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武器職人と、神話の月  作者: 王生らてぃ
第一章「武器職人と、神話の月」
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第一章-③

「どうぞ、何もない所ですが」

 リィナは部屋の中、今朝の食事をとった場所へとロロを促す。彼は外套を脱ぐことはせず、ローブだけを外して顔をのぞかせている。

 壁や机の上の燭台の明かりが、ぽつぽつと部屋を照らしている。それでも、暗い場所に比べれば充分に明るい。

「素敵な住まいですね」

 ロロは椅子に座るなり、そんな言葉を口にした。

「さぞ、住み心地が良いことでしょう」

「そう見えますか?」

 くす、とリィナは笑い、台所に入ってお茶の用意をする。

 いつも自分が飲んでいるものとは違う、どちらかと言えば甘い部類のお茶だ。何でも、レムの故郷である遥か東で産出するものらしく、鮮やかな緑色が美しい。

 すぐに用意は終わり、2人分のお茶を机に運ぶ。

「どうぞ。急ごしらえですが」

「恐れ入ります」

 ロロはそう頷いて、一口だけ含み、こくり、と喉を鳴らす。

「……うん、美味しいです」

「ならよかった」

 リィナもロロと向かい合うように座り、自分のお茶を飲む。

 自分でも納得のいく出来だ。

「いつも、お茶を飲んでいらっしゃるのでしょうね」

「え?」

 不意なロロの言葉に、リィナは思わず目を見開く。

 目の前の青年の白い笑顔が、揺れる炎に照らされていた。

「なんとなく、ですがね。そんな目をしている」

「目、ですか……」

「ええ。目を見れば、大抵の事は分かるものです」

 今度はロロがくす、と笑った。

「……」

 リィナは、目の前にいる男の雰囲気に、思わず見入ってしまう。

 なんだか、自分よりもずっと年上の誰かを相手しているような感覚に陥った。


「それで」

 ひとしきりくつろいだ後。リィナは唇を結び、本題を切り出した。

「あなたが探していらっしゃるもの、ということですが……」

「ええ、『魔武器』のことですね」

 まるで世間話でもするように、あっさりと告げる。

「『魔武器』の事を、ご存知で?」

「ええ、もちろん。少しかもしれませんがね」

 ロロは苦笑で答え、

「なので、専門的な知識を持つあなた達――武器職人に、教えを請いたいと思いまして」

「……」

 リィナは、思わず絶句する。

 無理もない。なぜなら、彼女は熱心で、勤勉な武器職人の弟子であり――

 同時に、勤勉だからこそ、彼の言っていることの意味を、充分に理解していたからだ。


 そもそも、『魔武器』とは……職人や鍛冶屋が作る、いわゆる普通の武器とは違う、根本の性質を異にするものだ。

 通常、武器は材料や原料を加工して、人の手で作られる。素材には金属や魔物の体組織の一部などまで広く用いられ、確かに様々な力を秘めている。例えば、刀身に火を纏っていたり、冷気を帯びていたりなど、様々だ。

 だが、魔武器は違う。

 何の変哲もない普通の武器に、人間の強い思念――それは怒り、喜び、はたまた呪いであったりという類のものが作用し、変質して形成されるものだ。よって、人の手によって作られるということは、限りなく不可能なのだ。

 そして、魔武器の多くは神話や軍記に登場することが多い。

 奴隷解放の戦争で立ち上がった英雄が握っていた『聖剣』や、悪辣の限りを尽くした悪竜を貫き殺したと言われる『竜殺しの槍』。はたまた、ひとつの国の民を丸ごと根絶やしにしてしまった『魔剣』といった物が、この魔武器に分類されるものとされている。

 通常の武器が持つ様な力とは違う、それぞれが人智を超えた力を有し、超自然的な現象を引き起こす――それはまるで、神話に登場する、天使や悪魔のように。故に、魔武器、と呼ばれるのだ。

