ハインツの奇跡 その1
「一体どういうことか説明していただこう!」
「アルカディア軍とともに来るとは狂われたか?」
「理由によっては我々も若に対する態度を考えねばならぬ!!」
ダリウスがアルカディア軍と轡を並べて入城したことにグランツの将兵たちは騒然となった。
場内に入るや将軍たちをはじめ多くの武官、文官たちから責を問う声が上がる。
まぁ当然であろう。今までずっと敵対関係にあり、今回も30万の軍勢で攻められている怨敵なのだから。
いくらダリウスの突飛な行動に慣れているとはいえ、流石に文句も出るだろう。
ダリウスは苦々しげに口を開いた。
「………今からこのハインツに億を超える魔獣が押し寄せてくる」
ダリウスの言葉に多くの者たちが絶句する。
「俺はこのハインツを助けるすべを知らん。だが………」
そういうとダリウスはアレスの方に目線を向けた。
「この男はハインツを救うことができると言う。どちらにしても滅びを待つなら…可能性のある方に賭けたまでだ」
静まり返る一同。そして次の瞬間、口々に声が飛んだ。
「馬鹿な!」
「そんな魔獣の数聞いたことがない!!」
「我らを謀るつもりか!?」
再び騒ぎ出すのを聞きながらダリウスは拳を壁にたたきつけた。
静まり返る城内。
「冗談と思うなら俺とともにいた兵たちに聞いてみろ。雲霞のごとく湧いて出てくる魔獣の群れを見ている…どれも同じように返事をするさ」
「………しかし…」
一人の武官が声を挙げた時、
「つまりその男なら確実にハインツ……ひいてはグランツを救えると言うことか?」
奥の方から声が上がった。
その声を聞き、ダリウスとアレス達を除く全てのものが跪く。
振り向くとそこには、両脇で人に支えられ、立つのがやっとながらも、毅然とした態度を見せる公王ゲイルの姿があった。
現在病気療養中という。しかし、その目は鋭く、並みの男ならその場で逃げ出すであろうほどの迫力があった。
「ダリウスより報は受けている……アレス殿と言ったか?貴公ならこの苦境、救うことができるということなのだな?」
それまで成り行きを見守っていたアレスはゲイルの方に視線を向け、口を開いた。
「えぇ。なんとかさせる自信はあります。グランツ公王ゲイル殿。ただ……」
「ただ……?」
「ここにいる…ひいてはハインツにいるすべての兵が私の指揮下に入ることが条件ですが……」
それを聞いたセインツの文武官たちは再び激高した。次々に反対の声が上がる。
「ふざけるな!」
「なぜ、アルカディアの将の指示を聞かねばならぬ!」
「だったら死を選ぶわ!!」
口々にアレスに対し非難の声があがる。
「……だまれぃ!!」
病人とは思えないゲイルの一喝でその場が再び静まり返った。
「ダリウス…そなたはなぜ、この男を連れてきたのだ」
ゲイルはそう言うと今度は自らの嫡男の方に視線を向けた。それに続き多くの視線がダリウスに集まる。
「俺にはハインツを救えない……だが、この男はできると言っている。そして俺はこの男と剣を交えた。此奴は俺を負かしている。その剣筋はまっすぐで重く…直感で信頼できる男だと判断をした。どうせこのままいても滅びを待つだけ。なら少しでもあがけるならそちらを選ぶ…ただそれだけだ」
ゲイルはそれを聞き静かに目を閉じて思案する。
またグランツの文武官は衝撃を受けていた。
ダリウスが負けた。その事実が信じられないのだ。しかもこんな小さな男に。
またダリウスの直感……それに何度となくこのグランツは救われてきた。そのダリウスがこの男を全面的に信頼し、国の命運まで託すと言っている。
「あい分かった。」
ゲイルはそう呟くとアレスの方を向き左右の者に助けを借りながらゆっくりと膝を折った。
「アレス・シュバルツァー殿。我らもまた億を超える魔獣を退けることはできぬ。どうか…この国を助けてもらえないだろうか?」
突然のことに驚く文武官たち。
しかしアレスは跪くゲイルにかけよるとその手を取った。
「その決断、しかと胸に刻みました。」
その言葉を聞き、そしてその眼を見てからゲイルは再びゆっくりと立ち上がった後、その場にいた全文武官にむけて言葉を放った。
「今より全指揮権をこのアレス・シュバルツァーに移行する。異存のあるものは?」
あまりの展開の速さに、誰も声を出す者はいない。しかしここで反対意見が出ないのにはグランツ特有の理由があった。
元来グランツでは強者の意見を絶対とする特異な地である。ゆえにゲイルのような勇将やダリウスのような圧倒的武勇の持つ者の言うことは誰も逆らうことができない。今回アレスを支持したのがその両名である。これはグランツ公国全体がアレス個人の指揮下に置かれたことと同意義であった。
皆、アレスの方に静かに頭を垂れ、跪く。
こうしてアレスはグランツ公国の指揮権を手に入れることに成功したのだった。
◆
軍議が始まった。この場にいるのはアレス、シグルド、ダリウス他、グランツの将兵たち。そして、公王ゲイルもまた国家存亡の危機とのこと、病をおして参加する。
アレスはグランツ公国軍5万のうち、ダリウスが率いていた1万と自らの率いていた黒軍5千を城外に出し待機させる。そして残りの4万はすべて城内に配置させた。
