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第十六話

 


 ダンジョンから帰還したオレ達は換金を終えた後、そのまま解散・・・するのではなく、居酒屋で夕食を取っていた。


「それにしても、今日は疲れたわぁ」


 高志が生ビールのジョッキを飲み深くため息を吐く。その後すかさず枝豆を口の中に放り込んだ。俺もつられてビールを呷り、枝豆を口に放り込む。そして、再びビールを飲む。


 枝豆の塩味とビールの喉ごしが最高だった。


「ホント、今日は疲れたわ」


 オレの言葉に高志はジトっとした視線を向ける。


「嘘つけ。お前はメッチャ馴れた手つきで殺してたじゃん」

「ホントよ」

「いや、貴女もですからね」


 ゴブリンや巨大蜘蛛を撲殺していたくせによく言う。


「何ですって」

「確かに。ゴブリンと戦っている時の八重樫さん怖かったわぁ」


 睨みつけるような視線を向けてくる八重樫さんだが、高志がオレの言葉に同意する。


「酷い!私、女なのに」

「女は女でもゴリ「それ以上言ったら殺すわよ、佐藤君」冗談ですって」


 エッグい殺気だ。モンスターに向けていたレベルじゃない。それを百倍にして更に煮詰めたようなドロドロの殺気だ。


(オレもだが、テンション高いな)


 皆、酒が少し入っているので、気が緩み思い思いの言葉を言い合う。そうして一時間ほど飲み食いしながら騒いでいると、


「オイ、アンタら探索者なのか?」


 一人の男が話しかけてきた。気配に気づかなかったこともあり、酔いが一瞬で醒める。


「ああ。あんたは」


 見た目からして二十代前半で、オレらとそう変わらないだろう。武器の類は持っておらず、丸腰だ。


「いや、実は俺も探索者なんだが、最近ここに来たところでな。この辺のダンジョンはさっぱりなんだ。それで、アンタら探索者らしきものに声を掛けたってわけさ」


 そう言って、空いていた席に座ってくる。男は缶ビール持っており、場違い感が半端ではないが店に入れているということは客という認識のされ方をしているのだろう。


「ようは情報が欲しいってわけだな」


「ああ。金は出す。電子マネーがいいなら、ちゃんとアプリもあるぞ」


「別に構わないが、オレ達は初心者で第四階層までしか潜っていないぞ」


「それでも構わない。だけど意外だな。アンタ相当強いだろ」


 男はこちらに視線を向けてくる。


 オレは視線を男の視線と合わせた。お互いに相手を探りあう視線を向けたことで、ピリッとした空気が形成される。


「やっぱりな。確かに探索者特有の空気はまだ薄いが、纏ってるものと目が違いすぎる」


 男は両手をひらひらと振り、視線をズラした。


「そんなものか?よくわからんが、あんたも相当やるんだろ」


 この男も相当やる。御手洗のような軍人とも、八重樫さんのような達人とも違う独特の濁った雰囲気。泥のようでどこまでも絡みついてくるような嫌な雰囲気だ。さりとて、東雲や先日の襲撃者のような闇が混じった様子はない。


 これがプロの探索者の纏う空気と言ったところなのだろうか。


 そんなやり取りの後、オレは第一階層から第四階層までのモンスターや内部の情報を教える。


 ちなみに報酬は現金でお願いした。


「オイこら、調子乗ってんじゃねえぞ!」


「何だテメェ。やんのか」


 ちょうどダンジョンの情報を話し終えたタイミングで、酔った客が喧嘩を始めたようだ。恰好からしておそらくは探索者、オレ達と同じように探索帰りに酒を飲みに来て、勢い余って喧嘩をし始めてしまったような感じだろう。


 オレが止めに入ろうとするが、男は静止するように手を出す。


「全く、無茶するなあ。俺があっちの喧嘩を止めてくるよ。いい情報ありがとな」


 そう言って一万円札をテーブルの上に置くと、喧嘩のする方に向かって歩いてった。


 争いの場に着くと、絡んだ方の男を瞬時に締め落とし、絡まれた方には言葉で落ち着かせてる。


「見事な手際だな」


「彰一、お前ひとりでなにしゃべってたんだよ」


「そうそう突然独り言、言い始めてさあ」


 オレは先程喧嘩をしていた場所を見るが、男の姿は既になかった。


(スキルで気配でも消していたのか。八重樫さんですら目の前にいることにすら気づかないとは。なかなかに厄介だな、スキルというものは)


