初戦
「もうすぐブルターニュ諸連合との国境線を越えます」
アレスに話しかけたのは今回、中央から軍監として同行している騎士フルカスだ。
軍監とは皇帝直属の騎士が務める仕事で、将や軍の活躍を直接皇帝に伝えるために存在する。
「そうだね。一度ここら辺で休息をとろうか?」
そう言ってアレスは後ろにいるシグルドに全軍休息をとるよう指示を出す。
◆
今、帝都ではカルロスやザクセン大公、そしてシルビアの出陣式が行われている。アレスは彼らが動くより先に、第一陣として出陣したのだった。
付き従う兵はシュバルツァー領から連れてきた私軍、そしてシグルドのみである。
シグルドはアレスの後ろを影のようにピタリとついてきている。
今回は愛騎である古代龍「ゼファー」では目立ちすぎるので、愛馬「ブラド」に跨っている。
「ブラド」は魔獣化した赤褐色の馬で、他の馬よりもふたまわりほど大きい。元々は魔の森にて討伐対象であったが、捕獲した際シグルドが見事に乗りこなしたことにより、現在彼が騎乗する馬となっていた。魔獣だけのことはあり、他の馬とはまるで違う威圧感を受ける。
その後ろには5000の私軍、「黒軍」がいる。ここまでかなりの距離を走ってきたが、一糸乱れることなく動いているのを見るだけで、誰もが精鋭であることを理解できる。
「アレス様。少し兵の様子を見に行ってもよろしいでしょうか?」
フルカスは騎士として黒軍に興味があるようだ。
「かまわないよ。また動くときには声を掛けるから」
「ありがとうございます。では!」
そういってフルカスが遠くにいるのを確認した後
「ゼッカ」
アレスが呟くと、いずこからか人影が前に現れた。
「頼んだこと、調べてくれたかな?」
「はっ。ブルターニュ諸連合は予想通り多数の傭兵を雇っておりました。ただ、流石にアルカディアと戦うと聞いて殆どの傭兵が断った様子。やはり今回集まったのはあまり良い評判を聞かない傭兵ばかりです」
「知恵のある連中はアルカディアの本隊がくれば持ちこたえられない事は分かるからね。集まった連中も貰うものをもらって、たくさん奪ったら逃げ出すつもりじゃないかな?数はどれくらいかな?」
「およそ1万ほどかと。アレス様のおっしゃる通り、すでに幾つかの村が襲われて略奪が始まっている様子です」
「さすが商人の国、と言うべきか。それだけの数を集められるとは、よっぽど金をバラまいたんだろうね。それにしても略奪を許可するなんてね…彼らは元々本気で戦をするつもりはないだろう。お得意様のレドギアやグランツの手前、渋々兵を出してるにすぎないよ。恐らく傭兵たちが我らを追い返す事ができたら、そこから有利に交渉にのぞむ、負けたら傭兵たちに脅されたと言って、全ての責任を傭兵のせいにする…だから多少の略奪を許しているんだろう。浅はかな考えだね」
そう言うとアレスはしばらく遠い目した後、後ろに控えているシグルドに言った。
「恐らく、裏でも様々な手を使ってくるはずさ。もうすぐ、書状を持った使者でも来るんじゃないかな?雇われた傭兵達も救いようがないが、雇い主も下劣だ。今回は徹底的に力でねじ伏せてゴミ掃除をしよう」
◆
ブルターニュ諸連合はアルカディア東方の有力な商人たちが集まり作られた特殊な国である。
商人達が集まり、周辺諸国と交渉し、自治を認められたと言う、他とは違った歴史をもつ。
アレスが言ったように、今回ブルターニュ連合の上層部達は最初から戦を仕掛けるつもりはなかった。元々商人たちの集まりである。先を見ることに関しては非常に敏感だ。
例え4カ国の兵が一同に介して戦をしても…大陸最強と名高いアルカディアを倒すことはできない、そう考えていた。
しかし、レドギアとグランツの二国は建国以来、最大の商売の相手であり、そして援助をして貰ったという歴史があるため、断ることはできない。
