第六話 異変
八重樫さんと別れた後、オレは講習に向かわず、セミナー会場を後にした。
それには理由がある。八重樫さんと話し始めてから二十分ほど経った頃、妙な視線を感じたのだ。敵意や悪意の類が含まれた嫌な視線である。
オレはその視線を掻い潜るように、人通りの多い道を歩き、ショッピングモールの中に入っていく。
「八重樫さん関連か?」
オレはさっきまで一緒にいた女性を思い浮かべる。
彼女は確かに普通の感じではなかった。店員に簡単に話をつけて店に入れたし、オーラも常人のそれとは違っていた。
だが、ここまで早く物騒な輩に絡まれるほどの要因を作る人間とも思えない。とはいえ、要因が八重樫さん以外にあるとも思えない。
オレは人ごみに紛れ、追手をまこうとしたが、相手は只者ではないのか、しっかりとオレの位置を把握してくる。
(こりゃ無理だな。どう考えても、逃げ切れなさそうだ)
ショッピングモールで逃げることを諦め、オレは人通りのない場所へと、二人を誘い込む。
逃げることで把握できたことは二つ。追手が二人だということ。そして、ちらりと見た感じでは、体格からして軍人の類である可能性が高いということだ。
「止まれ」
剣呑な雰囲気をした黒髪でゴツイ男が二人、オレを睨みつけてくる。その視線には油断など皆無で、たかが学生を相手にするような雰囲気ではなかった。
「佐藤彰一だな。我々と一緒に来てもらう」
前に出てきた一人の男の有無を言わさぬ口調に、オレは溜息をぐっと抑える。
何なんだ、一体。オレは今日はついてないのか。
「分かった。だが、こちらの質問にも答えてもらう」
「それは無理だ。貴様には、現在、何の権限もない」
いやいやいや。おかしいだろ。何の権限もないって、ここは本当に日本か?
「そうか、ならオレはお前たちに用などないなっ」
オレは全速力で逃げる。路地の反対側を駆け抜け、一直線に人通りの多い場所へと向かう。
「・・・」
が、オレが逃げた手前には、一人の巨漢が立っていた。おまけに拳銃を構えている。
「止まれ。さもなくば、撃つ」
短い言葉だが、その言葉には無機質な殺意が乗っていた。
(銃弾ぐらい一発程度は何とかなるが・・・)
後ろには既に二人の男がおり、三人全員を殺さずに無力化することは不可能に近い。
全員それなりの腕利きだ。動きに無駄もほとんどなく、正面の男は拳銃を構えていても、息一つ乱していない。慣れている証拠だ。後ろの二人も、オレが逃げても特に焦ってはいなかったし、常に警戒心を持ってオレに接していた。尾行中も敵意や悪意以外はそこまで悪くなかったし、距離の取り方からして格闘の練度も高いだろう。
「わかったよ。降参だ。どこへなりとも、連れてけよ」
オレはそう言って、両手を軽く上げ、降参の意思を伝えるのであった。
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