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第三話 モンスターとの邂逅

 


 ダンジョンに潜ったオレ達は洞窟の奥地へと足を踏み入れていた。


 入った途端に光源は大幅に減り、光と闇の織りなす幻想的な世界は鳴りを潜め、今のオレ達の視界には冷たい闇が広がっていた。


「ヘッドライトを付けるぞ」


 暗闇は基本的にモンスターの領域である。


 事前に調べた情報によれば、この第八十二・ダンジョンの低階層にいるモンスターは闇に潜むことを好む傾向があるそうだ。だが、全てのモンスターが暗闇のある場所にいるわけではないため、事前にしっかりとした情報収集をしなくてはならない。幸い、日本ダンジョン協会がある程度の情報を無料で公開している為、オレ達のような初心者でも低階層でモンスターにやられることは少ない。


「それにしても、急に暗くなったよな」


 高志の少し怯えの入った声に頷く。


「ああ、モンスターが登場する前振りなのかもな」


 ダンジョンは良く分かっていないことが未だに多い。発生の原因や、その意味、原理など不明なことが多すぎる。まさに宇宙のような存在だ。初心者のいるような場所であれば、危険は少ないが、これから更に上を目指すとなると危険は増していく。


(それでもダンジョンに潜る人は後を絶たない)


 なぜか?


 それはただ一つ、ダンジョンについて明確に分かっていることがあるからである。


 ダンジョンが人々に益をもたらすということだ。ダンジョンに入った直後にはモンスターが出ない親切設計、更に危険とされるモンスターにも多くの弱点があり、そこを突くことで倒すことが比較的容易になる。


(上位のモンスターによっては、その弱点を突くのが容易難しいものも意外と多いけどな)


 それはもっと先の話だ。こんな浅い階層ではそこまで危険なモンスターは出てこない。


「おい彰一。アレ、モンスターじゃないか」


 高志が声を潜めながら指をさす。オレはゆっくりと視線を向けると、そこにはとてつもない大きさをした蝙蝠が洞窟の天井にぶら下がっていた。



 ♦♢♦♢♦



(アレがモンスターか)


 街を歩けば様々な生き物に出会うことができる。


 犬猫、カラスやハト、カマキリやバッタなど、都会であっても、しっかりと目を凝らせば多様な生物に簡単に会える。どれも生物として理解ができるような進化をしており、視界に入っても違和感を抱くことはない。


 だが、目の前のそれはどうだ。どうすればあのような巨体を得ることができるのか。


 視線の先にいる巨大な蝙蝠、ダンジョン・コウモリは全く警戒した素振りを見せずに悠々とぶら下がっている。何とも芸のない名だが、学会のお偉いさんが決めたことなので仕方ない。


(それにしても、本当にデカいな)


 ダンジョン・コウモリのサイズは通常のコウモリの約三倍。とんでもない特大サイズだ。そんな化け物サイズのダンジョン・コウモリであるが細菌やウイルスは持っておらず、血も吸わない。その上動きがとろいという生物らしくない生物であった。更に、一度翼に傷を付ければ、百パーセント飛べなくなるという弱点付き。まさに狩られるために生まれてきたような生物だ。


「じゃあ、オレがひきつけるから、高志は攻撃を頼む」


「了解」


 オレはダンジョン・コウモリの前に躍り出ると、牽制の意味を込めてゆっくりめに刀を振るった。様子見の一撃である。


「シィイイッ!?」


 いきなり攻撃をお見舞いされ、奇声を上げながら飛び立つダンジョン・コウモリ。オレの斬撃は躱されたが、ダンジョン・コウモリの雑な飛行に合わせて、高志が槍を使って鋭い突きを放つ。


