第四章-③
「ちょっと場所を移そうか」
というレムの言葉で、リィナとロロ、レムは地下室へと降りることになった。
レムが燭台を抱え、揺れる蝋燭の火を頼りに地下へと降りて行く。リィナとロロがそれに続く形で、レムの背を追う。
「私達で、竜を倒す……ですか?」
「んむ。現状で起こっている出来ごとを総合的にひっくるめて、最善の策だと思うよぉ」
「けれど……」
リィナは未だに、レムの言いたい事が分からずにいた。
確かに、竜が現れ、ほぼ同じ時に『竜殺し』の伝承を手に入れたことは偶然としても都合のいい展開である気がする。
「だからと言って、私達が戦う理由にはならない気がしますが……」
「ん~」
レムは歯切れ悪そうに、
「まぁ、ゆっくり説明してあげるから心配しなさんな。良い子のリィナだもの、分かってくれるよね?」
しかし、灯りに照らされた顔は、いつも通りの笑顔だった。
「…………」
どことなく引っかかる所はあるものの、そう言われてはリィナもいよいよ黙るしかない。
「ロロさん……」
ふと、自分の少し後ろを歩くロロの様子をうかがう。
彼もまた、真剣そうに笑顔を消して、一歩一歩をしっかりと踏み締めるように階段を下りていた。
「リィナさん。とりあえず、レムさんの話を聞いてから考えましょう」
ロロの紅い目は、頼りない灯りすらない闇でも、はっきりと見て取れた。それをすぅ、と細めながら、
「結構な大事みたいですからね。……ハハ、こう見えて、僕もそれなりに混乱してるんですよ?」
「そうは、見えないですけどね」
冗談めかしたロロの言葉に、リィナも少しだけホッとしたように気が楽になるのを感じた。
○
地下室で燭台に火を灯し終えたレムが、隅に積んであった木箱を三つ引っ張り出し、自分はその内の一つにひょいっと腰掛ける。
リィナとロロもそれにならい、木箱に並んで座った。
「さて、話の説明をするけどねぇ」
レムはのんびりと、口を開いた。
「リィナとロロくんに、『ルーツ』を見つけてもらい、それで竜を倒す――っていうことだねぇ。とりあえず、私の言う事を聞いて欲しいんだけど……」
二人はうん、と静かに頷いた。レムはそれを確かめて、
「まず、正確には『二人に』倒してもらう訳じゃあない。具体的には二人に、それぞれ別の役割を担ってもらうよぉ」
「別の役割?」
「そう。リィナはリィナにしか出来ない事、ロロくんにはロロくんにしか出来ない事をやってもらう、ってことさぁ」
地下室のひんやりとした空気が、やけにリィナの肌に触った。ごくり、と唾を飲み込む。
「リィナ。君には魔武器の『修復』と、それから『精錬』をやってもらいたい」
「修復……精錬?」
どちらも、リィナには聞き覚えのある言葉だ。武器職人なら、知っていて当然の言葉でもあるかもしれない。
修復、とはその字のごとく、壊れたり欠損している武器を元通りの形に戻すことだ。時には別の金属をあてがったり、元の素材を引き伸ばしたり、手法こそ様々あれ、リィナ自身も何度もこなしてきた行程でもある。
精錬は武器から不純物を取り除き、より純度の高い武器に鍛え上げること。金属の精錬とほぼ同じ意味だが、武器の精錬と金属のそれとは意味合いが大きく異なる。
武器職人の鍛える武器には魔術を用いた加工を施したり、持ち主の身体の一部分を使ってより親和性を高めたりする。そうした行程で不純物が混じっているのとそうでないのとでは、魔術の入り具合が全く異なるのである。純粋な素材ほど、魔術は上手く作用し、多大な効果を期待できるのだ。
それを、リィナは魔武器を相手にやれ、と言われているのである。
つまり、端的に言えば、
「魔武器を打ち直せ、と……そう言うことですか?」
「そう」
レムは短く答えた。
「いくら超自然的な力を秘めた魔武器とは言え、流石に年月が立ち過ぎている気がするよぉ。当然、武器としての本来の力は失われているかもしれない。それを、リィナが元に戻してあげるのだぁ」
「だぁ、って……」
聞いているだけで遠大で、そして想像もつかないような話だ。
相手は、神話の一節を担う魔武器。かたやそれを直すのが、一介の武器職人の弟子である。
「お師匠様が打ち直すことはできないんですか?」
