宣戦
宣戦
皇宮の大広間。
今、ここはアルカディア帝国の諸侯達でひしめきあっていた。皇帝が来るまで、まだ時間は
ある。多くの諸侯達が自分の身の振り方を考えながら噂話や雑談などに興じていた。
「ロイドどの!ロイドどの!!」
「やぁこれはモラル伯爵。いかがしましたかな?」
そう言ってロイド・ロクシアータ伯爵に話しかけたのは、同じ北方に領地をもつモラル伯爵であった。
「いやはや、貴殿ならシュバルツァー公子の行方をご存じかと思いましてな!ご一緒ではないのですかな!?」
「いや…娘は勝手に押しかけたようですが……私は今日はまだ会っていませんよ?」
「いやはや、相変わらず焦らす方ですな!!今、諸侯の噂の中心なのに!!」
そういってモラル伯爵は汗を拭いた。
そう、今ここにいる諸侯の話題をさらっているのはアレス・シュバルツァーだ。諸侯の中で最も歴史があり、力がある大公家の出身。幼いながら、すでに武功を立て、またどういうわけか皇帝からも覚えがめでたく。領地はアルカディア帝国の中でも最も栄えていると言っても過言ではなく。それだけの権力と財力がありながら、帝都の権力争いを避け、領地に戻った者。
自分の思惑に反するものほど、恐ろしいものはない。貴族にとってそれだけの力を持ちながら権力を求めない姿は不気味に映っていた。
ロイドが笑って聞き流していると、諸侯達が話をやめ、場が静まり返る。
何事かとロイドは振り向き、その張本人を見て笑った。
「モラル伯爵、噂の御仁の登場ですよ。」
◆
アレスが大広間に入ると諸侯達は話をやめ、彼の方に一斉に視線を向けた。
そんな状況にもかかわらず、笑みを見せながら、堂々と立っている姿は見るものを圧倒させる。特にその出で立ち。純白の戦装束……戦装束といっても、この大陸では見ることが少ない東方の出で立ち。白い下地の下に白銀の陣羽織、さらに白いマントを纏う姿は王者の気風であった。
ロイドは特にその服装に着目する。
あれが……世に4つしかない『王権』の一つ、「白帝」か、と。
アレスの纏し戦装束の名を『白帝』という。精霊の加護をもった衣服であり、意思を持つ。
そして……『白帝』は『王権』と呼ばれる物。すなわち、それを持つことは「王」になれると呼ばれる代物である。
ただ……『白帝』の存在は世に知られているものではなく、それ知るはごく一部の者……アレスの身近な者だけだ。
『王権』のうち、世に知られているのはアルカディア王家が所蔵する『紅天』と呼ばれる帝冠である。この帝冠を持つことで、至尊の位についたことになると言われている。
『白帝』を纏ったアレスを見たロイドは……その威風堂々たる姿に目を細めたのであった。
「ほう、あれほど幼かったが見ぬうちにずいぶんと成長したものだ」
「むぅ、これだけの視線の中でも動じぬ…やはり噂通り大物か?それとも気がつかぬだけの愚か者か?」
「自分が噂の的であると分からぬでもあるまいに」
アレスはそんな陰口を叩いている諸侯達を尻目に、静かにロイドの元に歩み寄る。
「遅くなりました。ロクシアータ伯爵」
「こちらこそ、アレス殿。先日はシャロンがお世話になりました」
シャロンがお世話に…と言う言葉を聞き、先日の出来事を思い出し、アレスは少し頬を赤らめた。
「え、えぇ。仲良くしていただきありがとうございます」
思わず意味不明な言葉を発するアレスとそんな様子を見て、小さく笑うロイド。
しかし2人が仲良く話しをしている所に必ず邪魔をするような空気の読めない者たちも諸侯には多い。
「シュバルツァー公子、お、お話をしてもよろしいかな!?」
「シュバルツァー公子、お初にお目にかかります。某、アルカディア南方に領土を持つクロウム子爵であります。お話したいことが…」
「私が先に言おうとしていたんだ!割り込むな!」
各諸侯にとってアレスは縁を繋げたい相手だ。
名門大公家の嫡男、領地は栄え、財力はある。もし仮に自分の娘を送り込めれば…仮に側室であったとしても見返りは十分期待できる。また、アレスが若いことでこちらの都合のいいように動かせるのでは?と多少の侮りもある。
アレスはその様子を見て一つ嘆息をすると、
「皆さん。もう間も無く陛下がいらっしゃいます。後ほどお話を聞きますので…今はお互いのためにも静かにしているのが賢明では?」
そう言って受け流した。
まさにちょうどその時、バタバタと待中が大広間に入ってきて大きな声で言った。
「セフィロス陛下、ご入室!!」
その侍中の声を聞いた途端、雑談をしていた諸侯全てが姿勢を正し、玉座に向けて頭を下げる。
そして一呼吸置いた後、アルカディア帝国皇帝セフィロス・アルカディアが入室し、玉座に座った。そして後には宰相のクラーク公ジルベールが続く。
その瞬間、大広間に圧倒的な威圧感が広がっていく。
臆病な貴族などはそれだけでも気絶しそうな顔だ。
