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十話 硝煙漂わせて

「いやはやしかし、まさか薬で体臭を消してるとはね。賢い獣だよ、まったく」


 シャンダンテはそう呟いて、紅ずきんの持っていた祈りの雫を奪い取った。恨めしげに見つめる紅ずきんを無視して、シャンダンテはふわりと舞い降りる。


 腕を再生し終えたらしい静謐なる獣が、新たに現れた敵へと目を向けた。獣の目には、金色の長い髪を湛えるその影は、ひどくか細い様に見える。


 だが、聖人食らいは、紅ずきんに付けられた傷を忘れていなかった。


 今は再生してこそいるが、全身に付けられた無数の傷を刻みこんだのは、屈強な男達ではない。最も小さく、細く、弱いように見える紅ずきんだった。狩人は見た目によらず、どれも警戒すべき相手であることを獣は学んでいた。


 シャンダンテが腰を低くしたと同時、獣が一息に駆け出した。何かされる前に、仕留めてしまう気だなのだ。その腕の一振りが当たれば、シャンダンテの死は明らかだ。


 しかし、爪を振りかぶった獣は、大きくはじかれる事となる。その手に放たれた無数の礫が、獣の手を撃ち抜いたのだ。


 その礫は、無論シャンダンテの放ったものである。獣を牽制する事に特化した散弾銃だ。


「――おかげで、弟子の成長した姿が見れなかったではないか、なぁ?」


 飄々としていって見せた女狩人の顔には、三日月の如き笑みが浮かべられていた。


 それは余裕の笑みであり、そして怒りをも帯びた笑みであった。


 聖人食らいは、弾丸に弾かれて傷付いた手を無視して、再生し終わった後の手を振り回した。それはシャンダンテをとらえる、かに思われた。


 しかし、接触する寸前、シャンダンテは猫の様な動きでそれをかわして見せた。避け切れなかったらしい髪の毛の何本かが切れて宙を舞ったが、それだけだった。


 空中で体を捻ったシャンダンテが、左手に持った銃を発砲した。銃声が尾を引き、獣の体に無骨な弾丸がめり込んだ。肩に命中したのだ。


 弾丸そのものが獣にとっては小さいため、大したことダメージにこそならないものの、一瞬獣の注意を引くだけのことはあった。


 その瞬間に着地したシャンダンテが、散弾銃を捨てて背中から一本の銃を取り出した。ごつごつと角張ったデザインの、短銃よりもとてつもなく長いそれ。シャンダンテの背丈ほど大きい、俗に"神意砲(メギド)"と呼ばれるそれは、貫通力に長けた――長銃(ライフル)だ。


 ガァン、と鐘に似た音がして、神意砲の撃鉄が内部の薬莢を叩いた。高速で打ち出された弾丸が寸分の狂いなく獣の足首を打ち抜き、転倒させた。


 厚さ二十ミリの鉄板をも撃ち抜くその衝撃は、無論彼女の身にも帰ってくる。シャンダンテは、神意砲を撃ち放った後、反動で一メートルほど踏ん張りながら下がる必要がある。その間、彼女は完全に無防備で、追撃は放てない。


 しかし、獣は体勢を立て直せなかった。再生して起き上がろうとした瞬間に、飛び出してきた影が獣の足首を切断したからだ。


「シャンダンテ殿。貴女は、少し早すぎる」

「おや、サワタリが神経質なだけではないか? 一々獣を切り捨てる必要もないというのに、律儀に狩っているから遅くなるのだよ」


 その影は男ながらに細く、どこかひょろりとした印象を与える。髪はややボサついており、髭も十分な剃りが出来ているとは言いがたい。纏めた髪も適当な様子で、不精な雰囲気を漂わせるいでたちだ。しかし目だけは黒く澄んでいた。


 手には反りのある片刃を持ち、異国の装束に身を包んでいる。


 彼こそが銃持たぬ狩人……サワタリであった。


「そうは言っても、全て等しく、人に仇なす獣よ」


 サワタリはそういい、剣に付いた血を振り払いながら、起き上がりざまの獣の拳を蹴って跳んだ。と同時、その拳にすら傷をつけている。紅ずきんと同等の機敏さ、そしてそれより上等な筋力でもって、獣の腕を切り刻んでいるのだ。


