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十五話 狩人は眠らない

 若干姿勢を崩しながらも、紅ずきんと猟師両名は着地する事に成功する。猟師は全力を使い果たして疲労困憊、紅ずきんは右腕の肘から先を欠損した状態。その状態で、夜なる獣と対抗するのは難しいといえる。


 だが、二人はいたって当たり前の様にひとしきり笑い合うとお互いに武器を構えた。どちらも満身創痍ながら、闘志が決して消える事は無いようである。


 それは、二人の間で取り決めた協定でもあった。


「猟師。……覚えてるか。初めてタッグを組んだ日の事をよ」

「何だ、唐突に。……覚えてるさ。忘れるものか」


 ――獣を殺し続ける。その点でだけ、いかなる時も裏切らず、助け合おう。互いに息が残っている限り、立ち向かい続けよう。


 それが、血塗れの新人狩人二人が、初めて交わした協定だった。その誓いは、今も続いている。だからこそ立ち上がる。立ち向かえる。それは、二人だけではない。


 ふらり、ふらりと次々に狩人達が立ち上がる。休憩は終わりだとでも言うかのように、各々の武器を構えて、臨戦態勢だ。彼らには、彼らなりの戦う理由がある。


 硝煙纏いし女狩人は、友の無念を晴らす為に。


 軽業の妙技をもった異国の狩人は世の、そして人の為に。


 弓射る異端の孤高の狩人は、安息の夜を取り戻す為に。


 歪んだ体と強き力を持つ異形の狩人は、己の身を立て、普通の人の様に過ごす為に。


 各々に目的があり、狩人を志したのだ。それらの決意が、高々恐ろしき獣の一匹や二匹で衰える事は無い。彼らは、常に平気な様に見えて、心の底は大なり小なり狂っているのだ。


 万全な状態の者など一人も居ない。しかし、それでも、六人の狩人は立ち上がって、紅ずきんと猟師の方へ歩いて近づいた。


「……狩るぞ」


 紅ずきんがそういうと、全員がそれぞれに返事をした。ソリッテは、返事の代わりに、自らに祈りの雫を打ち込む事で答えた。全身のこまごまとした怪我が消え、血も再び作り出されたのか、ソリッテの青白かった顔は元通りになっている。


 シャンダンテとサワタリは、お互いに支えあいながら、闘志を瞳に滾らせている。相性という面において、その二人に適う者は居ない。二人で一人。互いが居るからこそ、彼らは"夜狩り"に名を連ねているのだ。


 シャナルは、弓の調子を確かめている。銀に光っていた弓は、光線が何度か掠った為、薄く焦げ付いている。だが、弓のしなりに影響ないようで、小さく頷いた。彼にとっての、安息の夜を、静寂の夜を取り戻す為に、彼は再び弓を引く。


 紅ずきんは右腕を失った影響で、体のバランスに違和感を覚えるようであったが、すぐに何時もの様にピンと背を伸ばして剣を構えた。すると、横合いからもう片方の"福音"が猟師によって差し出される


 福音の刃は二本で一対の刃だ。分離、合体を使い分ける事で双剣としても、片手剣としても扱える武器である。少女は、片手だけで器用に福音を合体させると、軽く振るった。若干重くはなったが、威力はまとめた方が高い。それに加え、擬似的な両刃となるので、斬り返しが可能である事も大きい。


 胃をズタズタに引き裂かれ、あまつさえ腹を食い破られた獣が、とうとう硬直から解けた。腹の傷を回復し終えて、その眼光を再び集った六人の狩人に当てた。夜なる獣は黒く、辺りは紅ずきんでも見えない部分があるほど暗かったが、目だけは光を放っているかのように白かった。


 誰とも無く彼らはバラバラの方向跳んで分散した。瞬間、紅ずきんが居た場所へと、黒き腕が叩きつけられる。豪速、強力を伴って振り切られた腕が、石畳が砕け散る。怒りに任せて振られたそれは、しかし紅ずきんを捉える事はなかった。かすかに残像を残して、紅ずきんが横に跳んでいたからだ。


 迅速なるままに、紅ずきんは再び跳躍した。今度は、逆に振り下ろされた腕に飛び乗る形だ。着地時の速度を利用して、獣の腕に刃を突き刺す。


 福音の刃を握り締めたままに、紅ずきんは獣の腕を走る。大きさからすればかすり傷に過ぎないものの、確かな傷だ。高速で動く紅ずきんに応える様に、刃は鋭さを増して、獣の腕を肩辺りまで駆け上った。


