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英雄の中の英雄の物語 〜アレスティア建国記〜  作者: 勘八
第2章 〜グランツ攻防戦〜
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策謀

ダリウスの奇襲により、アルカディア軍は一時的にセインツの包囲、攻略を諦め、撤退することとなった。


常勝無敗と言われたアルカディア軍が一時的とは言え、退いたことにハインツ城内が沸く。


「ダリウス様がある限り、我らは負けない!」

「アルカディア軍など妖魔に比べたら何てことはない!」



城内に響き渡る歓声。しかし多くの声を聞きながらダリウスは憮然とした表情で過ごしていた。


その様子を見てディルクは声をかける。


「おや、旦那。随分不機嫌そうですが?」


「まぁな…」


そう言うとそれ以上は何も語らず城の窓から外を眺めるのだった。


ダリウスはあの後ずっと考えていたのだ。

生まれてはじめて自分と互角に戦うことができたあの二人の戦士のことを…


「近いうちに必ず現れるだろうな…その時は果たして勝てるかどうか…しかしそれが面白い」





一方、反対にアルカディア軍は意気消沈していた。

本陣では諸侯たちの言い争いが紛糾している。


「陛下の所まで乗り込まれたこと、これは卿の不手際ぞ!」


「何を申すか!卿こそ、何もできなかったではないか!!」


お互いが責任の擦りつけあいをしている。当然であろう。彼らは敵前逃亡をしたのだから。

そんな諸侯たちの喧騒を余所に、アレスは涼しげな顔でその姿を眺めていた…まるで品定めでもしているかのように。


そんな時ふと、アレスは自分を睨みつける視線に気づく。

視線の主はローゼンハイム公子、サイオンだった。

サイオンはこちらが目を向けると静かに目線をそらす。


「皇帝陛下、御成!」


そんな時、侍中が大声でセフィロスが入ることを告げる。その場の諸侯達は大慌てで自分の席につくと頭を下げた。

当然、アレスやサイオンもそれに習う。


セフィロスは諸侯を眺めると言葉を発した。


「此度の件、皆に迷惑をかけた。これは余の責である。許せ」


「恐れ多いお言葉でございます」


セフィロスの声に第二皇女シルビアが初めに反応し、諸侯たちもそれにならった。

その一言で誰も責任を取られないと安堵した後。


「されど……ここに多数の卑怯者がいる事も分かった。そのもの達は追って沙汰を出す。覚悟せよ」


セフィロスの冷徹な言葉に多くの諸侯が顔を青くする。


「ただこれからの働き次第では不問とする。各々(おのおの)、励め」


「「「「「ははっ!!」」」」


諸侯は知る。これが我が『雷帝』セフィロス・アルカディアだと。皆決死の表情をしている。与えられたチャンスを逃すわけにはいかないからだ。


「さて、近衛騎士を始め、何名かの活躍のお陰で余は退くことができた。それもまた後ほど賞する。特にダリウス卿を迎え撃ち、退けたアレス・シュバルツァーの功績は大きい」


そう言うとその場の者たちがアレスの方を見る。

シグルドとダリウスの一騎打ち、そしてその後アレスがダリウスと互角に戦う姿は多くの者たちが見ていたのだ。


「この功績は必ず厚く報いよう。異議のあるものは」


誰もが異議を唱えない、いや、唱えられないと思っていた時、


「陛下に申し上げたき議がございます」


と手を上げるものがいた。ローゼンハイム公子サイオンである。


「よい、許す」


「ははっ!前回に続き、アレス殿の功績、誠に大きゅうございます。それには誰も異存はないかと」


そう言うとサイオンはアレスの方を見る。


「そして、今回アレス殿がダリウス卿を退けたのも皆が見ておりました。おそらくアレス殿以外、かの猛獣を討てるものはおりますまい」


突然何を言い出すのか……諸侯は訝しげな表情で見守る。アレスもまた、眉間に皺を寄せ、次の言葉を待つ。


