第一章-②
「おぉ~おぉ~」
地下から戻ってきたリィナと、その成果を見て、レムは満足そうに手をぱたぱた、と振った。広い袖口がばほばほ、と揺れる。
「いいねぇ、リィナ。相変わらず高品質で大変よろしいっ」
「ありがとうございます」
リィナは言いながら、抱えて持ってきた20本の槍が壁に並べて立てかけてあるのを見て、
「いつ見ても、こんなことを自分でやっているなんて、なんだか不思議です」
「いいや、まぎれも無いリィナのお仕事だよぉ。伊達に私の元で10年修行してないねぇ」
「お師匠様の仕事は、盗めるだけ盗んできましたからね」
笑いながら、今度は懐からあの黒い短剣を取り出し、レムに見せる。
とてつもない熱を帯びていた短剣を懐に入れておけば、一瞬でリィナの全身が炎に包まれていてもおかしくない。だが、どういう訳かリィナは平然と、素手でそれを掴んでいる。
「ほほぅ?」
レムは、それを掴むリィナの指をじっと見て、うむうむ、と頷いた。
「なるほど、『火竜』素材の熱を遮断する鞘かぁ。よく作ったねぇ」
「はい、素材がちょうど余っていましたから」
その鞘は、あの槍と同じ青い金属で作られていた。表面には細かい文様が削り取られており、それぞれが壁画のように絡まり合っている。
「在り合わせですけど、きちんと魔術を仕込んでおきました。上手く使いこなせれば、炎の力を調整できる程度にはなるかと思います」
「完璧だよぉ」
レムはぱちぱち、と手を叩いて、
「流石はリィナだ。将来は安泰だね、きっと世界最高の職人になれるよ」
「お師匠様がご存命の限りは、それも叶わないかもしれませんが」
「む~、なら残念だったね」
少女はふふん、と笑って、
「私はあと300年は死ねないからねぇ。リィナもそれ以上に長生きしなさい」
「勘弁してください」
リィナはやれやれ、と言った感じで苦笑いしながら、道具箱を整頓する。
「私は人間ですから。お師匠様の様な特殊な存在じゃないのです」
「んふふ~。まぁ、確かにリィナにそれを言うのも酷だったかな。まぁ、でも」
そこで、レムは目を細め――まるで、暗がりで笑う賢者のように、
「いつか、『私を殺せる』くらいの武器を作って見せてねぇ」
それからの一日は、あっという間だ。
リィナは残って店番をし、レムは外へ出歩き、夜まで帰ってこない。
レムの仕事はいくつかある。騎士団、教会の様な大きな組織へ行って、取引の交渉をしてきたり。はたまた山奥へ行ったと思えば、魔物の鱗、金属といった武器精製の素材を拾ってきたりと様々だ。
リィナはずっと待ちぼうけ。店で依頼を受け付けたり、道行く人と世間話をしたりだ。つまり、留守番だ。
「ふぅ」
ことり、と陶器のカップを木のソーサーに置き、退屈そうに溜め息をつくリィナ。
彼女が飲んでいるのは、散歩がてらに拾ってくる薬草をいくつか混ぜて作った、特製の薬膳茶だ。色は紅茶のようだが、味は少し苦みが強い。こうしてお茶を嗜みながら午後を過ごすのは、リィナにとって至福の時だ。
武器職人というのは、傍目から見るよりもどっと体力を使う。集中力も、精神力もかなり要求される。こうした休息をとることは、職人を続けていくためにも不可欠なことだ。
レムのようにのんびりと生きているものなら、あるいは別かもしれないが。
「ほぅ……幸せです」
満足げにほほえんで、リィナは呟いた。心安らぐわずかな時間は、この午後しかない。
しかし、その至福の時間は、長くは続かないようだった。
「りーぃなっ!」
威勢の良い少女の声が、リィナの耳に飛び込んできたからだ。
「おや」
リィナは声の主を見上げ、彼女に微笑んだ。
「ハルカじゃないですか」
「にひひー。お待たせ」
ハルカと呼ばれた少女は、白い歯を見せて屈託なく笑った。
薄手の服に身を包んだ、背の高い少女だ。黒い髪を後頭部で結い上げ、両手・両足や肩、膝は銀光りする防具に包まれている。腰の両側にそれぞれ1本ずつ剣をさし、背中には身の丈ほどの槍を背負っている。
銀色の額当てに描かれている紋章が、彼女が『騎士団』の所属であることを物語っていた。
「う~ん」
ハルカは笑顔のままでむむむ、とリィナを観察し、