「先ほど話したように、すべての魔獣が『魔王ガルガインの遺物』のせいで狂っている。手当たり次第に襲ってくるはずだ。そのため一匹たりとも必ず城内に入れないこと。城外の兵は常に移動しながら城に近づく魔獣を一体でも多く減らしていく。必ず足を止めてはならない。止めたら、数に飲み込まれるぞ」
「城内の兵はよじ登ってくる魔獣を上から仕留めること。遠慮はいらない。岩だろうとなんだろうと落とせ」
「弓兵と魔法兵は空からくる魔獣にのみ神経を使うこと。よじ登ってくるのは他の兵士に任せよ」
そう指示を出すとアレスはその将を決めていく。
「城内の総指揮は病を押してもらう形になるが…ゲイル殿に任せる。よって各方角の守りもゲイル殿に一任したいと思うがよろしいか?」
病にて体が動かないゲイルであったが、アレスの言葉を聞き目をらんらんと輝かうなずいた。
「指揮のみなら今の私でもできる。任せてもらおう」
次にアレスはダリウスとシグルドの方を見て言った。
「魔獣は西門より攻め寄せてくる。門を中心として右をダリウス、左をシグルドに任せる。ダリウスは自らの軍5千を、シグルドは黒軍4千を率いて魔獣を蹴散らせ。正面の門は……僕と黒軍千騎と残りのグランツ軍5千で務めよう」
そして最後にアレスは大きな声を放った。
「ゼッカ!!」
「はっ!お呼びで」
誰も入れないはずの軍議の場に突然現れた男の姿を見て、その場の全員が驚く。がアレスはそんなことを意に介さないように淡々と命令を下した。
懐から取り出した羅針儀と短剣を渡し、ゼッカに指示を出す。
「おそらくこのハインツに『魔王ガルガインの遺物』が隠されている…もしくは持っている者がいる…隠されているならそれを見つけ出し、破壊せよ。この羅針儀が示す方向にそれがあるはず。また、この短剣を刺せば滅ぼすことができる…もし持っているものがいるなら…そいつを殺せ」
「はっ!」
そう言うとゼッカは影のように消えていった。
そしてアレスは全員の方を見ながら最後の指示を告げる。
「ゼッカは優秀だ。しかしそれでも見つけるまでに1日ほどかかるだろう…つまり1日城を持たせれば、我らは助かる」
◆
アレスがハインツに入場して翌日。雲霞のごとき魔獣たちが押し寄せるのが場内からでも見えた。
『魔王の遺物』で狂っている魔獣や魔族はゆっくりゆっくりとハインツに近づいてくる。
「こりゃすごい。俺は今からこいつらと戦をするのか…」
「勝てるわけねぇ…これじゃあ死にに行くようなものだ」
勇兵で知られるグランツ軍でもさすがに心が折れるものが続出していく…
また一般市民も恐慌を起こしているものが多い。
ダリウスはその様子を見て思わず声を上げようとした際。
ハインツにいるすべての者たちの耳に声が聞こえたのだ。
その方角に目を向けるといつの間にそこにいたのか、アレスは西門の上、誰からも見える高い場所から風魔法を使って城内にいるすべての者たちに言葉をかけているのが見えた。
「ハインツにいる勇気ある兵士たちよ!そしてすべての住民たちよ!!我の声を聞け!!」
「今、目の前にいるのは億に近い魔獣たちだ。奴らはおそらくこのハインツを亡ぼすためにここにやってきた…しかし、だからこそ奴らは知らない。狩りを行うのは誰で、狩られるのが誰なのかをだ!!」
そこで一呼吸置いた後、さらに言葉を続ける。
「グランツの強兵たちよ!お前たちは何のために今まで戦っていたのか!何のために蛮族や妖魔、はてはアーリア人と戦ってきたのか。それはこの地にいる家族、友、仲間…自分たちに関わる周りの者たちを守るためぞ!」
「ハインツの住民たちよ!お前たちはただ震えおびえるために今を生きてきたのか?答えは否だ!お前たちはこの大陸でもっとも辛き地を生き延びたもっとも勇気のある気高き民ぞ!」
最後にアレスは拳を掲げ言い放った。
「勇者たちよ!大陸全土に見せつけてやれ!この地上でもっとも気高く、最も強きものは誰なのかを。妖魔や魔獣たちに知らしめよ!狩りをするのは我々で、所詮彼らは狩られる対象だということを。我らは死にに行くのではない。生きて帰るために戦いに行くのだ!!さぁ勇者たちよ!!」
そう言うとアレスは武天七剣からオルディオスを抜き放ち、魔力を込めた。それに呼応してオルディオスが青い光を放つ。
「我に続けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」
そういうとアレスはオルディオスを振り下ろした。同時に見えない斬撃が雲霞のごとき群れに襲い掛かり爆音とともに多くの魔獣たちが切り刻まれていく。
それを合図に西門が開き、まずはシグルド率いる黒軍が突撃していった。
ダリウスはグランツ兵に目を向ける。
そこに先ほどの臆していた表情はない。
また。ハインツ住民からも恐慌の声は聞こえてこなかった。
「流石にあれは俺も真似できん……見事だ」
そう呟くと、続けて大声で叫んだ。
「俺たちも続け!!グランツの強さをあの男に見せるんだ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
最早恐れにひるむ者たちはいない全員が使命感に燃えた顔をしている。そんな自分も先ほどの声にどれだけ血肉が沸き踊ったことか…
ダリウスは獰猛な笑みを見せ、突撃を始める。そして魔獣たちを蹴散らしながらこの戦の勝利を確信するのであった。




