大規模開発
翌日、政務室にて政務長官ジョルジュは本格的に仕事に取り掛かった。
この場にいるのは、ジョルジュ以下、領主のアレス、参謀のシオン、顧問のゲイル、補佐官のエランとラムレス、そして戸籍長官のベルガンの7人だ。
シグルドやダリウスは早速軍団編成を行い、またエアハルトは現在巡視のため、街中を回っている。
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「さて、早速取り掛かりましょう」
そう言うと、ジョルジュはハインツの図面を取り出した。
「まずはこの領都ハインツを栄えさせなければいけません。何事も足元から……です。」
「確かにこれからの拠点はここになるからね」
「ええ。私は……3年ほどで、このハインツをシュバルツァー領ロマリアほどの街にしたいと考えております」
「3年……そんな短い期間でできるかい?」
アレスはそう言うと首をひねった。
当然である。今ロマリアは帝都に次いで大きな街になろうとしている。都市の整備も文化的にも。
そんなアレスの疑問にジョルジュは頷いた。
「ええ。この地は元々豊かな土地。ポテンシャルは十分にあります。うまく経営すれば一気に大発展をするはずです」
そしてジョルジュは近くにあった資料を手に取った。
「とりあえず、今から変えていくべき事……これを挙げていきましょう」
そう言ってジョルジュは資料をめくっていった。
その1 商業について
「大通りで行われる青空市場ですが……どうにもルールが曖昧です。また、店での売買も同様。ツケや物々交換も行われ、そのまま踏み倒す者も多いとか。これでは商人は泣き寝入りするほかなく、商業は発展しません。この辺のルールを明確にしましょう。役人を多数投入しますので、そこを教育し、徹底します。また、当面は貨幣を流通させるために、売れない場合は行政の方で買い取ることにします」
その2 建築について
「ハインツの家々は木造が多いのが特徴です……しかし、ハインツの周りでは良質な石やレンガの材料になる粘土が豊富に取れます。これを利用して、建物そのものを変えてしまいましょう。街並みを変えれば印象も随分変わるはずです。また木造よりも丈夫で火事にもなりにくいので、防災面にも優れております」
その3 インフラについて
「ハインツの道を全て石畳にしたいと考えています。石畳にすれば、安定して荷馬車を通すことができ、流通も回ります。街を発展させるには必須です。また水路を通したいとも考えています。このあたりは水は豊富にあるので、それを使えば水路ができるはずです。それと同時に上下水道も整えたいと思います。綺麗な水を供給する事は病気の発生を抑え、健康を維持するのに必要です。さらに街の発展と並行してデパイ川の治水を行います。あの川の開発はグランツ全体に関わる事であり、急務と言えます」
その4 教育について
「グランツの民は文化的に低いものがあります。識字率も低い。しかし意欲は高そうです。それゆえに教育を進めましょう。学校を建て、大人も子供も知識や技術を学べる仕組みを作ります。さらに帝都やシュバルツァー領から様々な講師を呼び寄せましょう。
人材は国の礎に最も必要なものです。ここについては金を惜しまず、力を入れていきたいと思います」
そこまで言うと、ジョルジュは資料を閉じた。
すると顧問であるゲイルから質問が飛ぶ。
「しかし……それだけの大開発。資金面でも難しくないか?ここグランツにはそんな大金は……」
「シュバルツァー領からいくらか借りるつもりです。また、帝都のバルザック殿からも資金が回されております。マーゴット商会からも援助をもらいましょう。さらには……アレス様の婚約の結納金やお祝い金とか、でしょうか」
「あ、やっぱりそれを当てるつもりなんだね……」
アレスの呟きにジョルジュは笑いもせず、真顔で返答した。
「当然です。皇族と大公家嫡男の婚約。おそらく他の貴族から多大な資金が回されるはず。また、他の方々も侯爵家をはじめ、貴族、大商人と多数おります。ここ最近類を見ないほどの大きなものになるのは必須ですからな」
「確かに……そう考えると資金は恐ろしい程に集まりますな」
ベルガンは頷く。それを見て、ジョルジュもまた続けて言った。