「いつもいつもリィナは暇そうだねぇ。あたしと代わってよ!」
「好きで暇じゃないのですよ? きちんと仕事をしているんですから」
「ふーん。まぁ、良いけどサ。リィナみたいに細っこい女の子は、そうしてお茶でも飲んでる方が似合ってるよ」
「ハルカみたいに元気な女の子は、そうしていつでも笑顔でいるのが似合ってますよ」
「へへへ。ありがとー」
ハルカとリィナはひとしきり笑ってから、やや表情を引き締める。
「依頼していた物を取りに来たんだけど」
「依頼……ああ、槍のことですね。少々お待ちを」
リィナはそそくさ、と立ち上がり、しばらくして20本の槍を台の上に置いた。
「こちらが依頼の品になります」
「ふんふむ。ありがとー、いつも悪いねぇ」
笑顔で頷くハルカ。
「リィナの作ったのは、とびきり評判が良いんだよー。クセがなくて使いやすいってさ」
「それは何よりです」
武器職人の作る武器には、それぞれ職人のクセが出る。
例えば、ある職人の作る武器は丈夫で壊れにくく、またある職人の武器は軽く扱いやすい、と言った差が出てくる。これは職人の扱う魔術の質によるものだ。人の指紋に違いがあるように、魔術にも違いがある。だから、例え同じものを作っても、それは異なるものに仕上がるのだ。
もちろん、そのクセは常に良い方向に転がるとは限らない。丈夫なぶん重量が偏っているだとか、軽いぶん壊れやすいだとか、利点と欠点を併せ持っているのが普通なのだ。
ところが、リィナの作るものはそのクセが極端に少ない。良質な武器、と言われるゆえんでもある。
「それにしても」
と、リィナが話を切り出すと、ハルカは勝手に台の上に座りこんで頷いた。
「何だい?」
「こんなに大量に槍が必要になるだなんて。騎士団の皆さんに、なにかあったのですか?」
「ん。まぁ、ちょっちね」
ハルカはまたにしし、と笑って、
「実は今度、ちょっとした遠征があってね」
「遠征?」
「うん。ここから東に行くと、深い森があるでしょ? 国境のあたり。あそこに最近、大量に魔物が出てくるらしくてさ。エルスに駐在してるあたしに白羽の矢が立ったってワケ」
「なるほど。騎士も楽じゃないのですね」
「ホントだよー」
ハルカの所属する『騎士団』は、王国に仕える、その名の通りの騎士の集まりだ。男女比はおよそ半々で、ハルカの様に女性の若い戦士も少なくはない。
騎士団は、万が一の戦争の際に戦力として駆り出されたり、時折出没する『魔物』と呼ばれる生物を討伐したりする。時にはこのように、規模はどうあれ遠征をおこない、大量に魔物を掃討することもある。
「その点、リィナはいいよねー」
騎士らしからぬ口調で、ハルカは言った。
「私と同い年なのに、こうも生きざまに違いがあるだなんて。隣の芝は――じゃないけど、ちょっぴり羨ましいよ」
「ふふっ、それこそハルカらしくないですよ?」
リィナは思わず、といった風に笑い、またお茶をすすった。
「私と違って、活動的に生きてるんですから。ただただ待ちぼうけているより、身体を動かしている方がハルカは好きでしょう? 十年来の付き合いの私が言うんですから、間違いありません」
「へへっ、バレバレだね」
ハルカは照れたように笑って、
「そうだね、確かにそうだ。あたしはジッとしてるの、好きじゃないもん」
「ええ、そうでしょう」
「まぁ、小さい頃から走り回ってたからねぇ。リィナがこの町に来たばっかりの時も、一緒に連れていってたっけなぁ」
「というより、ハルカに振り回されてただけでしたけどね」
「そりゃそーさ。振り回してたんだもん。でも」
ふん、と鼻を鳴らすような表情で、
「あの内気だったリィナも、気付けば18だもんねぇ。良い女だよ」
「ハルカこそ。あのイタズラっ子が、18歳で町を守る騎士様ですからね」
リィナも皮肉めいた言葉で言い返し、お茶をすする。
「素敵ですよ」
「リィナこそ。お互い、大きくなっちゃったね」
「そうですね……」
ほう、と溜息をつく18歳の少女がふたり。
町の時間は、静かに流れていく。人の流れは心地よく風に流れ、鳥の声もはっきりと聞こえるほどだ。