 更に、一説には、魔武器は自我を有している、とされる物もある。

 意思を持ち、言葉を介して持ち主と会話し、より強い力を引き出す。俗に英雄、と呼ばれる勇者たちは、こうした意思を持った強力な武器を携えて描かれることが多い。

 女性にしか振るわれなかった気難しいもの、人の姿となって人間と交わったもの。伝承だけを上げればきりがないが、実際にどうなのかは定かなところではない。

 総じて、魔武器は常に書物や口伝の中にしか存在しない、曖昧なものなのだ。


「どうして、そのようなものを?」

 なので、リィナのその疑問ももっともだと言える。魔武器についての神話を調べたい、といったことならまだしも、魔武器そのものを探している、となると話は別だ。

 それは、神話に登場する、天使を探したい、と言っているのと、なんら変わりはない。まさしく机上の空論、どうあがいても不可能だと笑われるようなことだ。

「はは、これがまた困ったものでしてね」

 すると、ロロは心底呆れたように笑って、

「実は、僕の知人がそう頼んだんですよ」

「知人の方が、ですか?」

「ええ。『魔武器について調べ、可能なら回収しろ』とね。全く、無茶ぶりもいい所ですよ」

 喉が渇いたのか、ロロはお茶をすする。

「その点、リィナさんは素敵だ。無茶ではなく、こんなに美味しいお茶を初対面の僕に振る舞ってくれるんですから。彼女にも見習わせたいものですよ」

「は、はぁ……」

 リィナは反応に困り、肩をすくめて少し俯いた。

「ロロさんは、その……」

「はい?」

「随分と、口がお上手なのですね」

「? そうですか?」

「そうです」

 大きく頷いてから、リィナは照れ笑いをするように、

「私の仕事も、お茶も……そんなに素直に、面と向かって褒めて頂いたのは、初めてのことですから」

「そうなんですか? ふふっ」

 すると、ロロは不意に笑いだし、

「きっと、リィナさんは目が悪いのかもしれませんね」

「えっ?」

「見えていないだけですよ。たくさんの人が貴女の仕事に感謝し、褒めているはずです。気付かなくて悪い、というものでもないでしょうけどね。それで貴女が自分を過小評価するのなら、それは間違いだと思いますよ」

