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武器職人と、神話の月  作者: 王生らてぃ
第一章「武器職人と、神話の月」
11/23

間章

 鳥が鳴き始めるよりも少し早い、まだ外が薄暗いころの朝。

「くー……くー……」

 食卓の上に突っ伏しているリィナの姿があった。

 両手を真っ直ぐ前に伸ばし、その手には分厚い表紙の本を広げて持ち、しかし顔は机に突っ伏しているという体勢である。妙な格好で寝ているせいで、寝息が笛の音のように変な響きを鳴らしている。

「くー……くー……」

 だらりと垂れた金髪が、なんとも力無い。リィナはとにかく、眠りこけていたのである。

 昨晩、ロロと共に町をふらついてから、直接宿に戻るというロロと別れて一人で店へと戻ってきた。

 眠気覚ましとしての効果は上々。リィナはよしっ、と一人意気込み、

「ちょっと夜更かしして、頑張ってみましょう」

 などとおもむろに本を取り出し、ひとり読みふけりなどして見たのである。

「ロロさんの為にも、私も頑張らないといけませんっ」


「くー……」

 ――結果、溜まった疲労にあらがえるわけも無く、こうして睡魔に屈しているのであった。


  ○


「た~だいまぁ~……っておう!?」

 それからしばらく経って、朝の鐘が町に鳴り響いた頃。

 店の中に入ってきたレムが目にしたものが、それだった。だらりと垂れた金髪。もはや喜劇のような体勢。普段のリィナを知る者から見れば、なおさら衝撃的な光景だった。

「り、リィナ……だよねぇ?」

 恐る恐る近付きながら声をかけるも、

「くー……くー……」

 規則的な寝息が聞こえてくるだけ。

 レムはしばらく立ち尽くして、それからやれやれ、と溜息をついた。

「お疲れ様だねぇ、リィナ」

 背中に背負ったカゴをどさっ、と床に下ろす。中には生き物の鱗や赤、青、緑と様々な色の鉱石、青々としたみずみずしい山菜などが大量に入っている。

「今日一日くらい、休ませてあげようかな?」

 呟きながら、レムはむふふ、とまた笑った。

「リィナに身体を壊されちゃ、私も困るからねぇ」


「おはようございます」

 しばらくしてロロがやってくると、まず机の上のリィナを見て、

「おわっ。……リィナさん、ですか?」

「んむ~、相当お疲れの様子だねぇ」

 レムはのんびり、と本を読みながら答えた。

「ロロくん、さては昨夜リィナに結構働かせちゃったのかな~?」

「う~ん……どうでしょう。ひょっとして、夜の散歩がいけなかったかな……」

「散歩?」

「はい、ちょっと眠気覚ましにと思って、町をふらついてみたんです」

 逆効果でしたかね。ロロはそう苦笑して、頬をぽりぽりと掻いた。

 レムはしばしロロとリィナとを見回してみたが――やがてロロに視線を固定して、

「そういえば、昨日は満月だったねぇ」

「? ええ、そうですね」

「むふふ~」

 それ以上は何も言わず、本へと視線を移してしまった。ロロはただ首をかしげるばかり。

「ロロくん、ご飯作って頂戴~」

「ご飯? えと……昨日の余り物でよければ」

「余り物?」

「お米と味噌汁です。食べられますか?」

「お米! 味噌汁!」

 がばっ、と勢いよく顔を上げ、

「おおお、久しぶりに聞いたよその言葉! 是非作ってほしいなぁ!」

「そ、そうですか? レムさんは菜食主義だと、リィナさんから伺っていたものですから……」

「ん~まぁ確かにそうだけどねぇ。お米と味噌汁は別! 故郷の味だからねぇ~」

 うむうむ、と頷くレムに、ロロはほっ、と溜息をついた。

「では、腕をふるわせていただきましょうか」

「振るっていただくよ~」


 ほどなくして料理は完成し、レムとロロのふたりで朝食を摂る。といっても、リィナを無理に起こすのもいけないので、建物の奥のほう、レムの部屋で食事をする運びとなった。

「うわ……」

 最初にロロが漏らしたのは、そんな溜息だった。

 壁に置かれた本棚には、びっしりと古い本が詰まっている。レムの身長を考えると、不可能に思える高さまで本は詰め込まれていたが、どうやって出し入れしているのだろうか。

「凄いですね。よくここまでの本を……」

「んふふ、歳の功ってやつだよぉ。私はこう見えても年寄りだからねぇ」

 レムは悪戯っぽく笑いながら、部屋の片隅から小さな机を運んでくる。ちょうど人が一人ずつ向かい合えるくらいの大きさはあり、食事も難なくこなせそうだ。

「それでは頂こう~」

「いただきます」

 二人、向かい合って朝食開始。メニューは白いお米と味噌汁、それから山菜を塩で茹でたものだけ。なんとも質素だが、レムにとってはこういった食事の方が都合がいいらしい。

「んぐんぐ。ロロくんは料理も出来るんだねぇ~。きっと将来はいい嫁になるよ」

「貰うんじゃなくてですか」

「なるよ~。なるなる。料理のできる人って、それだけで周りに人が集まるからねぇ」

 んぐんぐんぐ。満足げに食べるレムを正面に、ロロもほっと溜息をついた。

