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逢瀬

シュバルツァー領に出立準備中のアレスの元に、第四皇女コーネリアからの連絡が入る。


詳しくは言えないが会いたいとの事。アレスは使用人達に指示を出した後、指定の場所に一人向かう。


場所は……南地区にある、とある教会であった。




「しかし……驚きました。まさか共も付けず、このような場所にいるなんて……」


アレスは横にいるフードを被った女性に多少呆れた口調で話しかけながら、南地区の大通りを歩く。

通りには多くの屋台や出店が並び、多くの人でごった返していた。


「ふふふ、よくお姉様には怒られますけど……週に一回はこのように出かけるんです。皇宮では息が詰まりますし」


そう言って笑うのは、第四皇女コーネリアである。


昨晩コーネリアからの手紙を貰い、アレスは初め戸惑った。


そこには


〈朝方、共を誰も付けず一人で来て欲しい〉


と書いてある。また場所は帝都の庶民が集う南地区、これまたどこにでもある教会だった。


一体どういう事なのか?訝しげにそこに向かう。

まだ朝方。人通りは少ない。教会には凛とした空気が漂っていた。


アレスがその教会の様子をぼぅと眺めていると、


「おはようございます、アレス様。来て下さりありがとうございます」


と見知らぬ者から声をかけられた。


突然の事に驚いてみるとフードを被った女性が立っている。


「まさか……」


アレスがそう呟くと、女性はフードを少し捲った。


「で……殿下!?お一人でここへ……」


「シーーッ!」


コーネリアは人差し指を立ててイタズラっ子のようにそう笑う。


「ところでアレス様。朝食はお済みですか?」


「いえ……朝方出てきたのでまだですが」


「良かった。作ってきて」


そう言うとコーネリアは手にかけてあったバケットを開く。


「朝食を作ってきました。あちらのベンチにでも腰掛けながら食べませんか?」




その後アレスとコーネリアはベンチに腰掛けコーネリアが作ってきたサンドウィッチを食べ始めた。


そして他愛も無い会話をしてその時間を楽しんだ。


先ほどからアレスは驚かされっぱなしだ。


まさか皇女が一人でこのような場所に出向くとは思わなかった。

また自ら食事を作るなど聞いたことがない。


そんな疑問を口にした時、コーネリアは静かに笑って答えた。


「私の母は元々神殿に勤める司祭でした。それを父に見初められ、私を身篭ったそうです。でも母は初めは私を身篭った事を誰にも知らせず、神殿で私を産みました。それ故に私は10歳になるまで神殿で暮らしていました」


衝撃の内容に驚くアレス。コーネリアの話は続く。


「私が10歳になるかならないかぐらいの時……母は流行病で亡くなりました。その時にその事実を私と周りに知らせたのです。教会の方々は私をすぐに連れ出し父と面会させました……父も……私のことをすぐに認めてくださり、第四皇女として発表される事となったのです」


少しコーネリアは悲しそうな顔をする。


「だから私は屋敷の中で高級な食事をするより、外でこうやって食事をする方が好きなんです」


そして、不安そうにアレスの方を見た。


「……皇女として……変だと思いますか?」


「いや」


アレスは手に持っていたサンドウィッチを口の中に入れて飲み込んだ後、それに答えた。


「そんなことないですよ。私も正直こういう方が好きです」


それを聞き、コーネリアはクスリと笑った。


「本当に報告通り」


「報告?」


「えぇ。勝手ながら、姉様から紹介された後、調べさせていただきました」


コーネリアはシルビアとアレスとの会食後、アレスの人となりを探らせていた。そして……彼女が知り得た情報もまた彼女の予想を超えていた。


「西地区の変化に関わっていた事を聞いて驚きました。また、用心棒をして民とともに暮らしていた事もあったとか」


アレスは帝室の情報網に舌を巻く。


「シュバルツァー領内においても一般の兵とともに過ごしたり、露店で買い食いしたり……面白い話がたくさん出てきました」


「……流石の帝室の情報網ですね」


「不愉快な思いをさせてしまったのならごめんなさい。でも……これから共に歩む方、流石に色々と知りたくなります」


そう言うとコーネリアは真面目な顔でアレスを見た。


「貴方を知るたびにもっともっと貴方のことが知りたくなりました。と、同時に私のことを知ってもらいたいとも思いました。他の婚約した方々とアレス様は沢山の歴史があるかもしれませんけど……私は全くないのですから」