「ほほ~う、弟子よ。私に死ねと言うのかい?『竜殺し』の魔剣なんて、私が触ったらどうなると思ってるのさ」
「う……」
「大丈夫、リィナは出来る子だよぉ。私と一緒に、10年間も武器を打ってきたんだ。きっと、上手くいくよ」
そう言うレムの顔は、ゆったりとして、確信に満ちたような期待の目。
リィナは煮え切らない気持ちでいたが、
「……でも、魔武器を打ち直すなんて」
それを楽しみに思うような好奇心も、少しだけ、残っていた。
「なかなか――いえ、一生に一度あるかないかの機会ですね」
「そうでしょ~? そう思うならやってみなさいっ」
えへん、と胸を張られるので、リィナもむぅ、と唇を尖らせる。
「なんだか、上手く丸めこまれてしまったような気がします」
好奇心に任せて欲を出すと失敗するのは、世の常である。
しかし、リィナの様に魔術に関わる人間にとっては、好奇心が無ければやっていけないような部分はある。魔術は天使が人間に授けた、万能の力だ。使い方次第でどうとでもなる。欲とはつまり、発想力。
「……分かりました。なんとかやってみましょう」
「うむ。詳しい手順なんかは、出発前に渡しておくからねぇ」
「はい」
声色がいつもより険しくなってしまうのは、目の前にある問題に対する恐怖からか。
それでも、リィナはしっかりと頷いた。
「……では、僕は何をすればいいのでしょうか?」
「うん。ロロくんが実は一番重要で、危険な仕事になるんだけど」
ロロの真剣さに同調するように、レムの態度も固くなっていく。
「ロロくんには、リィナが打ち直したルーツを以て、竜を実際に倒してもらうよぉ」
「……」
リィナはちら、とロロの様子を横目でうかがった。
ロロはじぃ、と真剣な眼差しで話の続きを促すように押し黙っている。
リィナ自身、想像していた事ではあった。超自然的な力を持つ魔武器も、あくまで『武器』。つまり、振るう人物がいないと力を発揮しない。
それを、ロロに任せようと言うのだ。
「これは実際に適材適所の問題。リィナに武器を持たせて戦わせるのは、ロロくんのそれ以上に危険だしね。それに、リィナには戦う力が無いぶん、ロロくんにそれを守ってもらわないといけない」
「まるで物語の王子様みたいですね」
「ふふ、それだけ軽口を叩ければ充分だと思うよぉ」
笑いあう二人。
リィナはそんな様子を、不安そうな眼差しで見ていた。それを察したらしいロロが目を細めて笑う。
心配無用、と指を立て、
「伊達に長く旅をしていませんからね。戦いとまでは行かなくても、多少の心得はあります」
「ですが……」
「不安になるのも分かるけどねぇ、リィナ」
いひひ、と何故かイタズラを成功させた子供のように笑いながらレムが告げる。
「少なくとも、ロロくんの身に関してはリィナが案じる事は無いよ」
「え? それは……」
どういう意味ですか、という言葉を遮るように。
「ロロくんと過ごした時間はリィナより長いから。本を読んだりしながら、いろんな話を聞いたし、知ったよ。その私が言うんだから――リィナは何も心配しなくていい。そこは信じて」
「…………?」
リィナは首をかしげるばかり。
「レムさんの言う通りです。心配は無用ですよ、リィナさん」
ロロはそう言って、いつも通りにゆったりと微笑んだ。
「僕の事は大丈夫ですよ。きっと成功させてみせます」
「むぅ……」
ロロまでそう言うので、リィナはいよいよ追い詰められるように押し黙ってしまった。
しかし、よく考えてみればその通りでもある。ロロ以外には、適任がいない。
リィナには剣で戦う技術が無い。レムは『竜』であるがゆえに、ルーツに触れることすらできないという。
こうまでなっては、悩む余地は無い。
「と言う訳で、任せたよぉ、ロロくん」
「はい」
笑顔のままでしっかりと頷いたロロの眼差しが、少しだけ光った。
リィナは相変わらず、どこか腑に落ちないながらも、
「……むぅ」
小さく溜息をついて、自分を納得させた。気持ちはどうであれ、理屈は通っているのだ。これ以上悩んでも仕方がないということくらいは、心得ているつもりだった。
「よしっ、じゃあ話もまとまったところで!」