「うーん」
ハルカは大きく伸びをして、
「平和だねぇ」
「そうですねぇ」
その時、がろーん、がろーん、という鐘が町に鳴り響いた。
「おわ、いっけない!」
ハルカは慌てたように立ち上がり、
「すっかり忘れてたよー、早くこれ、持って帰らないと!」
青い20本の槍を両手で一息に抱え、ハルカは走り出す。
しかし、すぐに立ち止まって、振り向きざまに一言、
「お代、後で払うから!」
「はいはい。気をつけて帰ってくださいね」
「ありがとー!」
そして、20本の槍を抱えているとは思えない身軽さでハルカは駆けて行った。
「相変わらず、元気そうでなによりですね……」
その背中を見送りながら、リィナは笑う。
彼女はリィナがレムの元にやって来た時からの、一番の親友だ。お互いのことは、呼吸をするようによく分かる。
活動的だったハルカと、落ち着きのあるリィナ。正反対の性格だったふたりは、職業も正反対な物についた。
武器を作る職人と、武器を振るう騎士。
正反対だが、背中合わせの仕事だ。
「とはいっても……」
リィナは溜息をつく。
暇な事に変わりはないのだ。依頼が来るのをひたすら待つのは、何か一種の苦行のようにも感じられる。
時折、ハルカの様な顔見知りが話をしに来てくれるために、そこまで退屈を感じることはないのだが。
「はぁ……」
また溜息をつくリィナ。
今日も、そうして時間が過ぎて行った。何もない、平和な一日が。
○
日が沈んだ。
空には星が浮かび、月がそれを明るく照らしている。
町に浮かぶのは、家々に浮かぶ火の色ばかり。煌々と燃え続け、石造りの町並みを照らし出している。
「ふぅ」
リィナもそんな光の中で、閉店の支度をしていた。
燭台に灯る炎が、中を明るく照らす。床に置かれていた木箱の番号を確認して積み上げ、整頓する。
結局、今日はハルカ以外に客が来ることは無かった。そして、レムもまだ帰ってきていない。
「えと、これはこっちで……。んしょ」
ひとり、せっせと店内を片付けるリィナ。
そんな時、こつ、と台の上の何かが肘に当たる。
「あら」
手に取って確認してみると、それは今朝、リィナが作ったあの短剣だった。
「そういえば……受け取りに来ませんでしたね」
予約の表を見ると、確かに今日まで、と書かれている。
忘れてしまっているのだろうか、とリィナは考えた。依頼主は旅人である、とレムは言っていたし、旅の準備で手が回らなかったのかもしれない。
「一応、明日まで待ってみましょうか」
リィナは呟いて、それを積み上げてあった木箱の中にそっと置いた。
今までもこういうことは何度かあった。依頼を受け、その武器を作って待っていたら、その依頼主が忘れたまま町を出てしまった、と言うことが。
そうした場合は、その武器はそのまま売り物として店に置いておくことになる。この短剣も、そういった末路を辿るのだろうか。
などと考えながら、リィナは片付けを終え、暗い空を見上げる。
今日は雲も無く、きれいな星空を臨むことができた。三日月が輝き、濃紺を明るく照らしている。
「……」
リィナは少しそれを見上げて、しばし言葉を失った。
ひゅう、と夜風が町を抜けていく。炎がはらはら、と揺らめいて、また静かになる。
夜の町は静寂に包まれている。道を歩く人は殆んどおらず、炎が灯っていなければまるで廃墟のように思われるかもしれない。
レムは、こういった静かなところがこの町のいい所だと言っていたことをリィナは思い出していた。確かに、賑やかな都市よりもこうした町の方が、リィナが暮らす上では性に合っているかもしれない。
ふわぁ、とあくびがこぼれる。
三日月はもう、大分高く上がっている。大分夜は遅いようだ。
「それにしても、お師匠様は遅いですね……」
レムの帰りが遅くなることは決して珍しくはない。だが、彼女が帰ってくるまで起きて待っているのが、留守番役であり弟子でもあるリィナの役目だ。
「そうだ。お茶でも飲んで、眠気覚ましにしちゃいましょう」
ぱん、と手を合わせて笑顔で立ち上がる。
「ふふっ、本当にお茶は凄いです。万能です」
眠気もどこへやら、途端に上機嫌になりリィナは奥へ行こうとする。