「……んん?いや、その……」


「ふふふ、ちょっと意地悪しましたか?」


そう言って笑うとコーネリアは続ける。


「でも、これは私の本音ですよ。だから婚姻前に少しでも心の距離を縮めたいんです。だから今日一日……私の本当の姿に付き合ってください」




食事を終えたアレスはコーネリアの案内に従い場所を変える。向かった先は……


(あれ?セシルのとこの神殿??)


「グリフィス司教、おはようございます」


「コーネリア様、今日はお早いお着きで。一緒にいらっしゃられるお方は……あれ?アレス様??」


「…………セシル、知り合いだったの?」


「えぇ、もうずっと以前から」


そう言うとセシルは爽やかな笑顔を見せた。


「コーネリア様の母君もぞんじあげておりますよ。私もお世話になったものです。まさかコーネリア様がアレス様とご婚約されると聞いた時には……驚きました」


「母が亡くなった時、助けてくださったのはグリフィス司教なんです」


コーネリアはそう言うと静かに微笑んだ。


「コーネリア様が帝室の血を引いていることは、彼女の母君から聞いておりましたから……下手をすると利用される恐れもありましたので、なんとか上手くやりましたよ」


「……そんな話、君から聞いたことないんだけど?」


「アレス様にも私に話してないことはたくさんありますよね?おあいこです」


そう言うとセシルはコーネリアの方を向いた。


「で、コーネリア様。今日お越しいただいたのは……」


「いつもの事をするために」


「そうですね。アレス様はまだ知らないですから……」


そしてセシルはアレスの方に向き直り言葉を続けるのであった。


「おそらくここから先は流石のアレス様も驚くと思いますよ。本当のコーネリア様は…………ね?」




アレスがセシルに連れられたのは神殿の大広間を上から覗くことができるバルコニーだ。


「アレス様がいらっしゃっても邪魔なだけですから。ここから見学でもしていてください」


「…………随分はっきり言うね…」


アレスもまた苦笑する。


階下には多くの民衆が救いを求めて神殿の司祭たちの元にやってきていた。


病に侵されているもの、深い傷を負っているもの……医者にも匙を投げられた多くの貧民たち、そして亜人たちがそこにはいた。


「おぉ、今日は聖女様がいらっしゃる!!」


「聖女様だ!」「聖女様がいらっしゃったぞ」


俄かに活気ずく階下の様子にアレスは思わず目を凝らし……そして驚く。


「コーネリア様?」


そこには純白のローブを着たコーネリアがそこに立っていたのだ。

コーネリアの周りには多くの人々が集まる。一人一人に声をかけた後……コーネリアは彼らの方に手をかざした。


「女神の加護の元……貴方たちの苦痛が少しでも和らぎますように……」


すると……まばゆいまでの輝きが神殿内を包んだ。


(これは……聖術か?)


アレスは目を細めながらその様子を伺う。


(おいおい……こんな強い聖術の力、見たことないぞ!??)