 オレは今後、戦うかもしれないスキル保持者への警戒感を強める。


 もしかしたら、戦う時はかなり近づいているのかもしれない。




 ♦♢♦♢♦




「おかえりなさーい」


 オレが部屋に帰ると、リビングにはくつろいだ体勢の東雲がテレビを見ていた。


 家主に断りもなく居座るとは。とんでもない女だな。


「今日は八重樫さん元気にしてましたー?」


「ああ、元気だったよ。てか、何なんだあの強さ。杖でモンスターを撲殺って、化け物だろ」


 オレの言葉に東雲は苦笑いをしながら頬を掻いた。


「彼女、八重樫流の免許皆伝持ちなんですよね。私も八重樫流は使えますけど、あそこまで上手くないですよ。彼女は天才ですから」


「やっぱりか。技術のレベルが高すぎるんだよな、アレ。本格的にダンジョンに潜ったら世界最強とかになるんじゃないか」


「そうかもですね。だけど、それなら彰一さんの方が速いと思いますよ。彰一さんの才能は天元突破してますから」


 そう言ってテーブルの上にあるオレンジジュースを飲み干す東雲。


 才能ねぇ。どいつもこいつも言うがそれほどか?強さは何もそれだけで決まるわけでもないのにな。


 本当に強い奴はそれだけじゃない。それをオレは昔痛感しているからな。技の才だけじゃない。心、肉体、技術、どれが欠けても本当の強者には至れない。


 もちろん、それ以外のナニカも必要だが。それは生きていく上で経験していくものだろう。焦る必要はない。オレは既に強くなる道を、最強への道を歩んでいるはずだ。


「それよりも、東雲はサポート役だよな。普段は何をしてるんだ」


「そうですねー」


 東雲は指を唇に当てて、小首をかしげる。


「掃除洗濯料理ごみ処理害虫駆除、ですかねぇ」


「随分と家庭的だな」


それだけの意味でもないだろうが、いちいち深堀する必要もないだろう。


「東雲は殺しに対して、どういう考えなんだ?」


 ふと、気になったので聞いてみる。


「ドギツイ質問ですねぇ・・・まあ、私は答えますけどね。私は必要ならばやる。必要なければやらない。それが基本です。同僚も大体がこんな感じですね」


「そうか。不必要な時はしないと」


「はい。殺しはいいものではないですし、命を奪うというのは疲れますから」


 それには同感だ。モンスターを一匹殺すのにもひどく精神を消耗する。たぶんだが。


「人はどうすれば強くなると思う?」


「うーん。その人の求める強さによるのではないですか?権力が強さと考えるならその道を。格闘的な強さを求めるならその道を。財力を至上とするなら、その道を。人によってそれぞれだと思います」


「それもそうか、実は今日かなりの腕利きと思われる探索者にあったんだ」


「へえ、またそれは珍しいですね。私たち側ではないんですよね」


「ああ。だが、強い者が殺しの技術を高いレベルで修めている者だけではないぞ」


 かつて戦った探索者は良い例だ。今日会った探索者もかつての探索者も殺しの技術を極めていたわけではない。おそらくだが、相当強かった。


 彼らは両方とも間違いなく強い。それにかつて戦った探索者の強さは別格だった。


しかし、その強さはべつに殺しの技術を極めたから得たものではない。


 殺しを極めたものがどんな存在か、オレはよく知っている。あの存在は確かに最強に近い存在なのだろう。だが、最強と呼ぶには不完全な存在だと思っている。


「それは面白い考えですねえ。私は殺しの強さを突き詰めたものが最強だと思っていたんですけどね。ですが、あれほどの実力を持った彰一さんが行きついた答えなら、本当にそうなのかもしれませんね」


「まあ、考えは人それぞれだしな」


オレの考えが普遍的で万人に共通する真理であるとも思っていない。


あくまでこれはオレの経験によってなされた結論に過ぎないのだから。


「そういえば、映画を借りてきたんだ。今はネットで簡単に見れるが、たまにはDVDで見るのもオツだろ」


「ホントですか!楽しみです!」


 そこからは一気に日常の雰囲気になる。


 湿った空気は消え去り、東雲の今日一番の明るい笑顔が強く印象に残った。













読んでいただき、ありがとうございます。

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