大きく声を張り上げると、狭い地下室ではよく反響する。レムはひょいっ、と座っていた木箱から飛び降りて、蓋を開けた。
中には鏡のように磨かれた銀色の金属板が詰まっている。形はどれも長方形だが、大きさはまちまちだ。
レムは続けざまにロロとリィナを木箱から降ろし、中に入っていたものを取り出していく。
一方には鈍くくすんだ蒼の金属板。もう一方には、白く流線形を描いた硬質のなにかが入っていた。
「これは?」
「ん~、それはオオカミの牙。どんな武器や魔術にも整合する、良い素材になるのだよぉ」
レムは弟子に教えながら、懐から取り出した白い棒で床にすらすら、と魔法陣を書き記していく。リィナのそれとは違い、殆んど殴り書きの様な丸みを帯びた図形に仕上がっていく。それでいて、恐ろしい速度で記していくのだ。
「うわ……」
リィナは目を見開いて、その様子を見ていた。自分とは比べ物にならない程早く、それでいてかなり複雑に絡まるそれは、よほど熟練した武器職人でないと扱えないような強力な陣になっている。
魔法陣は武器を組み立てる設計図になると同時に、魔力をくべる炉の様なものだ。設計図が複雑になればなるほど武器を作るのは難しく、炉の構造が難解であるほど熱は起きにくい。
「さすがは、お師匠様です」
「まだまだ若い弟子には負けてられないよぉ~」
歌うように、続きを記していく。
「これが、武器職人の仕事……」
ロロはリィナの隣に立ち、溜息をついた。
「実際に見るのは、初めてです」
「あんまり見てても楽しいものじゃないけどねぇ……ほいっ」
独り言に答える余裕を見せながら、レムは魔法陣を書き終わる。文字も図形も、リィナのそれよりずっと難解で、複雑だ。
そして、レムは木箱から銀の金属、蒼い金属、オオカミの牙とを適当に取り出して、まるでいらなくなった本をそうするように陣の中心に投げ込んでいく。
ガランガラン! ゴンゴン! 石の床と金属がぶつかる音は中々に不快感をあおり、リィナとロロはそろって眉をしかめた。
「よ~っし、上手にでっきるっかな~っと! えい!」
最後にレムはそう言って、手を陣の上に置き、力を込めた。
――レムの小さい身体から、魔力の光が溢れだす。
ともすればそれは、青い炎を纏っているよう。魔力が強大すぎて、光を放出するほどになっているのだ。狭く薄暗い地下室は一瞬で白く染まり、燭台の頼りない炎が霞む。
青白く輝く身体から、手の先を通じて流れ込んだ魔力を受けて、陣が一斉に起動する。
金属と牙とが混じり合い、歪み、伸ばされ、形を変えてゆく。
「っ……!」
リィナは目を開けているだけで精一杯だった。光の眩さと、魔力の圧が大きすぎるのだ。思わずよろけて倒れこみそうになった所を、ロロに支えられる。
どれだけその時間は続いたか。
光が収斂し、地下室が元の状態に戻った時には、
「ふぅ~……まぁ、こんなもんかなぁ」
レムがそう言って、何事も無かったかのように立ち上がる。
「お、お師匠様……久々に、全力でしたね」
「ん~、そうだねぇ。今回は頑張っちゃったよ」
「す、凄い光でした……」
ロロまで圧倒されて、声が震えている。
レムはそんな二人の様子を満足げに眺めながら、
「さ、ロロくん。まず、これは私からの支給品だよぉ~」
と、自ら鍛え上げた『それ』を、ロロに差し出す。
銀色に光るそれは、『盾』。
「これは……」
ロロは受け取りながら、それをまじまじと眺める。
縦の大きさは、ロロの足先から胸の辺りまで。横幅は人ひとりが収まるくらいで、表面には縦に三本の牙の様な意匠があしらわれている。
レムはうんうん、とロロが持つ盾の様子を見て、ますます満足げ。
「とりあえず、出来る限りの強度と防御用の魔術を組み込んでみたよぉ。『竜』の攻撃くらいなら簡単に防げると思うから、それを使って身を守りなさいな」
「は、はい。ありがとうございます」
あわてて頭を下げるロロに、レムは少し厳しい口調で、
「一応言っておくけれど、君が守るのは自分だけじゃないからねぇ? リィナの事も、きちんと守ってあげるんだ」
「重々、承知の上です。お任せください」
ロロはそう言って、強く頷いた。
「リィナさんには、傷一つ付けさせませんから」
「ひゅう、カッコいいねぇ。その意気で頼むよぉ。……あ、それとリィナ」