「ゆえにこの四つは同時並行で行っていこうと思います。農業に関しては魔境の大地を制圧してからにしましょう。工業もまた同じくです。何度も申し上げますが、3年でロマリアに匹敵する街を作り発展への基礎を固めなければいけません。のんびりしている時間はないのです。力を合わせて働いていきましょう」
◆
ジョルジュの指示通り、大規模な開発が始まった。
シグルド、ダリウス率いる第二軍、第三軍は午前中に軍事訓練を行い、午後は早速インフラや建設の整備に駆り出される。
グランツにおいて、兵が工事を行うという文化はあまりなく、当初は苦情が多かったが……給金に反映されることを聞き、手のひらを返したように多くの兵が参加するようになった。また兵だけでなく、一般からも人手を募った。グランツでは仕事に溢れているものが多かったのと、またそれにより街がよりよくなると聞き、多くの者たちが参加した。
この事業に多数の人員を当てる事で作業は大幅に進んでいったのだった。
第三軍はハインツ周辺の石を切り出し、第二軍が道をならし、石材を並べていく。同時に公募で集められたハインツ住民達は第二軍の手伝いをしていた。
「しかし凄いもんだよな。これだけの数の軍隊を使えばあれだけ大量の石や粘土を一気に運びこむことができるんだもんな」
ハインツで建築や土木工事を仕事にしているロドリゴはそう呟く。視線は先程からこの地を何往復もしている第3軍の荷馬車だ。
彼は長くこの街で土木を専門に働いていたが……これだけ大規模な工事はここ数年、治水以外に見たことがない。
「あの荷馬車……あれも領主様のところから運ばれてきたものらしい。こちらの荷馬車と違って、車輪の回転が滑らかでしかも大量に運べるぞ」
隣で汗をかいているロドリゴの親友、ロンもそう呟く。
「この大人数……そしてこれだけの作業をすればそりゃあ工事は進むよな。ハインツ郊外からもかなり人が集まってると聞くし」
「それだけ給金がいいんだよ。そりゃあ他のところからも来たくなるってさ。それに……何よりあれだろ?」
彼らはそう言うとニヤリと笑う。確かに給金は良い。しかし彼らのやる気の原動力は別にある。
「やはり週の終わりに飲める冷えたエールだろ。あれは反則だよな。あれが飲めるなら俺はなんでもするね!」
人夫達が口を揃えて絶賛するエール。そう、ロマリアでは誰もがお馴染みのあの冷えたエールだ。
ジョルジュは屋敷の外に、週の終わりに慰労のために何箇所か休憩できるテントを張る。そこには……冷却魔法で冷やされたエールが用意されているのだ。
人夫のボーナスとして、エールを配布したが……これが想像以上の反響をよんだ。
初めは恐る恐る飲んだハインツの住民、そして兵達であったが……それを飲んだ途端、彼らの表情は驚愕に変わったのだ。
エールを冷やすという文化はまだアルカディア大陸全土でも広まっていない。シュバルツァー領の専売特許と言ってもいいほどだ。
それ故に、グランツの者たちは皆これに衝撃を受けた。今ではこれが楽しみのために働いていると言っても過言ではない。
「あれがエールなら俺が今まで飲んでいたものはなんだったんだろうな。馬の小便だよ」
ロンは冷えたエールを思い出し、思わず涎を垂らす。
冷えたエールの効果は絶大で、噂が噂を呼び今ではグランツ全土から働き手が来るようになった。
その様子を確認したジョルジュは、さらにやる気を起こさせるべく、次の手を打った。
人夫や兵達を十人単位の組に分け、それぞれの持ち場をきめる。そして競わせたのだ。さらに、工事を素早く進めた組には給金を増やしたのと、さらにエールを一杯追加とし、競争意識をもたせた。
これは大成功だった。今まで手を抜いていた者も、少人数制になった事により手を抜けなくなった。何より……エールがかかっているぶん、手を抜くわけにはいかない。全ての人夫や兵が必死に働くことになった。
「まずは二杯飲めるように、目の前の工事を進めるぞ。これでもこのような仕事で俺は食ってきたんだ。負けるわけにはいかんよな!精一杯頑張らないと!!ハインツのために!」
「あぁ!ハインツのために!!」
そう言って二人は黙々と作業をする。
エールと給金に惹かれての仕事ではあったが……同時に彼らの胸にはこの街のために働くという誇りも生まれつつあるのだった。
◆
計画していたジョルジュの予想を超えるスピードで街並みはどんどん発展していった。
グランツの地は亜人が多く、並の人族よりも力が強い者や手先の器用なものが多いのがその原因の一つだろう。