「皆の者、大儀」
そう短くセフィロスが言ったのと同時に全員が顔をあげた。
流石だな…とアレスは思う。
緊張している諸侯の顔を覗くと色々な表情が伺える。
尊敬、崇拝、恐れ…
しかし、反感をもっているものはいない。このカリスマ性こそが彼が『雷帝』と言われる所以であろう。
「陛下から諸侯に御言葉がある。心して聞くように」
諸侯達はクラーク公の発言を聞き一斉にセフィロスの方を見た。
「東方諸国より不穏な動きがあるとの報が入った。今回の事を機に後顧の憂いを立つために東方諸国に対し宣戦を行う。また此度は余自ら出陣する。何か意見のあるものはいるか?」
その問いかけに対し、まず手を上げたのは武門の名門として知られるザクセン大公ゲオルグであった。
「陛下のご英断、誠に素晴らしく、我らは身命賭してご命令に従うのみです。一つお尋ねしたい。此度はどこまで攻めるのか、そしてその陣容を」
セフィロスに代わり、宰相クラーク公ジルベールが返答する。
「此度は帝国正規軍10万、各諸侯の領軍20万の合わせて30万の軍勢です。今回の目標は我が帝国に明確な反旗を翻したグランツ公国、およびそれに呼応したトレブーユ王国、およびレキドア王国、ブルターニュ諸連合の東方北部4か国です」
「ぬるい!!」
それを聞き、声を挙げたのは第一皇子のカルロスである。
「これを機に東方諸国をすべて飲み込むことを提案します。先陣は某に任せてもらえればすべてを切り取りましょう!」
「応、某もその様に賛同致します。ザクセン大公領の強兵、いつでも戦いに参加できます。カルロス殿下とともに某にも先陣を!」
覇気溢れるカルロスとそれに追随するゲオルグの言葉に場が静まり返った時。
クスクスクスと笑い声が聞こえた。
諸侯が振り返るとアレスが静かに笑っている。
カルロスとゲオルグ、そして彼らに賛同しているものがあからさまに不快な顔をした。
「貴様…俺を愚弄しているのか?」
カルロスは敵意を向けてアレスの方を見ている。
「いや…失礼しました。別に愚弄するつもりはありません。謝罪します」
そう言って頭を下げた後、アレスはセフィロスの方を見る。
「仮に全土を抑えたとしても、統治をおこなわなければなりません。現在我が国にその余裕と人材がいるでしょうか?陛下が4か国を…と述べたのはおそらく統治ができる限界がその4か国だからでしょう。しかもグランツは西は魔物の住処、北方には蛮人王が率いる騎遊民、東方にはアルカディア大陸に組しないドワーフ族、またその山を越えれば戦闘民族と言われるアーリア人の国も抱えています。迂闊に空けるわけにはいきません。なぜ、今までグランツを治めなかったのか……その理由を考える必要があるでしょう。しかしその4か国、とくにレキドアに軍を置ければ今後二方向から軍を進めることができ、後戦略としての幅が広がります」
そう一気に言ってアレスはカルロスを見た。
「統治ができなければ反乱がおこります。また異民族の介入を許すことにも繋がります。その際、後方を絶たれる事となる。そうなれば東方諸国を統一することなど夢のまた夢です。それをお分かりですか?」
「くっ…言うではないか、小僧」
カルロスは憎々しげにアレスを睨む。しかしあまりに正論なので返す言葉がない。
アレスの言葉に続いて意見を述べたのはローゼハイム公子サイオンだった。
「シュバルツァー公子の意見に賛同します。まず冬を迎える前に東方諸国の北部を抑え、その後年が明けたら全土を統一すればよろしいかと。また東方諸国最大の雄、バイゼルド公国の動きも非常に気になります。かの国の国力は我が帝国や三大国とも争える程のものであり、なかなか侮れませぬ。とくに公王の四男、ザッカードの武力は大陸中に轟いています。勢いだけでなんとかできる相手ではありません。さらには新興国ドルマディアもあまりに情報がないため、警戒すべきです」
「あいわかった」
サイオンの意見を聞いた後、セフィロスはそう言うと、諸侯たちを眺めて話を続けた。
「此度は余、自らの親征である。負けることは許されない。今回の戦は来年に向けて行う東方征伐の初戦と心得よ。そのためまずはグランツへ向かうための道を作らねばならぬ。となると必要なのはレドギアの攻略だ。だれかここを落とすものはおらぬか?」
「某にお任せあれ」
「応!我こそ先陣を」
迷わず言い放ったのはカルロスとゲオルグだった。
続いて多くの侯爵以下の者たちが諸手を挙げる。
それもそのはず。レドギアはグランツまでの要所。ここを落とすのは非常に大切であり、その功績は大きいからだ。逆にトレブーユ、ブルターニュは小国であり、今回の戦にはレドギアやグランツに圧力をかけられて渋々出たに過ぎない。
「ではトレブーユ、ブルターニュは私が行きましょう」