「は、はいっ」
突然話を振られて、リィナはびくり、身体をすくめてしまう。
レムはそんな事はお構いなしに、リィナに歩み寄ってきて、懐から何かを取り出した。
「はい、リィナにはこれをしんぜよう」
「……?」
レムがよこしたのは、鈍く黒光りする正方形の金属板だった。
全部で12枚。手のひらに収まるほどの大きさと厚さで、それぞれに魔法陣が刻み込まれている。
「それは、即席の防御兵装だよぉ。私が作った『盾』程じゃないけど、身を守るくらいはしてくれるはずさぁ。普段、武器を錬るみたいに魔法陣に魔力を流しこむと起動するしくみになってるから、いざという時に使いなさい」
「あ、ありがとうございます……」
「それと、これもついでに持っていきなさい」
レムはもうひとつ、リィナにあるものを手渡した。それは、リィナにとっては、よく見覚えのある物。
「これは……私が作った短剣ですか」
それは、リィナが旅人の為に作ったはずの、『火竜』の力が込められた短剣。青い金属の鞘に収まって、封じ込められているような状態だ。
「まだ店に残ってたんですね。受取人は来なかったんですか?」
「う~ん、今のところは来てないねぇ。まだお店の物ってことにして、持っていきなさい。自分で作った武器だし、信用は置けるでしょ?」
「はぁ」
曖昧に頷いて、リィナはそれを受けとるが、しかしその手触りはなんとも言い難いものがあった。
リィナはしがない武器職人である。幼いころから学問に触れ、魔術の修練をして過ごしてきた。つまり、短剣なんかを手にしても上手に扱う自信はこれっぽっちも無いのである。
「けれど、無いよりはあった方がいいでしょうか」
そう頷いて、鞘に刀身がしっかり収まっている事を何度か確認しながら、リィナはそっとそれを懐にしまいこんだ。
「二人には危ない役を担ってもらうからねぇ。私も、出来る限りの事はやったつもりだよぉ」
レムはそう言って、えっへん、と自信たっぷりに胸を張る。見た目はリィナより幼くても、そこには何百年と生きた『竜』としての、そして熟練した武器職人としての、確かな自信があった。
弟子としては、これ以上に心強い味方も無い。
「……なんとか、頑張ります」
「うむ」
レムは頷いて、ロロに向き直る。
「ロロくんも。重ねて言うけれど、可愛い弟子をよろしくね」
「はい」
ロロもまた、しっかりと頷いた。それから改めて唇をきっ、と引き絞り、
「出発は日付が変わる頃にね。それまでに私の方で、目的地までの地図だとか、ルーツを打ち直す手順までは用意してあげるよ」
「日付が変わる頃、ですか?」
リィナは目を丸くする。
「夜に暗い中で出歩くとなると、危険ではないでしょうか」
「ううん? その辺は大丈夫、今夜は満月じゃないけれど月は明るいだろうしね。それに」
レムはそこでふふん、と猫のように笑って、
「ロロくんも一緒なら、そっちの方が都合がいいと思うしねぇ」
○
「お師匠様の言いたい事が何なのか、私にはわかりません」
すっかり日も暮れ、にわかに町は賑わっているころ。店の中に戻ったリィナは、茶を両手に持って呟いた。心もち不機嫌そうに、目は伏せがちである。
そのレムはというと、奥の部屋で作業をする、とこもりきりである。二人はそれを待って、出発する予定でいる。
「ロロさんはどう思いますか?」
「うぅん……僕からは、何とも言えません」
ロロはリィナの正面に座って、同じ茶を飲んでいる。眠気を覚ますような効用のある、少しきつい味の薬草を使った茶である。
「嘘です。ロロさんの事を、お師匠様はきっと私より知っています。……ロロさんも私に、何かを隠しているんじゃないですか?」
「…………」
ロロは目を細めて、笑うような表情を作る。
遠くから、わっと人の騒ぐような声が聞こえてきた。酒場では騎士団の凱旋祝いがちょうど盛り上がるころだろうか。
「どうなんですか」
リィナは真っ直ぐに、疑問をぶつけていく。
「お師匠様の口ぶりは、まるでロロさんが特別な人であるかのようでした。だって、普通の人にいきなり竜を倒せだなんて、いくらなんでも無謀すぎです。それが夕方、騎士団が何人束になっても無駄だと言っていたお師匠様ならなおさらです」