 そして、獣が振り落とそうと体を振るよりも早く、跳躍。真紅の影が月明かりに照らされて浮き出る。


 空中に舞い上がった彼女の体を、獣が殴ろうと腕を振りかざしたが、それは適わなかった。別方向から跳んできたサワタリが、黒き獣の片目を刃で貫いたからだ。血の滴る刀は、明らかに血を浴びて力を増しているように見えた。


 痛みは感じずとも、片方の視界を失った獣は、紅ずきんを見失って振りかざした手の行き所を失う。


 だが、獣とてただやられるのみではない。その恐るべき反応速度でもって、サワタリを殴りつけたのだ。あっけなく骨が折れる音がして、サワタリが付近の屋根に叩きつけられた。


 その一瞬の攻防のうちに、紅ずきんは再び地面へと舞いもどることが出来た。サワタリはボロボロになった体で、勢いのままに転がって獣が居る方とは反対側に落下した。


 仕留め損ねたと分かったものの、まずは自分を散々傷つけてくれた紅ずきんだろう。獣は少女へ向き直ると、グッと顎を引いた。空気が歪む様な感覚とともに、獣が噛みあわせた牙の間から奇妙な光がチロチロと漏れた。


 直感的に、何かを"撃つ"のだと分かった紅ずきんは、その直感のままに真横に飛び出した。それと同時、背後から凄まじい爆音が鳴り響き、凄まじい衝撃が走った。軽い少女の体は簡単に吹きとばされたが、空中で体を捻った彼女によって直接のダメージは無かった。


 捻りを利用してそのまま振り返った紅ずきんは、自分が先ほどまで立っていた石畳が消失している事を知り、戦慄した。


 ドロドロに融解してしまっているのだ。ただの炎ではこうはならない。余波を受けるだけでひとたまりも無い事は目に見えていた。


 紅ずきんが避けたのを見て、獣は不快気に唸った。地の底から鳴り出したかのような極低い音域の唸り声だ。紅ずきんでさえ、一瞬背筋が怖気だつ程のものであった。


 一息に腕に雷を纏った獣を見て、しかし紅ずきんは尚笑っていた。猟師から短く伝えられた情報に、腕からの放電は滅多に乱発してこない事から、大きく体力やエネルギーを消耗する、もしくはそう頻繁に放てないのだろうと紅ずきんは知っていたからだ。


 紅ずきんに向かって、それを発動するということは、少女を警戒対象としてみているという事だ。


 ――つまり、注意は自分に向いているという事。


 雷光を伴い、高速で横薙ぎの形で振り回される獣の腕を見ながら、紅ずきんは笑って見せた。どこか歪で、不快で、どこまでも不敵なその笑みを、浮かべて見せた。


 そして、獣の腕と地面の間に紅ずきんは滑り込んだ。高圧の電流が、空気を伝って紅ずきんの肌を布越しに打つ。


 腕が真上を通り過ぎた瞬間、少女は屋根へ向かって飛翔する。音もなく着地して見せた彼女を、獣の目がギロリと追い掛けた。


 やはり。紅ずきんは確信と共に、獣の周囲を回るような形で走り出す。片手が無い為、時折バランスを崩しはするものの、その速度は衰えない。


 自分の視界外に移動しようとする憎き狩人を視界に捕らえんと、獣もゆっくりと旋回する。赤ずきんは、初期位置と真反対まで移動すると、急停止した。獣が完全に振り返るまで、数秒とかからなかった。


「お前さん、何か勘違いをしてるぜ?」


 そういって紅ずきんは、不敵な笑みをより一層濃くして、あざけるかの様な視線を獣へと浴びせた。


 そして、獣が腕を振りかぶろうとするより先に、獣の後頭部に徹甲弾が命中し、その傷跡を砲弾が抉り取り、銀の鏃が傷跡に深々と突き刺さった。予想外のダメージに、獣は頭部の回復を急ぎながら、銃弾が飛んで来た方向へぐるりと体を向ける。


 すると今度は、紅ずきんが頭に取り付いて、全力で傷跡を抉り取る。全身の各所に仕込んだ刃を活用したその斬撃は、一撃にして四つの傷を残して見せた。


 そう、彼女が言うとおり、獣は勘違いをしていた。獣は人と戦っているという認識であったが、実際は違う。獣は今、全身全霊を発揮している"狩人"と戦っているのだ。それを知らぬ夜なる獣は、得体の知れない恐怖と痛みに襲われて咆哮をあげた。


 誰とも無く、歌が響く。


 眠らぬ狩人の唄が。

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