希薄な世界が『フィールド』だ。

 普通の感性なら気味が悪くなると思う。しかし、僕としてはこの静か過ぎるくらいに静かな場所が割と好ましい。公園の草地を踏んで川岸の方向へ歩く。不思議と土や草の匂いはしない。耳の奥で血が流れるキーンとした音が大きく聞こえる。――ああ、何度『フィールド』に来てもこの静けさは良い。

 川岸に着いて慎重に川の水面をうかがってみる。この『フィールド』での数少ない音である水音に混じって、別の音が聞こえないか耳に神経を集中させた。――水をかき分けるような音が聞こえてくる。この音を僕は知っている。


「ワニ、か。まだいるのか」


 大型が出没するのを期待してここに来たくせに、あっさりと出現して水面から浮上してくるアーマーアリゲーターの姿に僕は戸惑いを覚えた。大物を倒した後なのだから何時間か粘るか、場所を変える必要があるかと考えていたところだったのだ。

 大型の界獣は遭遇する頻度が低い方で、頻繁に出没するのは強力な界獣に引き寄せられているから、というのは結城の遺したアドバイスの一つだった。その強力な界獣であるクイックシルバーも先日倒したのだが、まだこうして大型の界獣が現れる。

 まだ何かあるのだろうか? それとも引き寄せられたままこの場に残った手合いだろうか? 『フィールド』に入ってそれほど間を置かず現れた大型界獣にそんな事を考えてしまう。ただ、その思考もアーマーアリゲーターが川岸に足を踏み入れるまでだ。重装甲の重々しい足取りで川辺の地面を踏みしめて向かう先にいるのは僕。生物的な雰囲気は皆無なのに狙ってくる意図は分かるのは不思議に思う。そんな意図を感じ取った僕は意識を切り替えて、余計な思考を止めて戦いに臨んだ。


 敵はワニことアーマーアリゲーター。周囲に他の界獣は見当たらないが、『フィールド』では何時界獣が出現しておかしくはないから警戒はしておく。ワニの数は2頭。片方はすでに川から上陸して、もう片方はまだ水中にいる。相手との距離は目算で20m、僕にとってはそれなりに近い距離での遭遇だ。

 今回試したい事は出来れば一対一でやりたいので、機先を制して1頭を手早く倒すか、足止めしておきたい。僕の手は素早く腰のホルダーに伸びて手榴弾を掴んだ。有効な手は打てる内に打っておきたい。

 安全ピンを抜いて少し力を入れ、川の中にいるワニめがけて手榴弾を投げつける。数秒で爆発、大きな水柱を上げた。ワニは水面から顔を出して苦しげに暴れる。仕留めることは出来なかったけど、動きを鈍らせるのは成功したようだ。

 爆発で舞い上がった水しぶきが周囲に降りかかる中で、川岸に上がっていたワニが動き出す。目標は変わらず僕。相方が動けないので、僕が目論んだ通りに一対一のシチュエーションだ。


 手を再び腰へ伸ばす。手榴弾のホルダーとは別、背中側に吊るした物の柄を握って抜き出した。これまでそこにはサブウェポンになったスコーピオンが納まっていたけど、今はもっとシンプルな凶器が吊るされている。

 長さ40cm程の肉厚な刃物。「く」の字に湾曲しており、内反りに刃がついているのが特徴的だ。ククリと呼ばれる民族的な刃物になり、本場のネパールでは日常的な山刀として使われるのと同時に戦闘用にも使われている。昔の戦争で有名になっており、サブカルチャーでも取り上げられることがある。

 軽く振ると先端に重心があって、力を入れずに振り回せるようになっていると理解できる。銃よりもずっと単純で分かりやすい得物が今回の僕の武器だ。

 こうしている間もアーマーアリゲーターは四肢を動かしてのっしのっしと近付いて来る。一見動きが遅いように見えるけど、巨体であるため一歩の移動距離が大きく後数秒で至近距離だ。車両サイズの界獣を相手にククリ一本では頼りなく思える。蟷螂の斧といった感じだけど、僕は上手くいくと確信があった。


 ぐぱぁ、と勢いよく広げられるワニの口。一つ一つがナイフサイズの歯が並び、それが迫ってくる様は界獣との戦いに慣れていないと足がすくむ光景だ。

 僕もいつもは遠距離攻撃がメインだから、止めを刺す時以外でここまで近づく機会はそうない。それでも場数は踏んでいるので、体はすくむ事無く思ったように動いてくれる。

 体を急速に方向転換、ワニの口の範囲から逃れて横へと大きくスライドさせる。近距離戦の経験は浅いので大げさな位に避けた。避けて秒もかからずワニの口が体の横1m未満のところで閉じる。巨大な物体が動いた風圧が吹きつけ、髪が乱れて顔にサイドテールにした部分が盛大に暴れた。