「…………」
「失礼は承知の上です。それでも、ロロさん――」
リィナはそれまでにないほど、しっかりとロロを見据えた。
「――貴方はいったい、何者なんですか」
「……そうですね」
ロロは茶をすすってから、うん、と頷いて口を開いた。
「リィナさんの言う通り……僕は、普通の人とは違う存在です。そうじゃなかったら、レムさんにあんな風に危険な事を頼まれたりもしないし、それを分かっていなかったら僕だって引き下がっています」
ゆっくりと、よどみない口調は穏やかで、リィナの心を自然と落ち着かせていくようだった。
「何より、僕が普通の人だったら――わざわざ長い旅をしてまで、魔武器なんて言う物を探したりしないでしょう。そうは思いませんか?」
「……茶化すのはやめてください」
「茶化してる訳じゃありません。リィナさんのお茶を飲みながら、そんな事は罰あたりです。僕なんかの言葉は、お茶に置き換えられるほど高尚じゃありませんから」
あくまで冗談を貫くロロだったが、不思議とリィナは怒りだとかは沸いてこなかった。
ただ、ひたすら、目の前の紅い目の青年に見入っていた。初めて会った時のように、底が見えない彼に。
「ロロさんって、やっぱり不思議です」
「不思議ですか」
「なんだか、ロロさんに触れれば触れるほど、話せば話すほど……ロロさんが、分からなくなっていきます。読んだら読んだだけ不可解になっていく物語みたいです」
「ふふ、その認識は間違ってないと思いますよ」
「?」
リィナが聞き返そうとした時に、
「すぐに、分かります」
ロロはそう言って、遮った。
「口で説明するよりも、実際に僕がどういうモノなのかはずっと分かりやすいです」
「…………」
「だから、もうちょっと――もうちょっと待ってください」
いつになく真剣な眼差しでそう言って、茶をずずず、とすすった。
リィナはむすっ、と溜息をついて、ずずず、と茶をすする。
「ロロさんはやっぱり、意地の悪い方です」
「よく言われます。すみません」
「謝るくらいなら、それを直してくれればいいのに……」
呟いたリィナに、ロロはくす、と小さく笑った。
「ロロさんは、優しいけど、意地が悪くて、料理が上手いのに、隠し事ばかりして……」
「はははははっ。僕ってめちゃくちゃですね。なるほど」
リィナは驚いてロロを見た。こんなに大笑いするロロは、はじめて見た。
「な~るほど、ラギィナ達が言った通りだ。僕って、やっぱり良く分からないんですね」
「らぎぃ……な?」
「ラギィナは、僕の友人の名前です。僕に魔武器を探して来いといった張本人ですよ」
ロロはにこやかに語り始めた。
「どんな方なのですか?」
「凄いやつですよ。毎日毎日やたらと元気で、お酒が大好きで、それでもしっかり者で……僕達はラギィナに自然と惹かれて集まったような仲間でしたから」
「ふむ……」
「今でも、僕たちはラギィナの事が大好きです。彼女の頼みごととあらば、とても『断れない』ですね」
僕たちの中心ですから、とロロは付け加えた。
「ラギィナさん、ですか……」
「今でも、どこかをふらふらと旅しているんじゃないでしょうか。その内に会えるかもしれませんね、ひょっとしたら」
ロロはうきうき、と今度は子供のように楽しそうな表情になる。
リィナはますます、目を丸くする。ロロの事は、いつまでたっても分かりそうにない。
「一生かかっても、ロロさんの事を分かる日は来なさそうです」
「どうでしょうか。他人ほど、見やすいものはないと言いますからね。むしろ」
冷めてきたのだろうか、ロロは茶を一気に煽って空にした。
「自分自身を見つめることほど、難しい事はありません」
「自分自身……」
「リィナさんだって、自分がどういう人間なのかは、完全に理解できている訳ではないでしょう? それと同じです。きっと僕がどういう人なのかは、僕が説明するより、リィナさんが見て、聞いて……その方が、より本当の僕なのかもしれません」
優しく微笑むロロに、リィナは冷めかけたぬるい茶をそっと口に含んで、
「……やっぱり、ロロさんは不思議な人です」
と、一言だけ。
「不思議だけど、優しい人ですね」