そう言って手を挙げたのはアレスだった。カルロスやゲオルグはいぶかしげな眼で、またサイオンやロイド、またこの場にいたマクドール公レオやロザンブルグ侯アルフォンスは面白そうにアレスを見る。
「ほう…汝はレドギアではなくそちらに行くと申すか」
「はい。どうやらこちらには誰も行きたがらない様子。それでも誰かがいかなければなりません。そのため私が行きたいと思います」
アレスはそういうと言葉を続けた。
「臣アレス、策を述べてもよろしいでしょうか?」
「かまわぬ、許す」
「お、お待ちください!!」
慌てたのはカルロスだ。誰も行きたがらない所を立候補することで自然に話の主導権をもってかれていることに気が付いたのだ。奴が何を言うつもりなのか…カルロスとしてはそれを恐れたが後の祭り。
「汝ではなく、余はシュバルツァー公子に発言を求めておる。黙るがよい」
「…はっ」
「シュバルツァー公子、話を続けよ」
セフィロスが話の続きを促す。
「レドギアには二方向から向かっていただきましょう。レドギアが誇るアルカディアに攻められた時の為に建造したと言われる二つの要塞、ガイス砦とトライム砦。一つはカルロス殿下を大将とする部隊。またもう一方ザクセン大公を大将とする部隊。難攻不落の要塞ですが御二人ならきっと落とせることでしょう。私も『二つの国を落とせたら』友軍として『別方向からレドギアに攻め込み』ます」
セフィロスは大きく頷く。続きを要求しているのだ。
「私の方は特に副将などはいりません。自ら連れてきた兵のみで対処したいと思います」
その時、今度は別方向から意見が上がった。
「陛下。私も話をしてよろしいか」
意見を言ったのは先ほどまで黙って様子を見ていた第二皇女シルビアだった。
「許す」
「シュバルツァー公子の言、それでよろしいかと思います。ただ、二国を相手に五千の兵だけでは心もとない。私が後詰として参戦しようと思うのですがいかかでしょう?」
しばらく目を瞑り考え込んでいたセフィロスだったが、静かに目を開くと宰相のクラーク公ジルベールを近くに呼び寄せ、何事か指示を出した。
「はっ!仰せのままに!!」
ジルベールはセフィロスに対して一礼すると各諸侯に向けて皇帝の最終決断を伝えた。
「今回はシュバルツァー公子の意見を取り、二方向からレドギアに攻める。大将として第一皇子カルロス殿下、そしてザクセン大公ゲオルグ殿が務める。また残り二か国の制圧の大将は第二皇女シルビア殿下。その先陣としてシュバルツァー公子が征くことにする。両名は二か国を落としたのち、友軍としてレドギアに攻め込むこととする」
ジルベールの後、セフィロスが言葉を続けた。
「先ほど、レドギアに行くと名乗り上げたものは後ほど二軍に振り分けることとする。また他の者は第二陣として余とともにレドギアに向かうこととする。」
そういうとセフィロスは最後にこう言葉を続けた。
「今回の戦はグランツ征伐、および東方諸国に対しての宣戦である。故に負けることは許さぬ。諸侯らも心して事に当たるよう。先陣は3日後、本軍は5日後に出立する。各々準備をせよ。以上だ」
◆
「アレス様。どういうことでしょうか?」
アレスと馬車を同乗したロイドは己の疑問をアレスに尋ねる。
「あれではカルロス殿下やザクセン大公に功を譲った形ではありませんか?」
実際訝しげな顔でカルロスとゲオルグはアレスのほうを見ていた。また他の諸侯も不思議そうな顔でアレスを見ている。
話の主導権は途中からアレスが握っていた。なら…自ら総大将としてレドギアに向かうほうが良いのではないか?そう思うのが必然である。
「ロイド殿…私が欲しいのは今回は誰にも何も言わせないほどの成果なんです」
そう言ってアレスは笑う。
「シルビア皇女が共にくるのは予定外でしたが…それ以外は完全に予定通り話を進めることができました。まぁ、どうなるか楽しみにしておいてください。あ、後、陛下にはロイド殿を私の後方支援にと願い出て許可をいただきました。やはり物資を運んでもらうには信頼している人でないと…よろしくお願いします」
「それは構いませんが…」
ロイドはまだ納得している顔をしていない。
「そうそう、ロイド殿は今晩の壮行会に出席されますか?私はああいった席は苦手なのですが…来ていただけるとありがたいです。」
アレスはそう言って話を変える。
「勿論、行きますとも。アレス様もお覚悟をされたほうがよろしいかと思います。多くの諸侯がアレス様の元に来るでしょう」
そう言った後、ロイドは今度は申し訳なさそうに続けた。
「そうそう、今回はシャロンは連れていけませぬ…本人は行きたがっていましたが…我が家からは私しか招待されてないゆえ…」
「伯爵以下は本人のみでしたね」
「我が家に戻り伝えるとと荒れるでしょうなぁ。まったくあのじゃじゃ馬が…」
そうやってため息をつくロイドを見てアレスは笑うのだった。




