第八話
「いぎなり、ふぃどいなあ」
左の頬を抑えながらこちらを見てくる御手洗を冷たい視線で無視しながら、先を促す。
すると、やれやれと肩を竦めながら、御手洗は口を開いた。
「全く、歯が折れたじゃないか。どう責任取ってくれるんだよ」
「知らん。早く言え」
オレはお前のことなんてどうでもいいし、早く家に帰りたいんだ。こんな薄暗いリビングに長々と拘束されたくない。
「知らんって、確かにこの怪我は何とかなるよ。ウチの上級再生術師なら、簡単に治せるけど、それでもコストは発生してるからね」
再生術師か。
この世界には魔法が存在する。ダンジョンに潜った者の中でも適性がある人間は魔法や、治癒術などが使えるようになるのである。現在、ほとんどの魔法使いは大企業や一部の優良な企業、軍に囲い込まれており、日本もその例に漏れず、多くが軍属となっている。
「思ったよりも図太いというか肝が据わってるというか」
「当たり前だ。生き物を殺す、その行為に手を染めた以上、人格もそれ相応に変化するだろ」
確かに人は食事のために牛やら豚やらを間接的に殺し、遊び半分でアリなどの昆虫をを殺すが、刀で人型の怪物を明確な殺意を持って、闘争の元殺すのは訳が違う。戦いの中で確かに生を断つという行為は、若干であるが、殺生に対する観念が変化していた。
「確かに、それもそうだね。それで、話の続きなんだけど、彼女、八重樫玲子はとある一族の一人でね。今は絶賛命を狙われているんだ」
そう言って、はははと笑う御手洗。
「何の一族かは触れないでおくが、どれくらいヤバいんだ?」
命を狙われていると言っても、その度合いは千差万別だろう。逆恨みからの下らない復讐や、執念の籠った命を懸けた復讐、ヤバい組織に命を狙われるのとでは、危険の度合いが大きく違う。
「例えば、さっき君を連行したうちの一人はとある国の工作員で八重樫玲子の命を狙う一人だからね。後で処分するけど、ホントどこに敵がいるか分からないんだよ」
「それはヤバすぎるだろ」
さっきの三人組の中の一人が工作員って、メッチャ狙われてるじゃん。国家レベルで狙われてるってことだろ。えげつないな。
というか、軍にスパイが入り込んでるってことだろ。
それは大丈夫なのか?
「大丈夫だよ。別にどこにでもスパイはいるし、それはお互い様だしね。大体が見つけても泳がすか、処分かの二択だけど、そもそも、重要なところまでは入っても意味がないからね」
ニコニコと笑みを浮かべる御手洗。気色悪いな。
「酷いなあ。まっそういうわけで、彼女も君が守らないと命が飛んじゃうから、ダンジョンの中だけでも、守ってあげてよ。それ以外は僕が何とかするし」
「何とかなるのか。アンタ一人で」
流石に死なれても困るし、守るつもりではあるが、それ以外の場面で死んでもらわれると、こっちが守る意味がないからな。
コイツは強い。ふざけた態度は偶に癪に障るが、さっきの三人組くらいなら朝飯前で皆殺しにできるだろう。
だが、オレを含め人間は万能ではない。無理なものは無理だし、できないことは確かに存在する。それが自分の得意分野であってもだ。
「多分ね。無理なときは僕も死んでるし、おあいこってことで」
「軽いな」
御手洗はオレの言葉に少し憂いの籠った笑みを浮かべる。
「こんな仕事をしているとね、考え方がズレちゃうのはね」
「それもそうだな。こんな素っ頓狂な願いを聞くくらいにはオレもズレてるしな」
「おっ聞いてくれるんだ」
目を輝かせてこちらを見てくる御手洗。気持ち悪い。
「ああ、目覚めが悪いからな。オレが剣を握った以上、厄介な世界に首を突っ込むのは想像がついていたしな」
「えっもしかして君って、自意識過剰で妄想癖の危ない人?」
若干引き気味に距離を置いた御手洗。
オレはその反応に対して、踏み込みと同時に放つ強烈な左フックを返すのであった。
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