 獣が一旦距離を置く為に足を再生させようとした瞬間、弾丸が耳を貫く。神意砲を捨てたシャンダンテによる銃撃だ。痛みに阻害され、動きを止めた瞬間に、サワタリが再び飛び掛かる。鬱陶しげに振り払おうとした腕すらも切り付けられ、聖人食らいの獣はなす術もない。


 最強の狩人達。"夜狩り"と呼ばれる七人の狩人のうちの二人、サワタリとシャンダンテは旧知の仲だ。数年前から知り合い、話し、そして共に戦ってきた戦友でもある。


 互いにどのタイミングで何を望んでいるのか、大抵わかる程には、長い時間を共に戦ってきた仲である。その連携力は夜狩りの中でもトップクラスであり、大して成熟しても居ない聖人食らいの獣では相手にもならないらしかった。


「まぁ、獣としては強いが、聖人食らいとしては雑魚もいい所だな。火も吐かない、そう機敏でもない、雷を纏ったりもしない」


 シャンダンテがそういうと同時、散弾銃が放たれる。サワタリの攻撃を無視して立ち上がろうとしていた片腕を、散弾が射止めて止める。その手を縫い合わすかのようにして刀が突き立てられ、獣はまたしても地面に沈む。


 見事な連携技で敵を伏せたまま削っていく手腕だけではなく、二人の力量も相当なものだ。流石に、長年を狩人として生きてきただけはある。


 見る見る内に再生が追いつかない程に傷付いた静謐の獣は、咆哮と共に凄まじい勢いで再生してゆく。サワタリの攻撃や銃弾を無視して、全力を掛けて再生してしまうつもりらしかった。


 無論、獣とてただではすまない。ただでさえ自然界の法則を無視した回復力を発揮しているというのに、それに上乗せするように無理やりな回復をするのだ。獣の再生力の根幹は、既にボロボロだ。そもそも、短時間に連続で再生する事を考えていないものだからである。


 だが、四の五の言っている場合ではなかった。今の状況をかんがみれば、ここでなぶり殺されるか、再生力をしばらくの間失うかの二択であるから、獣は迷いなく後者を選んだのである。


 全ての攻撃を無視して、静謐の獣は再生したばかりの足で高く高く跳躍した。衝撃で一瞬、地面が揺れる。


 その巨体では到底できないはずの跳躍力を見せ付けて、獣は屋根の上に着地した。丁度、紅ずきんのいる屋根の対角線側の屋根の上であった。


 遅れて、猟師とソリッテがきた。状況をおおむね把握した猟師が鉈を鞭へと変化させて振りかぶった。狙いは外れたものの、片足をぎっちりと掴んだ鞭が、獣の位置を固定した。


 しかし、その瞬間、猟師の巨体が凄まじい勢いで引っ張られ始める。獣が鞭を掴んで引っ張っているのだ。いくら未成熟とはいえ、聖人食らいの筋力はただの獣とは訳が違う。


「おい馬鹿! 鞭を離せ! そのまま壁に叩きつけられちまうぞ!?」


 紅ずきんが叫ぶ。それだけではない。下手に獣が知恵を出して、屋根の上に引きずり出されたら、猟師には対応できないだろう。あれは、一対一で立ち向かっていい相手ではないのだ。


 だが、猟師は決してその手を離そうとしない。全力で足を突っ張り、その場に踏み止まろうとする。


 手を離せば、獣は逃げるだろう。無傷の状態で、全力の逃走が行われることになる。そうなれば、どれだけ早くとも人の身に過ぎない紅ずきんやシャンダンテでは間に合わないのは確かである。それが、なんとなく猟師にも分かっていたのである。


 あわててソリッテが猟師へと駆け寄り、全力でその体を引っ張った。引きずられる速度が下がった。しかしそのままでは、いずれ壁に叩きつけられることは変わりない。


 雫を打つ事も出来ず、焦る紅ずきんの耳に、不意に音が聞こえた。きしむような音だった。


 それは、一瞬にして紅ずきんの脳裏を駆け巡り、一つのひらめきを与える。

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