サイオンは一息入れて言葉を続けた。


「私はダリウス卿はどうやら待つのが嫌いな方だとみました。こちらから出ればおそらく城内からうって出るかと思われます」


そう言うと、サイオンはセフィロスの方に向き直った。


「それゆえ、あの猛獣はアレス殿に任せ、その間、多少手薄になったハインツを全軍をもって落とすべきかと」



「おう、それは名案ぞ!」


「それ以外方法はない!」


追随する諸侯達が声を上げる。

彼らにとってダリウスに当たることは自殺行為に等しい。誰もが遠慮したい…それが本音であった。

またアレスが彼を退けたのも見ている。もし、彼がダリウスを討てば……セフィロスの態度も和らぐ可能性がある。

さらに……含みのあるものは知っている。今回の最大の功労者はダリウスを討つものにあらず、ハインツを落とした者、公王ゲイル・グランツを討った者であると。


セフィロスはしばらく考え込んでいたが、静かに手を上げる。それを合図に諸侯達は話すのをやめ、静かに次の言葉を待った。


「ローゼンハイム公子の考え、しかと分かった。シュバルツァー公子、汝に異存は?」


「ありませぬ」


アレスが即答する。


「では、シュバルツァー公子アレス、汝に命ずる。今よりダリウスを討ち、余の道を開け。兵はいかほど必要か?」


「それについてもさらに私から申し上げたき議がございます」


セフィロスがアレスに兵のことを問うた際、再びサイオンが横から口を挟んだ。

その場にいる全員の視線がサイオンにむく。


「アレス殿は3カ国をわずか数週間で落とした名将です。その兵も強兵と聞きます。また、ハインツは難攻不落と言われた名城、落とすのに兵を減らすわけにはなりません。ここはアレス殿の兵で出てもらうのが…」


「馬鹿な!」


その言葉にセフィロスの近くに控えていたシルビアは大きな声をあげた。


「相手は兄上やザクセン大公を打ち破り、アルカディア30万を退けた猛将。その相手に対して兵を数をさけぬというのか!?」


「だからこそ、アレス殿に行ってもらうのが…」


「ふざけるな!汝は戦を分かっておらぬ!ましてや、アレス殿の兵は5千ほどぞ!」



言い争いを初めた二人だったが、唐突にアレスが手を上げたことで、全員の視線が再びアレスに向いた。


「……私は構いませぬ」


アレスの発言にその場が静まり返る。


「シルビア殿下のお言葉、有難い限りです。感謝します。なれど、策としてサイオン殿のご意見、ごもっともの事。ダリウス卿の相手は私がしましょう」


そう言うとアレスは言葉を続けた。


「ハインツを落とすには、やはり兵力が必要になります。サイオン殿の策通りまずは私がダリウス卿を誘い出し、その間に全軍をもってハインツを落とすのがよろしいかと思います。ダリウス卿を討つことは難しいかもしれませんが……確実にハインツに全軍を当てることができるのもまた事実」


陣幕に沈黙が拡がる。

しばらくの間、目をつぶり考えた後、セフィロスはアレスに命じた。


「あいわかった。シュバルツァー公子アレスに命じる。汝の兵をもってダリウス・グランツを抑えよ」


「お待ちください!」


セフィロスの声を遮ったのはシルビアだ。


「前回、アルカディア軍を破ったダリウスの軍は3万ほどおりました。今回アレス殿が率いるのは5千ほど。自殺行為にも等しいかと思います。せめて、我が軍も加えてもらえれば…」


「アレス殿はその軍勢のみで3カ国を落としております。今回も可能ではありませぬか?」


シルビアの言葉を聞き、サイオンが横槍を挟む。


「ローゼンハイム公子!貴殿はアレス殿を死地に向かわせる気か!?」


言い争いを始めた二人に対して、今度は軍部の重鎮であり帝国騎士団長を務めているランドルフ公が口を開いた。


「私はサイオン殿の意見に賛同する。サイオン殿の言うとおり、おそらくダリウス卿の性格を考えると迎え撃ってくるだろう。ただ、向こうも城を空にはできないはず。それゆえ、ダリウス卿は今回は少数の兵でくるのではないだろうか?」