「お口に会うようで良かったです」

「私も良かったよ~。久々に食べたからねぇ、こういう食事は」

 ハシを器用に使い食べる様は、確かに初めての物とは思えない。昨日のリィナも上手とは言え、使い慣れている感じはここまで出ていなかった。

 ふむ、とロロは感心する。

「やはり、レムさんは凄い方ですね」

「伊達に年をとってないのだよ。ロロくんも『良い』年の取り方をしないとだねぇ」

「恐れ入ります」

 もくもくもく。

「ところで、私のいない間に手がかりをつかめたりしたかい?」

「いえ、それは流石に。僕の方でも、本を読んだりはしたんですが……」

「ん~、やっぱり生半可に見つかるものじゃないよねぇ」

 うんうん、と頷きながらもレムの態度はのんびりとしていて、いまいち緊張感が無い。

「まぁ、の~んびり頑張ろう。見つからない、ってことはないだろうしねぇ」

「レムさんがそういうのなら、間違いはないのでしょうね」

 ロロも微笑みつつ、味噌汁をすする。

「いつか見つかると思っていれば、見つかるでしょう」

「それは真理だねぇ。まぁ~……リィナは早く見つけようと躍起になってるみたいだけど、世の中そうそう上手くは行かないよねぇ」

「頑張ってくれているなら、せめて報いたいです」

 ロロはそこで、真っ直ぐにレムを見据えてそう言った。

「僕に何か、出来る事は無いでしょうか? リィナさんやレムさんの為に、役に立ちたいです」

「ん~……」

 むぐむぐむぐむぐむぐ。

「ロロくんのほうが、私なんかよりよっぽど物知りだと思ってたけどねぇ」

 レムはお米を頬張りながら、むぐむぐ、と呟いた。

「……」

 すっ、とロロの紅い目が細められる。

 それまでたたえていたはずの微笑が、全く違うそれに変わっていく。

「うーん……そんな事ないですよ。ことに魔武器に関しては、僕は本当に何も知りません。……だからこそ、今こうして困っているんですけどね」

「まぁ、それで武器職人(わたしたち)の所に来たのは正解だと思うよぉ。私達はあくまで『こっち側』の技を継いできてる訳だから、確かに専門分野と言えるからねぇ」

 ずずず、むぐむぐ。

「ともかく、今の話じゃ状況は好転しないよねぇ」

「確かに……力及ばず、申し訳ない」

「いいってことよぉ~。くよくよしない」

 ことり、空になった食器を重ねながらレムはけらけらと笑った。

「いつまでも出来ないことを悔やんでも仕方ないしねぇ。出来る限りの事をしよう。今のロロくんに出来る事は、私と一緒に本を読んで、手掛かりをつかむ事。それでいいね?」

「はい」

 穏やかに頷くロロ。

 レムは「よろしい」と笑顔で告げてから、

「それに、リィナもロロくんと一緒にいると楽しそうだからねぇ」

「そう、ですか?」

「うん。大分変わったよぉ、リィナ。女の子らしくなったというか、なんというか……やっぱり、生活に変化があると違うねぇ」

「う~ん、元々ああいう女性なのかと思っていたんですが」

「まぁ、半分以上はそうだけどねぇ。もっとこう、明るくなった……とも違うけど。とにかく、ロロくんの存在は、リィナにいい影響を与えてくれているみたいだからねぇ~」

 にこにこにこ。レムは無邪気に笑っている。外見相応の少女の様な表情に、ロロは首をかしげるばかり。

「僕がリィナさんに……ですか」

「自信持っていいよ~。リィナはああいう子だから、あんまり自分の事をしゃべらないけどね」

「う~ん、なんだか信じられないですねぇ。だって僕ですよ?」

「むしろロロくんだから、かなぁ? ほら、ロロくんは優しいし、料理もうまいし……それに、ホラっ」

 そう言って、レムは腕をぱたぱた、と動かして、謎のジェスチャーをする。

「これだよっ、これ」

「……?」

「ホラ! 分かるでしょ、こうだってこう!」

 パタパタパタ。

「……? ……すみません、分かりません」

「う~む、リィナ相手なら伝わるんだけどなぁ」

「長い付き合いだからこそじゃないでしょうか? ちょっと僕には……」

「そうかなぁ」

 レムは唇を尖らせ、

「私の故郷では、仲間達にはこれで充分通じてたよ?」

「それも長い付き合い故では? 仲間の間で伝わる言葉とか仕草、ありますよね」

 残念ながら僕には分かりませんが、とロロは肩をすくめる。

 レムはむぅ、と不機嫌そうに溜息をついた。

「ロロくんとはいつか、腹を割ってお酒でも飲みたいねぇ」

「僕なんかでよければいつでも付き合いますよ。あ、でも……お酒と言うなら、その時は是非僕の友人も誘っていただきたいですね。お酒の大好きな友人がいるんですよ」

「ほう、その人とはなかなか、仲良くできそうだねぇ」

 レムはにやり、と笑って、

「じゃあ、新しい楽しみが増えたところで――今日も頑張ろうか」

「はい、よろしくお願いします」

 二人笑いあい、今日の一日が始まるのだった。

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