主要な道路はすでに石畳になり、荷馬車の交通が便利になった。
そのため並行して区画ごとに建物も木造から石材やレンガ造りのものに変えていくよう指示を出した。
まずは主要施設から。そして徐々に庶民に広げていくつもりである。
インフラが整えられていくにつれて、もっと大量の木材や石材、粘土といったものが必要になってくる。そうなると大量の資材を運べる水路の建設は必須であった。
そのため、水路の建設は領主であるアレス自らが行うこととなった。
領主自ら行くことに、シグルドなどは反対していたが……アレスは笑ってその仕事を引き受けた。主要なメンバーはほぼ出払っているためだ。この時期、貴重だったのはまさに人材であったといえよう。
率いるのは第四軍。彼らをつれてアレスはハインツ郊外の川の確認に行く事となった。
本来アレスが率いる第一軍……即ち『破軍』は現在異なる仕事についている。
赤軍と黒軍はハインツ周辺を見回っている。そして魔獣や賊を発見すれば指揮する千騎長の判断でそれを蹴散らしていく。彼らは他の隊にはない特例を許可されていたのだ。青軍はハインツ中心部にて、街に魔法結界を作る実験に勤しんでいた。
白軍はあいも変わらず……特に仕事もせずハインツ内をうろついている。
「白軍の連中を縛ってもしょうがないしね……まぁ大目に見てもらえないかな?」
とはアレスの言。人材不足なので彼らの力は借りたいところであるが……アレスの指示で彼らは全て免除となっていた。また、彼等がハインツの治安維持や魔獣の討伐に大きな影響を与えていることはエアハルトから報告されており、他の者もそれについては何も言わなかった。
◆
アレスはデパイ川の支流がハインツ近くを流れている事に目をつけ、それを引き込む計画を立て、第4軍を率いて出発をした。様子を見るためにジョルジュも同行している。
「多くの支流があるからね……これを上手く街に流せるようにしたいと思ってるんだ」
「開発がされなかったのは……やはりこの瘴気と水棲魔獣の影響ですかね?」
ジョルジュの問いかけに、今回の副官を務めているロランが返答した。
「はい、そのように聞いています。開発しようにもあまりに多くの魔獣。また水も毒されているため、この川はこのまま放置するのが上策と……」
アレスとジョルジュは実際にその小川付近を歩き……そして足を止めた。
確かにハインツ周辺にはデパイ川の支流がいくつも流れている。しかし……そのいずれも瘴気が漂い、数多の水棲魔獣の住処となっていた。
「この瘴気はちょっと異常だね。何か原因があるかも……もっと上流に行ってみよう」
そう言うとアレスは第4軍を率いてさらに上流に向かう。そして見つけたのは……魔境の大地に近い所にある大きな沼地であった。
そこは太陽の光も差すことがないほどの瘴気に覆われた沼地。
第4軍に加わった新兵の中には、瘴気に当てられ倒れるものも続出する。
「想像以上の場所だったね……これは確実にここに原因がありそうだ……」
そう呟くとアレスは周りの様子を伺う。沼地からは水棲魔獣の気配が漂い、人が住めないのは明らかだった。
「この地に根付くはずの水の精霊の姿も見えない……何処かに隠れたか……喰われたか……」
アレスはそう呟くと目を瞑り詠唱を始めた。
ジョルジュとロランはそれを見守る。
「強制召喚!!」
その声と同時に眩い光がアレスを包んだ。すると目の前に水色の小さな女の子が現れる。
「ひぎゃっ!!何?何なのネ??」
「あー……突然呼び出してごめんね……」
小さな女の子はアレスの姿を見るとブルブル震えだす。
「せっかく『アイツ』に見つからないように隠れているのに……なんて事するのネ!?」
「『アイツ』……ね。君はこの地の水の精霊だよね?」
「えぇ。そうネ。私はアクエリアス。この沼に古より住んでいた精霊ね!」
そう言うとアクエリアスは小さな胸をはった。
「ってか、いきなり呼び出してひどいネ!!びっくりしたネ!!」
「あはは……ごめんごめん。あ、僕の名前はアレス。アレス・シュバルツァーと言うんだ。ちょっと君に聞きたいことがあってさ……」
そう言うとアレスは真剣な眼差しをアクエリアスに向けた。
「ここにいるべき、他の水の精霊はどうしたんだい?」
投稿してない日も、それなりのアクセス数……
もしかして繰り返し読み返してくださる方がいるのでしょうか……??
なんかもう、本当にありがとうございます……