「そうだと、嬉しいです」
それからしばらくして、レムが部屋からはたはた、と駆けてくるころには、ちょうど話も盛り上がりを過ぎて、夜も更けたころだった。町の喧騒はすっかり消え、静寂に包まれている。
「お待たせ~。ちょっと手間がかかっちゃったけど、はいコレ」
レムは手に二枚の紙を持っており、ひとつはロロに、もうひとつはリィナに手渡した。
リィナの受け取ったそれには、文字と一緒に、複雑な図形が描かれていた。それは、武器を作ろうとする際の魔法陣にそっくりだった。
「きっと、ルーツの本体はその土地に残っているはずだからね。それを陣に置いて、手順どおりに魔力を込めていけば、本来の力が戻ると思うよぉ」
「分かりました」
うなずいて、リィナは紙を懐にしまいこむ。
「ロロくんは、その地図に記された所に向かってねぇ。文献通りなら、そこにルーツがあるはずだ。そして――竜も、近くにいると思うよぉ」
「はい」
短く告げて、ロロはリィナがそうしたように紙を懐にしまう。
「さて、それじゃあ私の役目はここまでかなぁ」
レムはホッとしたように椅子にもたれ込み、それと同時にロロとリィナの緊張は高まる。
「二人とも……無事で帰ってくるんだよ」
レムは最後にそう告げて、一瞬だけ、不安そうに二人を見た。
「リィナさん、行きましょう」
ロロが外套のフードを被りながら、店を出ようとレムに背を向ける。
「お師匠様、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけるのだよ、我が弟子よ~」
ひらひら、ゆらゆら、手を振ってレムは二人を見送った。
○
外はすっかり暗いが、月と星のためか、辺りは不思議と見渡すことが出来る。
「散歩の時を思い出しますね」
リィナは店の前で夜空を見上げながら、ふと呟いた。
ロロは背中にレムの作った盾を背負い、そうですね、と短く呟いた。
「少し歩きましょう。町の出口はこっちです」
「助かります」
リィナとロロは肩を並べて、また夜の町を歩きだした。
静かで、足音まで反響して聞こえてきそうなほど。ただし前回とは違い、リィナの懐からはからから、と金属板のぶつかる音がする。
「そう言えば、リィナさん」
歩きながら、ロロはリィナを真っ直ぐに見た。
「あの時、リィナさんは絵本の話をしてくれましたよね」
「絵本? ……ああ、はい。天使の話ですね」
リィナは夜空を見上げて、はぁ、と溜息をついた。
「小さい頃の話ですよ。今さら聞いても、あんまり面白くありません」
「そうでしょうか? 僕は結構、興味深い話だと思いましたが」
ロロはリィナより、頭ひとつ分ほど背が高い。なので、目を合わせるとリィナはロロを見上げる形になる。
なので、リィナは前を見ながら言った。
「私はロロさんの小さいころも気になります」
「僕の?」
「ええ。どんな風に育ってきたのか、両親はどんな方なのか、どうしてラギィナさんという方と出会ったのか……それが分かれば、ロロさん自身の事も少しわかるかもしれないです」
「う~ん、それはどうでしょう」
ロロは肩をすくめて、
「僕の昔話なんて、聞いていて面白いものじゃありませんからね」
「ふふっ」
小さく吹き出して、リィナは頷いた。
しばらく途切れ途切れに言葉を交わしながら、二人は町を進んでいく。
石畳の道を挟むように家々が立ち並び、時折、中から声が聞こえてくるような事もある。子供の泣き声だとか笑い声、あるいは口喧嘩のような言い争い。
それらを薄く聞きながら、やがてリィナとロロは町の出口へとやってきた。
「ここから東の方へ出られます」
「ふむ」
木で作られた古い門を前にして、立ち止まる。
大きな町では、こういう場所には騎士団や商会による検問が敷かれて、手持ちの品を厳しく検査されたりする事もある。そういう場合には近くに寝泊まりが出来たり遠くを見渡せたりする塔があったりする。
しかしエルスの町はひどく小さいためか、はたまた町の気風のためか、検問であったり見張り台であったりは存在していない。ただ、木の門がそびえているだけだ。
門の向こうには、広い草原が遠く広がっている。ここから東はずっと草原が続いてから、森があるだけだ。道中に小さな村々はあれど、おおむね、何もない。