帝国でも軍のトップを司る男の言葉に全員が黙る。


「ランドルフ公の言、まさに我が意を得たり。陛下、ご判断を」



セフィロスはその言葉を聞き諸侯に決断を伝えた。


それはすなわちアレスの私軍のみを先陣としてセインツに向かわせ、数日の後全軍でハインツを落とすというサイオンの策を取り入れたものであった。


様々な思惑を抱えながら…軍議は解散になり、諸侯達は自らの陣幕に戻るのであった。





サイオンは自らの陣幕に戻ると一人の男を呼び寄せた。

現れたのは灰色のローブを着て、顔を仮面で隠した男である。


「ガーラよ、全てそなたの策通り進めたぞ」


「……ありがとうございます。これで憎きあの『軍神』を討ち取ることが可能になりましょう…」


そう言うとガーラと呼ばれた男はクツクツと笑う。


「あの男が自らの兵のみで、今回の条件を飲んだのは解せませぬが…だが、確実に我が策にはまったのも事実。後は私の策通り動いてもらえればけっこう。あの男がいなければ主はアルカディアを獲れるでしょう…」


サイオンはそう言って笑うガーラを冷たい視線で眺める。




ガーラを拾ったのは数年前だ。お互いの利害が一致した事がきっかけである。


サイオンにとって「アルカディアを乗っ取ること」

ガーラにとって「アルカディアに混沌をもたらすこと」


一体何を考えているのか、それは全く解らない。素顔を隠し、人前に姿を見せないのも胡散臭い。しかしガーラの献策のおかげで貴族の中でも最大の派閥の長となり、順調にアルカディア帝国の中でも力をつけることができたのは事実である。



今回、ガーラが固執したのはアレス・シュバルツァーを討つことであった。

ガーラはアレスの事を『軍神』と呼び忌み嫌っていた。


ガーラがサイオンに進言した策はアルカディア大陸にとって禁忌になるものである。さすがのサイオンもそれを聞いて絶句した。しかし…今のサイオンにとって功を立てすぎたアレスは邪魔の何者でもない。黙ってガーラの策にのったのであった。


「とにかく上手くやらねばならぬ…とくに『これ』の扱いに関しては慎重に事を進めねば…」


そう言ってサイオンはガーラが大切そうに手を置いている小さな箱を見つめながら呟くのであった…





その頃、アレスはシルビアに詰め寄られていた。


「なぜ、陛下の決定に反対しなかった!?お前は何を考えている!?どう考えても死にに行くようなものだ!」


アレスはそう言って興奮しているシルビアに肩を掴まれ揺らされる…


「まぁ…ちょっと落ち着いて話を聞いてもらえませんか?」


「落ち着けるか!!お前がいなくなったらコーネリアやセリアスの後ろ盾は誰が…」


「まぁまぁ…とにかく話を聞いて下さい」


そう言って優しくアレスはシルビアの手を振りほどく。


「まず、一つ言えるのは、陛下が決定を覆さないということです」


「ぐっ……」


アレスの言葉にシルビアは黙る。その通りなのだ。彼は自らの決定を翻すことはない。


「またサイオン殿は何かを企んでいることも間違いないでしょう。今まで黙っていたランドルフ公がここで口を開くのも怪しい。彼も一枚噛んでいると思います」


「あの男、兄上の陣営だったはずだが……なるほど、(さき)の失敗を見て鞍替えしたという事か」


そう言うとシルビアは忌々しそうに舌打ちをした。


「しかし、そこまで分かっててなぜそれに乗る?そなたに何の旨味もないはずだが?」


シルビアの言葉にアレスは笑顔で答える。


「レドギアにて殿下にも言ったと思いますが?」


そう言うとアレスは悪戯っ子のように舌を出す。


「僕が欲しいのは誰にも文句の言えないような大きな功績なんですよ。僕は欲張りなので」


「それならすでに…」


「いや、まだまだです。此度の戦において、グランツの攻略こそが今回の最大の目的ですから。グランツを攻略したものこそが、最大の功労者なのです。ここで大功を立てておけば、コーネリア様やセリアス様の後ろ盾としても箔がつくと思いませんか?」


そう言うとアレスは獰猛な笑いを見せて言葉を続けた。


「もし罠をかけてくるなら…それを食い破るまで。この戦が終わった時、サイオン殿や諸侯がどの様な顔をするか…見てやりましょうか」




その翌日、アレスは自らの兵5千を率いて出発をした。

対するはその報を聞き、城内から出てきたダリウス率いるグランツの精鋭1万5千。


多くの思惑を抱えながら再び戦が始まろうとしていた。


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