するとその場にいる者たちが……先ほどまで青白い顔をしていた者たちの頰に血色が戻る。


「あぁ、なんか身体が軽くなった!!」


「私も……体調が戻った様な気がする!!」


「聖女様!!ありがとうございます!!」


その声をかけて聞き、笑顔を向けるコーネリア。そして言葉を続ける。

決して大きくない声。しかしその声を聞くために、皆口を噤み、皆必死に耳を傾けた。


「聖術はあくまでも皆さんの内なる力を引き出しただけにすぎません。重い病の方はこの向こうにいるお医者様の指示に従ってください。軽い方は私の『癒しの力』と『解毒の力』で、ある程度は治っているはずです。後はお家に帰ってしっかりお休みください」


その声が止むと人々は静かにそこから動き出す。皆必ずコーネリアに一礼をして。中には目に涙をためている者、その手を取って小さな声で感謝を告げる者……様々だ。


アレスはその様子を見て……声を出すのも忘れるぐらい驚いた。


「あんなに強い聖術の持ち主が……まさか皇族とは……」


「今の教会の人間であれほどの使い手はいないでしょう」


セシルもアレスの声に同調する。


聖術とは三つの術から構成される。


『癒しの力』『解毒の力』『解呪の力』の三つから成り立っている。


『癒しの力』は人間の内なるエネルギーを高める事。それにより傷を治したり、病気の抵抗力を高める。


『解毒の力』とは体中の毒素や細菌を取り除く事。


『解呪の力』とは呪力や魔力を中和し、打ち消す事。


勿論、全てが全て効くわけではない。重い病や複雑な病気に対しては効力を発揮しなかったり、逆に身体に負担がかかり、悪化することもある。そのため神殿内には同時に医者がいることも多い。

しかし、怪我やよくある体調不良などにはとても有効的であり、薬と並列して行われている。


「コーネリア様は医学にも精通されています。それ故により効率的に治療を行うことができるのです」


セシルはそういって笑った。


「この事実を知っているのは、陛下と教会中央部のみです。ここにいる民達も知らないでしょう」


「しかし……これだけの力。教会中央部が動くのでは……」


「いや、さすがに皇族であるため、教会中央部も手が出せません。だが、いずれ彼女に対して何かしらのアクションを起こす恐れがあります。その前にグランツに行く……それが正しい選択の様に思えます」


そう言うとセシルはそっとアレスに頭を下げた。


「コーネリア様の母君は私にとっても恩人です……それ故に幸せになっていただきたい……どうぞコーネリア様をよろしくお願いします。アレス様」





神殿を後にした二人はその後、ゆっくりと散歩を楽しんだ。


「一応、私も皇立学院時代に贔屓にしていたところがありますから……午後からは私が案内します」


アレスはコーネリアを連れて皇立学院時代によく行っていたお店や露天などを回る。

たわいもない話を繰り返しながら……二人の距離はグッと縮まった様に見えた。


そして夕暮れ時。別れの時間がやってきた。


アレスはコーネリアに自分のとっておきだった場所を案内する。そこは帝都が一望できる丘の上だった。


「帝都にはこんなところがあるんですね」


風にたなびく髪をかき分けながら、コーネリアがそう言った。


「私はこの場所が好きでした。特にこの時間……家々の明かりを見る事が出来るので……」


そう言って目を細める。


コーネリアも無言でアレスの見ている方に視線を向けた。


「コーネリア様。今日はありがとうございました」


アレスがそう言うとコーネリアは少し怒った様な顔をした。アレスは不思議そうな顔で首をひねる。


「あれ?私は何かいけないことを言いました?」


「アレス様、私はあなたの妻となるのですよ?」


「はい、そうですけど……」


「なら、呼び捨てにしたください。コーネリアと」


そう言うと頰を膨らませてそっぽを向く。


アレスは小さく微笑むと、コーネリアに向けてこう言った。


「ありがとう……コーネリア」


その言葉にコーネリアは笑顔を見せる。


「また……こうやって出かけたいな。いい?」


アレスの言葉に花の様な笑顔を見せ頷くコーネリア。


そして、それに対しての返答はなく……二人の影はぴったりと重なり合うのだった。




感想等どうもありがとうございます。


一時は閉鎖しようとまで考えた感想欄ですが、今はこれが励みになっております。


今後ともよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 第二皇女ではなく第四皇女を嫁がせたのが気になる。 第二の場合、第二皇子がいるとはいえ義兄弟になるため皇帝はいざというときのために皇帝候補として皇族に迎えることができる。降下の形ではあるが、第…
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