「キシィイイイイッ!!!!」


 あっさりと翼に穴を空けられたダンジョン・コウモリは空中でバランスを崩すとそのまま地面に落ち、もがき始めた。


 こうなれば、とどめを刺すのは簡単である。


 高志がとどめにダンジョン・コウモリの首に槍を刺し込む。


最後の抵抗とばかりに激しく暴れ出したが、急所をやってしまえばあとは死を待つのみ。次第に動きが鈍くなっていき、やがてダンジョン・コウモリは完全に動きを止めた。


「意外と簡単に狩れたな」


「そうだな。でも油断するなよ、高志。いくらレベルの低い階層であっても、ここはダンジョンなんだからな」


 今回のモンスターはオレ一人でも余裕で仕留めれただろうが、数がいれば割と厄介だ。細菌やウイルスがなくとも、コウモリには牙がある。あのサイズのコウモリが複数で群がって攻撃されれば、それなりの怪我を負うかもしれない。


「それにしても、彰一って意外とビビりなんだな。あんな風に刀を振るうとは思わなかったわ」


 そう言ってくる高志にオレは笑みを浮かべる。


 さっきの攻撃はオレがさぞ弱いように見えたんだろう。今の一撃は遅いしな。技術のないやつじゃ太刀筋を見ても分らんだろう。それに今の攻撃はコウモリの意識を逸らすための攻撃だからな。


 オレが一撃で決めたら、高志の立つ瀬がない。


「そうらしいな」


「ま、いざとなったら俺に任せろよ。元野球部万年補欠だった、この俺にな!」


 ふんぞり返る高志。モンスターを倒して気が大きくなっているのだろう。それにしても、万年補欠って、自慢することなのか?


「いざとなったら頼りにしてるよ」


 センスはそこそこ、あとはピンチになった時にどんな風に動けるかだが、それも今は測りようがない。だが、期待するぐらいはいいだろう。


「おう、任せとけ!」


 オレと高志はダンジョン・コウモリの死骸に目を向ける。気づけば、ダンジョン・コウモリの死骸は消えており、そこにはビー玉サイズの半透明の石が転がっていた。


「これが魔石か」


 何でも、この小さな石一つにガソリン数リットル分のエネルギーがあるらしく、サイズが大きくなればなるほどそのエネルギーは爆発的に上昇していくらしい。


「魔石も採れたし、奥へと行くか」


「そうだな。じゃんじゃんモンスターを狩って、一攫千金だ!」


「おう!」



 調子のいい高志の言葉に、オレは討伐によって興奮したのもあってか元気よく頷くのであった。


 ♦♢♦♢♦


 あれから一時間ほどダンジョンの探索を進めていく中で、ダンジョン・コウモリを五匹ほど狩れた。採れたのは魔石のみで、モンスターの素材も落ちるそうなのだが、一向に落ちそうにない。ダンジョン・コウモリの魔石は大体一個百五十円から四百円程度、今回は三百円で買い取られた。


 非常に安価であるが、狩ることも容易なので致し方ないことであった。


「彰一、次の階層の階段を見つけたぞ」


「ホントだ。やるじゃないか」


「まあな。戦闘面じゃ、お前に敵わないがからな」


 苦笑いを浮かべる高志。

 実は先程、四匹目のダンジョン・コウモリを狩る時にオレが一人でアッサリと狩ってしまって以降、高志はこんな感じである。苦戦こそしないものの作業のように目の前で両断されれば、無理もない話であるが。


「じゃあ、早速行くか。第二階層に」


「おうよ」


 こうして、オレ達は第八十二・ダンジョンの第二階層へと向かうのであった。



 ♦♢♦♢♦



 階段を登った先にある第二階層は別段第一階層との差異は感じられなかった。未だ見飽きない、灯りと闇の幻想的な空間である。


 しかし、ここには居るモンスターが違う。


「あそこにいるのはゴブリンだな」


 岩陰に隠れた高志が息を潜めながら、徘徊するモンスターに視線を向ける。


 ゴブリン。ファンタジーゲームでお馴染みの雑魚モンスターであるそれは、このダンジョンにおいても同じく雑魚モンスターであった。


 醜悪な顔にポッコリ出たお腹、手足は短く肌は緑色であり、身長は小学生の子供ほどしかない。膂力も子供並みで実力自体は大したことはないモンスターであった。


 一見狩るのが容易く見えるモンスターであるが、問題は実力ではない。ゴブリンの姿かたちであった。


「二足歩行のモンスターを殺すのはちょっと抵抗あるよな」


 人型、二足歩行のモンスターを殺すのに抵抗がある探索者は数多く存在した。ゴブリンが狩れないため、探索者を志すのを止めるものもいるほどで、下手なモンスターよりも狩るのが困難とされている。