「……」

「世の中には、気付かない方がいい事もありますけど……逆に、それじゃいけない事もあるんですよ?」

 小首をかしげ、ロロはそういった。顔立ちだけを見れば、あどけない少女の様な表情だ。紅い目は暗闇でもはっきりと見えるようで、可愛らしく細められている。

 リィナは褒められたことに照れるのも忘れ、目の前の青年に改めて引き込まれた。

「……なんだか」

「?」

 ふと、口をついて出たのは、

「なんだか……不思議な方ですね。ロロさんは」

「ええ、よく言われます」

 言いながら、何て失礼なことを言っているのだろう、とリィナは思わず頭を抱えたくなる。

 気分を落ち着かせるために、少し慌てるようにお茶をすする。少し冷めたそれは、高揚した気分を落ち着けるのにちょうどいい。

「ふぅ」

「美味しそうに飲みますね」

 ロロに微笑まれ、リィナは一瞬、目を丸くする。

 それから「ふふっ」と笑って、

「お茶を淹れるのには、ちょっと自信がありますから」

「うむうむ、そうだよねぇ~」

 隣に立つレムが、うむうむ、と頷く。

「リィナのお茶は絶品だよぉ。料理も上手だしねぇ、本当によくできた弟子だよ~」

「へぇ、そうなんですか。それはまた……まだ若いでしょうに」

「い、いえいえ、そんな……」

 思わず照れてしまう。暗い闇の中でも、自分の頬が熱くなるのを感じるほどで――


「って、お師匠様!」


「ただいま~、リィナ」

 いつの間にか横に立っていたレムに、リィナは大げさにのけぞってしまう。

「い、い、いつの間に帰ってたんですか?」

「ん~、リィナが家に入ってからちょっと後。遠くから様子が見えたから、こっそり入ってみたのだぁ」

「だぁ、じゃないですよ……心臓に悪いです」

 ほう、と胸をなでおろすリィナ。

「なんで、こっそり入る必要があるのですか……」

「んん~、だってねぇ」

 すると、リィナは落ち着いた表情で椅子に座っている紅い目の青年・ロロに目を向け、それからリィナにもう一度目を向け、

「リィナが、こんな夜中に、男の人を家に連れ込んでたからさぁ……」

「? ……?」

「ああ、もうリィナもそんな年頃かぁ、ってねぇ……ふふふ」

「……ッ!!」

 そこでようやく、レムの言葉の意味に気付いて、ぼっと顔を爆発させるリィナ。背の低い師匠の肩にがし、と掴みかかり、

「違いますッ!」

「ふふふ~、分かってる分かってるよぉ。リィナはそんな積極的な女の子じゃないものねぇ」

「違います、本当に違いますから……!」

 必死な形相の弟子に、レムは「はいはい」と溜息をつき、それからロロに向き直る。

「どうもぉ。うちの弟子が、ご迷惑をかけていなければいいんだけれどぉ」

「と、言うことは」

 ロロは薄く微笑んで、

「あなたがレムさんですね。噂は兼ねてより耳にしていました。お会いできて光栄です」

「いえいえ~。私はそんな大層なものじゃぁ。ただの、しがない武器職人ですよぉ」

「いえ、貴女の名前は隣国でも聞こえてきましたよ。素晴らしい職人だと」

「ほえ? 隣国というと……」

 ソレイユ自治国だ。リィナは瞬時にその名を思い出していた。

「ふぅん。それは光栄だねぇ。ところで……」

 と、レムはそこで表情を引き締めて、

「暗闇でこっそりと話を聞いていたところによると――『魔武器』を探してるらしいね」

「……はい」

「お師匠様、どうでしょうか?」

 リィナが横から首をかしげる。

「私の知識には、魔武器については浅いものしか無かったものですから。お師匠様なら、なにか知っているかと……」

「ん~」

 レムは小さな体に腕を組み、難しい表情をする。

「……ちょっと、話すと長いかもだねぇ」

「はぁ」

「どうだい、また明日になったら詳しく話し合わない?」

 レムの提案に、ロロは「はい」と神妙に頷いた。

「分かりました」

「うん。じゃあ、明日の朝になったらまたおいで」

「はい、また明日、よろしくお願いします」

 ロロは恭しく一礼して、それからリィナに向き直った。

「お茶、とっても美味しかったです。お邪魔しました」

「いえ、ありがとうございます」

「では」

 ロロは頷いてから、フードを頭に被って、体重を感じさせない足運びで歩きだす。

「また明日、お茶を振る舞いますよ。是非、いらしてください」

 リィナの言葉に、ロロは少しだけ身体を振り返し――紅い目を少しだけ細めた。


「楽しみです」


 そう言い残して、ロロは店を後にした。


  ○


「不思議な人でした」

 リィナはレムに、一言だけ告げた。

「まるで、彼の周りだけ、異質な空間に包まれているみたいでした……」

「ふんふむ」

 レムはリィナの向かいに座り、暖かいお茶をすすりながら頷いた。

「リィナが言うんだから――きっと、雰囲気の問題じゃないだろうねぇ」

「え?」

「リィナが見てたのは、多分、ロロくんの持つ魔力だよ」

 レムは穏やかに笑顔を浮かべながら、

「私も感じたよぉ、握手をした時にね。彼は何か、妙な力を持った存在なんだろうねぇ。リィナも強い魔力を持ってるから、他人のそれにも敏感になるんだと思うよぉ」

「なるほど……」

 それなら、なんとなく納得ができる気がした。

 ロロの持つ、不思議な雰囲気。目を合わせると、逸らせないような、凛とした存在感。

 妙な力、とはいったい、何なのだろうか。

「まぁ、疑問は尽きないけど」

 レムはお茶を一気に飲み干し、よっ、と椅子から立ち上がる。

「とりあえず、今はこの依頼に集中してみようかぁ」

「はい」

「ふむ、『魔武器』かぁ……。私が若い頃には、よく聞いた話なんだけどねぇ。今じゃすっかり聞かなくなったなぁ……」

「お師匠様の若いころって、いったい、何百年前の話なのですか」

 レムは曖昧に頷いた。自分でも覚えていないのだ。

「ふぅ……『竜』の私だから言えるけどねぇ。リィナには教えてあげよう」

「えっ……」

 すると、レムはいつものほわわん、とした穏やかな目を、天を征す竜のように鋭く光らせた。


「『魔武器』は実在する。――間違いなくね」


「……本当ですか?」

「うん」

 武器職人としてのレムの姿が、そこにあった。リィナはじっと、師匠の声に耳を傾けた。

「リィナ、私の正体は知ってるよね?」

「はい。――東方に暮らしていた、『竜』の一族ですよね?」

 レムは頷いた。

『竜』とは、いわゆるドラゴン、ワイヴァーンの類の生命だ。翼を持ち、人智を超えた魔力を秘め、幾百年の寿命を持つ、と言われている。

 人間よりも深い知識を持ち、様々な秘術を行使する……その中に、レムのように人の姿となることが知られており、古くから人間達と共存してきた。それは『天界大戦』の神話にも登場するほどの歴史的な起源を持ち、たびたび人間を支えてきた一族だ。

 その『竜』の知識を以て、レムは語る。

「昔からねぇ……確かにいたんだよ。妙な力を持つ武器達が。一番有名なのは『カリバーン』かなぁ。リィナ、答えて御覧」

「カリバーン……伝説の騎士王となる人物が、ある日岩に突き立っている剣を引き抜くと、光を放ち、戦で数々の勝利をもたらしてきた、とされる『聖剣』ですよね。其の剣はあらゆる敵を駆逐し、其の鞘はあらゆる傷をいやす……」