リィナは気が遠くなるような旅路を予見して、肩を落とした。
レムの言うとおり、確かに月は明るく光っていて、こうして道を見渡せる。しかし、道の長さだけはどうしようもない。
「ロロさん……」
リィナはロロを見上げる。ロロはすぅ、と目を細めて、遠く遠くを見ているようだった。
溜息をつく。
「どうしましょう」
「歩いていくには、遠すぎるようですね」
ロロはそこで、夜空を見上げてから――
フフ、と笑った。
「リィナさん、ちょっと失礼します」
「えっ? それはどん――うおわ!?」
一瞬。一瞬のうちに、リィナの天地がひっくりかえっていた。
意識が一瞬戻った時、リィナの目の前には広い星空が広がっている。視界の端には月が見える。
転んだのか、と思ったが、それにしては身体のどこにも痛みも無い。まるで宙に浮いているような感覚だ。
「ろ、ロロさん?」
状況を飲み込めず、妙な声を出してしまう。
「ごめんなさい、こっちの方が都合がいいもので」
ロロが答える声は、リィナの頭上から聞こえてきた。
「どこですか? ロロさん、どこですかっ?」
「落ち着いてください。僕はここですって」
苦笑しながらロロがそう答えるので、リィナも少し落ち着いて視線を巡らす。
横になっている自分の身体。頭上から聞こえてくるロロの声。そこまで確かめて、リィナは自分の背中と足が、何かひんやりとしたものに支えられている事に気が付いた。
「う、うわわわわ……」
ようやく状況を理解した。
リィナは今、ロロの両手に抱えられている。
「ろ、ロロさん! 何をしてるんですか……」
顔を真っ赤にしながら、リィナが手をばたばたとさせていると、ロロは落ち着いて言った。
「答え合わせですよ」
「答え……?」
「僕が、何者であるか」
しっかり掴まっていてください。
短く告げて、ロロは、とん、と軽く地面を蹴った。
――それだけで、リィナは全てを理解した。
初めて会った時から感じていた、ロロの不思議な雰囲気も。
レムが、やたらとロロの事を持ち上げるように話すのも。
そして、ロロが一体、どういう存在なのかも。
「すご、い……」
リィナは――空を飛んでいた。
正確には、リィナを抱えているロロが、飛んでいた。
軽く地面を蹴る、それだけでふわりと宙に浮かび、鳥のように空を滑る。
星が近い。手を伸ばせば掴めそうなほど、リィナ達は高く飛んでいた。
「驚きましたか?」
ロロは微笑んだ。
「この調子なら、明け方には到着するでしょう。ずっと東に進んでいくだけですからね。それより――」
夜風を顔に受けながら、リィナはロロの言葉をぼんやり、と聞き流していた。
抱えられているのでリィナは下を見れない。夜空に浮かぶ星だけが、ひたすら流れていく。首を回してふと前を見れば、風を切るような速さで景色は後ろへ流れて行った。
「どうでしょう、リィナさん」
ロロの言葉に見上げてみると、紅い目がこちらに笑いかけていた。
「小さいころの夢が、叶ったならいいんですが」
「……それじゃ」
声が小さくなるのは、恐怖か、驚きか。
ロロの答えは、短く、簡単に。
「僕は、『天使』です。『月』の天使・ロロ」
――こんな物語があるんです。
――両親と死に別れて、ひとりで大きな屋敷に取り残された小さな女の子が窓から星空を眺めていると……。
――空から天使が降りてきて、その女の子を空の上まで連れて行ってくれるんです。
「さ、急ぎましょうか」
ロロは空中に浮いているだけなのに、足を動かす事も無く、速度を上げた。
「落ちると危ないです。掴まって」
「は、はいっ」
リィナは何を言うでもなく、何を考えるでもなく、ただロロの首の後ろに手を回して必死にしがみついた。
手がひんやりと冷たい。
「ろ、ロロさん」
「どうしました?」
「天使……って、神話に出てくる、あの天使ですか?」
「はい」
ようやく絞り出した単純な質問にも、ロロはいつも通りの笑顔で、にこやかに答える。
「ただリィナさんの絵本のように、空の上まで……とは行きませんが」
「ふわ……」
欠伸のように、リィナは息を吐いた。
ひどく近くに見える星空は、いつもよりもずっとずっと、輝いて見えた。