 有名な探索者であってもゴブリンなどの人型のモンスターを狩るのを避けている者もいるぐらいであり、このモンスターを狩れるかどうかは探索者として実力以外のものが評価さるチャンスでもあった。


(オレは別に何の抵抗もないんだけどな)


 結局、ゴブリンと人は違う。それに生物を殺す行為は大なり小なり人間が経験することだ。さっきのダンジョン・コウモリを殺したのも殺生に違いはない。


 簡単に割り切れない人が多いのも仕方ないけど、人にとって価値観は違う。一般に困難とされることが容易であっても、一般に容易とされることが困難であることは割とある。それはダンジョンでのモンスターを狩る時の考え方も同様で、人によって生死観に差が出てモンスターを狩るのをためらってしまうものがいるのは当たり前のことだ。


(できるか、できないか。ただそれだけのことだ)


 一人思考を巡らしていると、高志がジッとこちらを見ているのに気が付いた。オレは指示を出すため、口を開く。


「じゃあ、高志がゴブリンを引き付けてくれ、その間にオレがゴブリンを弱らせる」


「弱らせる?倒すんじゃなくてか?」


 首を捻りながら疑問を漏らす高志、オレはその疑問に特に表情を変えることなく答えた。


「最もな疑問だが、オレは別にゴブリンを殺すのに抵抗はない。だから、止めは高志にやってもらおうと思っているんだ」


 オレの言葉に顔を引きつらせる高志。どうやら、オレがゴブリンを殺すと思い込んでいたそうだ。


(何、楽しようとしているんだ)


「じゃあ、オレは行くぞ」


「おい!?」


 高志の静止を無視し、問答無用でゴブリンに斬りかかる。初手の一撃はゴブリンの胸に一文字の切り傷を付けた。


「グギャアア!?」


 ピュッと吹き出す青い血。


 人では有り得ない、モンスターの血だ。


 突然の攻撃に驚く暇も与えず刀を振るい、ゴブリンの両足を切り落とした。


「グギョエエエッッ!!」


 膝から下を落とされ、崩れ落ちるゴブリン。オレは手のひらに刀を刺し、地面に縫い付けると、ゴブリンの動きを完全に封じた。


「高志、早く」


 早くしないと死んでしまう。オレは高志を急かすと、苦虫を嚙み潰したようような表情をしながら、近づいてきて、槍をゴブリンの心臓に突き刺した。


「おうぇええ」


 大量に噴き出る青い血と、生臭い臭いにたまらず吐いてしまう高志。オレはその様子を見ながら、ゴブリンが息絶えるのを見届ける。


 ゴブリンの目に光がなくなり、息絶えたことが確認できた。


(どうやら、ゴブリンの生命力は割と強いらしい。もしも、死に駆けの状態で火事場の馬鹿力を発動されては堪らないな)


 オレはゴブリンに対する情報を整理しつつ、辺りに意識を飛ばす。高志が使い物にならない今、警戒は怠れない。


 やがて死体と血が消えた頃には高志の吐き気も収まっており、そのことを確認すると、オレは落ちている魔石を取る。


 ダンジョン・コウモリよりも少し大きい程度だが、一個当たりの価値は基本的に二百円も上昇する。魔石はサイズによって価値が変動しており、ドラゴンの魔石などは数千万円もの値が付いたこともあるそうだ。


「今日は一旦帰るか。高志もきつそうだしな」


 オレの言葉に、必死に首を縦に振る高志。


 そうして、オレ達二人は襲ってくるモンスターを狩りながら、足早にダンジョンを抜け出すのであった。










読んでいただき、ありがとうございます。

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