「さすがはリィナだ、よく覚えているね。そう……まだまだ私が、リィナと同じ歳くらいの頃だよ。それを見たのは」

 さらり、と昔を懐かしむようにレムは言うが、リィナはがたっ、と身を乗り出した。

「見た……『カリバーン』の実物を、ですか!?」

 騎士王の伝説は、子供を寝かしつけるのに読み聞かせる、おとぎ話の類のものだ。それが実在している、というだけで、リィナは腰を抜かしそうになる。

 しかし、レムはいつもの笑顔で応じ、

「私は職人・レムだよぉ。それだけのことがあるくらい、不思議じゃないよねぇ。リィナ、分かったら私をもっと敬いたまへ~」

「は、はい……」

「うむうむ。……話を戻すとねぇ、『魔武器』は本当に存在する。いや、していた。ただ、今この時代までに長い長い時間が経ってしまっているからねぇ……今でも残っているか、と言われると、口をいったん閉じるしかない。正直、ロロくんの手助けが出来るかどうかは、微妙な所なんだよねぇ」

「……」

 リィナも、それには無言で頷いた。

「私も、武器に関して様々な事を勉強して、教わってきたつもりですけど……魔武器については、本当に伝承や神話でしか聞いたことがありませんから」

「うむ、リィナの言う通りなんだよねぇ、全く持って」

「では……どうするつもりなのですか?」

 その問いに、レムは真剣に答える。

「まぁ、ロロくんとも話し合ってはみるけれど……とりあえず、古い文献や神話なんかを調べてみるのが先決だと思うよぉ。リィナ、それを任せちゃってもいいかなぁ?」

「はい、お安い御用です」

「うんっ、素直な弟子は好きだよぉ」

 レムはそこで、いつもの笑みを取り戻した。

「まず、教会に行ってみるといいかもねぇ。ラウルちゃんにも手伝ってもらって、いろいろ調べて御覧よ。教会はいろんな伝記や神話の原本と、その複製を所有しているはずだから、きっと何か手掛かりがあると思うよぉ」

「教会……ですか。分かりました。明日、早速行ってみます」

「私はロロくんと話し合って、まず情報をもう一度整理してみるから」

「はい」

「よ~し!」

 レムはそこで大きく伸びをしながら、負けないくらいの大きな声で、

「今日の仕事は、これで本当におしまいだねぇ~! ふわわわぁあ~……」

「そうですね……ふわわ」

 ふたりで大きな欠伸をして、それからふぅ、と溜息をつく。

「今日はもう、寝ちゃいましょうか」

「そうだねぇ。私も疲れちゃったよ。もう歳かな」

「そんなちっこいなりで、何をおっしゃるやら……」

「むー! なんだとー。仕方ないんだよ、『竜』の変身の姿は持ち主の魔力の質によるからこうなっちゃうだけで……」

 そんな言い争いをしている間にも、疲れはたまるばかりだ。

「寝ましょう……本当に」

「そうだねぇ……」

 結局、無駄に体力を消費して、ふたりは這うように部屋に戻って行った。


  ○


 リィナは部屋に戻ってから、少し読書をして眠るのが日課だった。

 歴史書、神話、魔術の手解きから武器職人の心得まで……レムの持っている本という本を片っ端から読み進め、勉強にいそしむ日々を送っていた。その数は優に百冊を超え、それが今のリィナを支える知識の柱となっているのだ。

 とはいえ、今日はそうもいかない。来客とここまで話をしたのは久しぶりだったし、明日からはまた根気のいる作業に取り掛からなければならない。今のうちに少しでも眠って、体力を温存しておきたかったのだ。

「ふぅ」

 燭台の明かりを消し、一日の疲れを吐き出すように溜息をついて、ベッドに横たわる。

 開いたままの窓からは、満天の星空が臨める。月はもう大分高く昇っていて、それは日付が変わったことを示していた。

「……」

 リィナはしばらく星空を見上げながら――また、ロロの事を思い返していた。

 特別、話をたくさんした訳でもない。なのに、この記憶に残る感じは何だろうか。彼女自身にも、分からなかった。

 闇にぽっかりと浮かぶ、彼の紅い瞳を思い返す。

「ロロさん……」

 知らず、名前を口にしていた。

 それはまるで、遠い地の想い人を呼ぶように薄く、震えるような声で。

「……はぁ」

 また、溜息をつくのだった。今度は疲れではなく、頭の中の余計な考えを吐き出すつもりでついた。

 いったい、自分は彼の何に、見入ってしまったのか。

 レムの言うとおりだとしても、何かが違う気がしてくる。

「……もう、寝ちゃいましょう」

 今度こそ呟いて、リィナは目を閉じた。

 疲れの為か、驚くほどすぐにリィナは眠りに落ちていった。

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