苦渋の選択を強いられた彼らが考えた方法、それこそが全ての責任を傭兵になすりつけ、切り抜けるという方法であった。
「多少の犠牲はかまわない。自分たちが助かるなら」
という考えの元、傭兵たちに略奪まで許可をさせ兵を集めた。
元々ブルターニュ諸連合の上層部は民…小さな商家などには気にも留めていない。彼らが襲われようと自分たちは痛くもかゆくもないのだ。
しばらく休憩をしているとアレスの予想通りブルターニュ諸連合の上層部から使者がきた。
使者との謁見後、彼を外に待たせたアレスはフルカスを呼び寄せて自分の考えを伝える。
「予想通りの書状が来たね。『傭兵たちが勝手に行動したため、都市は荒廃している。援助を乞う』と言う内容だよ…さぁどうしようかね」
「アレス様のお考えの通りならこの場で使者を切り捨てても構わないのではないでしょうか?もしくは明確に拒絶を示したらいかがかと」
「ん〜、それでもいいんだけど…そうなるとこちらが傭兵をつぶした時には逃げ出すだろうね。それでは困るんだよなぁ」
そういってアレスはいたずらを思いついたような顔をしてシグルドに声を掛けた。
「とりあえず、この手紙を渡した後、歓待をして使者殿には帰ってもらおうか。軍を率いているのは若造、と侮ってもらえれば後が楽になる」
「はっ。して手紙にはなんと?」
「かれらの望み通りのことを書いたよ。『傭兵を打ち破ったのち、そちらに向かう。陛下にはよく伝えておく』とね。そう…陛下にはよく伝えておくさ…よくね。使者殿が帰ったら進軍をしようか。まずは軽く傭兵どもを殲滅しよう」
◆
アルカディアとブルターニュの国境付近にて。
傭兵たちは近くの村や町を襲い略奪を楽しんでいた。
「団長!大変だ!!」
部下の声を聞き団長と呼ばれた男は振り返る。
「今、お楽しみの最中だ!声を掛けるなと言っただろう」
みると半裸の女性が数人ちかくにうずくまっていた。目には生気がない。傭兵達に乱暴をされた事はよく分かった。
「いや、それどころじゃないんでさ。どうやら国境付近にアルカディア軍がやってきたみたいで」
「なんだとぅ!!」
そういうなり、傭兵団の団長は飛び起きる。
「くそっ!こんなに早いなんて予定外だった。もう一つぐらい村をつぶしてから逃げようと思ったのによ!」
彼らもまたアレスの読み通り、本気でアルカディア帝国と戦うつもりはなかった。ブルターニュからの給金があまりにもよかったので、それをもらった後、いくつかの村を略奪し逃げるつもりだったのだ。
ブルターニュは元々商人の国でどの土地も豊かだ。あまりにもうまみがある略奪の為、長く居すぎてしまったのである。
「ちくしょう、向こうの数はどれぐらいだ!?」
「斥候の話では数千ほどとのことです」
「よし…こちらは今1万5千の兵がいる…全軍で当たれば勝てないこともないな」
そういって傭兵団の団長は舌なめずりをする。
「おいっ!他の傭兵団にも声を掛けろ!戦の用意だ!アルカディア軍を破ったのち、俺らは急いで逃げることにする!いいかっ!!」
「は、はいっ!!」
◆
丘の上からアレスは傭兵たちの動きを眺めていた。
「どうやら動き出したようだね。一応陣形を作ろうとしているけど…略奪のうまみに誘われていくつかの愚劣な傭兵団があつまった混成部隊、頭が一つでないから動きが悪いね」
「それでもこの数は侮れません。まさかこれほどの軍になるとは。こちらは5千、何か策を練らないと…」
フルカスは真剣な表情で言うとアレスは笑った。
「向こうはざっと1万数千ほどだろうね。略奪許可が下りたからガラの悪い連中が多数参加したんだろうね。まぁ黒軍の準備運動にはちょうどいいよ。今回は策は練らないよ、力でねじ伏せる」
「アレス様。いつでもいけると千騎長たちから連絡がきました」