「すみません」
「?」
と、突然背後から呼ぶ声がした。
リィナは立ち止まり、ばっと振り返る。
そこには、頭の先からくるぶしまで、すっぽりと黒い外套に覆われた何者かが立っていた。顔はフードに隠され、男か女かも区別できない。
「……どちらさまでしょうか?」
訝しげにそう尋ねると、外套から「ああ」と気付いたような声がした。やや高いが、男性の声だ。
「ごめんなさい。怪しい者ではないです、ちょっと人探しをしていて」
「人探し、ですか?」
「はい」
短く頷いて、彼はリィナに尋ねた。
「この辺りに、ご高名な武器職人の女性がいると聞いて。ご存じ、ないでしょうか?」
「……」
リィナは少し、判断に迷うように押し黙った。
このエルスの町の近辺で、高名な職人の女性と言ったら、十中八九レムのことだろう。しかし、目の前の素性が分からないこの男には、なんだか素直に教えてはいけないような気がしたのだ。
「あの……」
そこで、リィナは真っ直ぐに彼を見据え、
「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」
「ん。これは失礼」
そう言って、男はあっさりとローブを外し、その顔を見せた。
黒髪と白い肌。前髪は赤い髪止めの様なもので、簡単にまとめられている。
やや吊り気味の目の中に、夜の中でも映える紅の瞳がのぞいている。
女性だ、と言われても通用するような――ぞっとするほどの、美しい青年だった。
「僕の名はロロ」
彼はうっすらと笑顔を浮かべながら、そう自己紹介した。
「東のほうから、国境を越えて旅をしてきました。この町にいるという、武器職人の女性を探してね」
「は、はぁ」
気圧されるように、リィナは頷いてしまう。それほどまでに、有無を言わせぬような芯のある声。
「おししょ――いえ、レムはこちらにおります。きっと、貴方が探しているのは、その人かと……」
だから、リィナは自然と答えてしまっていた。
すると、ロロという青年は目を丸くして、
「そうなんですか? では、貴女は……?」
「えと……」
もご、と言葉に詰まってから、
「私は、リィナと言います。レムの元で職人の修業をしている身です」
「そうだったんですか」
「はい、そうだったんです」
「では、貴女も武器職人を?」
笑顔で尋ねるロロに、リィナも自然と笑顔になるような気がした。
「はい、まだまだ駆け出しの身ですが」
「へぇ。まだお若いでしょうに、素敵ですね」
「あ、ありがとうございます……」
面と向かって仕事を褒められるのは、いつになっても恥ずかしいものだ。リィナも顔を赤らめ、思わず俯いてしまう。
しかし、ロロはそれを見て更に楽しそうに笑うのだった。
「と、ところで」
リィナは恥ずかしさをごまかすように、強引に話を切り出した。
「お師匠様に、何の御用でしょうか? 今は不在ですが、もしよければ私から用件を伝えておきますが」
「本当ですか? 助かります」
目を細めて笑うロロに、リィナは一瞬見入ってしまった。
だが、次の瞬間には、ロロは唇を結び、真剣な表情になって、その言葉を切り出した。
「実は、ある物を探しているんです。その手掛かりを探すために、職人の――レムさんの知識をお借りしたく」
「ある物?」
「はい、貴女たち武器職人は、最もその知識に精通していると聞いたものですから」
リィナは首をかしげるばかり。
「それは、いったい……?」
「ええ」
ロロは一呼吸置いて、その言葉を口にした。
「『魔武器』という物を、ご存知ですか?」
リィナは目を見開き、息をのんだ。
「魔武器、というと……」
「ご存知ですよね?」
ロロはごくごくうっすらと、笑った。
リィナは一瞬で理解する。勤勉な武器職人の少女は、旅の青年と取って変わったように真剣な表情になった。
ロロの紅い瞳を見つめる。
「……よろしければ、上がっていってくださいな」
「いいのですか?」
はい、とリィナがしっかり頷く。
「立ち話には適さないでしょう。長く、込み入った話になるかと思いますから」
職人としての表情で、そう言い放った。