 新感覚のスリルで僕の背筋にゾワリとした感触が走る。結城もこんな感触を味わっていたのだろうな、などと余分な思考が頭に浮かぶ。

 頭に余分な思考が浮かんでいても、体は予めこう動くと決めているから迷い無く行動してくれる。手に持ったククリを跳ね上げてワニの頭めがけて切り上げた。

 生半な銃弾が通用しないアーマーアリゲーターの装甲に刃物なんて普通は効かない。でも、例外は既に存在していてソレは僕の手にある。

 切り上げたククリの斬撃は刃渡りを無視してワニの長い口吻が切り落とす。口吻だけでもそれなりの重さなのか、重い音をたてて地面に落下。


「あちゃぁ、首狙ったけど上手くいかないな……」


 結城のように華麗な演舞じみた動きは出来ないと始めから分かっていた。それでも狙い通りにいかないのは気分が盛り下がる。

 口吻を切り落とされたワニは痛みを感じているのか分からないが、体の欠損を受けて僕から遠ざかろうとする。もちろんこの程度は織り込み済みで、僕はワニが下がった分を踏み込んで切り上げたククリを切り下ろした。狙いは今度こそ首。

 ストンっと気持ちよくなるくらい綺麗にワニの首が落ちる。装甲の硬さも、身の厚さも関係なく、斬るのに必要な刃渡りも、力も一切不要。これが結城花蓮の固有スキル『絶対切断』の能力になる。


「こう簡単にスパスパ斬れるんだから、さぞ気持ちよかったんだろうな」


 首が落ちて動かなくなるワニの様子を見て、今はいない結城の事を思う。これは罪の意識とか悔恨とかではない。こんなに有用なスキルを与えてくれた感謝の気持ちだ。

 結論を先に言うと、僕の固有スキルは他の天使の固有スキルを奪うものだった。その条件は他の天使を自らの手で殺害すること。天使喰い前提の固有スキルであった。スキル名は『術理捕喰』と表示されている。

 このスキルのイメージは回転式銃器(リボルバー)が適切だろう。スキルを弾薬に見立ててレンコン状のシリンダーに装填する。ストックできるスキル(弾薬)は6発で、一度に複数のスキルは使えない。別のスキルを使いたければシリンダーを回して切り替える必要がある。今は結城から奪った『絶対切断』一つだけだが、ワニを相手する分には好相性だ。僕の確信は早くも現実になった。

 結城が語ったようにこの固有スキルはアーマーアリゲーターとの相性が強烈だ。彼女のようにカモ扱いには出来ないけど、苦戦することなく楽に仕留められる。結城はこのスキルをサーベルで使っていたけど、刃物なら何でも『絶対切断』は使えるらしく、僕がショップから購入したククリでもこうしてスキルは使える。

 1匹目の処理が終われば後は簡単。爆発を受けて動きの鈍った2匹目を倒すのに労力はかからない。1分と経たずに2匹目のワニの体も輪切りに出来てしまう。『絶対切断』は本当に気持ち良く界獣が切れてしまうスキルだった。


 ワニを始末して『Angel War』のサーチ機能を駆使して周辺を索敵する。反応は……無し。界獣も天使も周囲には居ないようだ。いつ界獣が出現するか分からないが、それでも束の間この『フィールド』は僕だけの空間になった。ささやかな企みをするにはもってこいのシチュエーションだ。

 まずはワニの死骸に近付く。界獣は死ぬと――生き物であるか怪しいので活動停止と言う方が適当かもしれない――体が塵になって分解され、周囲の空間に散っていく。少なくとも僕が見た限りはそう見えるし、『エンジェルブック』において他の天使たちも同じ様に見えているようだ。そしてこの『エンジェルブック』の記事に気になるものがあった。

 記事の内容を検証すること、僕の固有スキルの実戦での検証、この二つが今日ここに来た目的だ。スキルの検証はやったので、残った方に取り掛かる。

 今日は『フィールド』に入る時に荷物をリュックに入れて持ち込んでいた。ワニと戦っている時もリュックを背負ったままだったので、少し中身が心配になる。果たして取り出された密封容器は、傷一つ無く無事だった。念を入れて新聞紙で包んだのが効いたかもしれない。


 容器はゴムのパッキンが付いた蓋で密封するタイプで、ホームセンターなどで売られている何の変哲もないガラス容器である。大きさは手のひらに納まるサイズで、形はご飯のお供のザーサイやのりに使われている容器が近い。

 この小さなガラス容器を10個リュックから取り出して蓋を開けてからワニの死骸の傍に置いていく。いつ分解が始まって塵になってもおかしくないので大急ぎだ。

 最後の1個を置いた直後にワニの死骸の分解は始まった。死骸から細かな塵が煙のように流れ出て、すぐに焚き火の煙みたく塵が周囲に大量放出されていく。ワニの体が大きいこともあって塵になる量もまた多い。先日結城にやったような煙幕代わりに出来るほどの塵が周囲に立ちこめた。

 立ちこめた塵も10秒ほどで晴れていき、大気に溶けていくように消えていく。ワニは死骸を残す事なく消滅、しかしその傍に置いたガラス容器にはワニの名残のように塵が残っていた。

 近付いて容器の蓋を閉めてしっかり密封する。こうすれば塵は消えないと『エンジェルブック』にはあった。他の容器も中身が消えない内に手早く蓋を閉めていって、ほどなく用意した10個の容器全てに塵を詰め終えた。

 容器を持ち上げて目の高さで軽く振ってみる。ガラス容器の中で黒に近い濃い紫色の砂状の物質が揺れていた。これが界獣が消えるときに出てくる塵だ。どうやら上手く採取が出来たようだ。無意識の内に口元が緩む。

 これが新しい儲けのタネになるかもしれない。そう考えると気分が盛り上がるものだ。僕はワクワクする内心を抑えてガラス容器を割らないよう慎重にリュックに入れるのだった。




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