その声で後ろを振り向くとシグルドが控えていた。
「今回はシグルドに任せようかな?目標は敵の殲滅。略奪をするような輩は生かす必要はないよ。徹底的につぶしてしまおう」
「はっ」
そういうとシグルドは黒軍の馬を走らせ黒軍の前に立ち怒鳴る。
「アレス様の御命である!!目標、敵の殲滅、一兵残らず叩き潰すこと!!黒軍の雄姿をアレス様見せるときぞ!!我らの車懸の恐ろしさ、見せてくれよう!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」
今まで進軍中は不気味なぐらい静かだった黒軍が突然大声を上げた。その様子を見て横に立っているフルカスは目を丸くさせる。
と同時にアレスもまた、風魔法を使って全軍に届くよう声をかけた。先程のシグルドとは異なり、静かに話しかける。
「シュバルツァーの強さをすべてのものに見せつけよ。ただ…命を粗末にするのは許さん。皆、生きて返ってこい」
アレスの言葉が響き渡ると、黒軍はさらに熱狂的な声を上げた。それはまるで猛獣の咆哮のようだった。
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」
「ゆけ、私の勇者達よ。全軍突撃!!」
◆
一方的な虐殺が始まった。
重装騎兵黒い旋風が通るとそこにはおびただしい死体が重なる。矢はあたることがなく、槍が届くより早く前に出てくる。
「団長!!こいつら強すぎです!!」
「畜生!ひけっ!逃げるぞ!」
「無理です、早すぎて…ぐげっ!!」
団長が振り向くとそこには先程会話をした部下の死体が転がっていた。
「なんなんだ…こいつら…波のように次々と現れては去っていく…何なんだよ…」
そうつぶやく団長の前に、何度目か分からなくなった黒い波が押し寄せようとしている。先頭にはひときわ大きな馬に跨った黒衣の将。その手に持たれた槍は何人屠ったのか分からないくらい赤く染まっていた。
その黒衣の将がこちらを見て、走り出す。それと同時に黒い波が押し寄せ始めた。黒い波が自身に近づいたとき…団長の視界は黒く染まるのだった。
◆
「こ、これは…」
丘の上から眺めていたフルカスは言葉を失う。
「車懸の陣です。これが黒軍最強の戦術です」
何気ないアレスの言葉にフルカスは絶句する。
「波が押し寄せるように次々と襲い掛かっていく。そのように相手は見えるでしょう。実際は円を描くように突撃を繰り返しています…と理屈では何とも言えますが質の高い訓練をした将と騎兵にしかできない業です」
「これがアレス様の私軍ですか…まだ他にも領内には?」
「いますよ。他にも赤軍、青軍、そして最強の白軍…黒軍とあわせると総勢2万になります」
その言葉を聞き、フルカスは驚いた。
「それだけの強兵が2万…もはや一国を相手にしても可能な兵力…そしてこの黒軍よりも強い兵がいるのですか?」
「えぇ。白軍は数は少ないが一人一人が一騎当千です。他なら将として活躍してもおかしくない者たちでしょう。まっ、変わり者の部隊ですけど」
そう言ってアレスは白軍のことを思い出してクスクス笑う。
しかしフルカスにすれば笑い事では済まされない。
(この黒軍の練度はおそらくアルカディア国軍よりも遥かに上をゆく…それだけの強兵がまだ2万もいる…このような軍隊を個人が所有するとは。シュバルツァー家、というよりはアレス・シュバルツァー恐るべしということか。陛下が一目置くのも分かる気がする)
圧倒的な蹂躙でアルカディア軍の勝利は確実なものになっていた。しかし黒軍はまた攻撃の手を休めない。どこまでも追いかけ、蹂躙し、殲滅していく。
もはや傭兵たちは逃げ出すことさえもできないだろう…
丘の上からその様子を眺めながら…黒軍の強さ、そしてそれを率いるアレスの恐ろしさを思い、一人戦慄するのだった。




