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英雄の中の英雄の物語 〜アレスティア建国記〜  作者: 勘八
序章 〜アレス・シュバルツァーという男〜
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シャロン 昔語り 伯爵令嬢誘拐事件 後編

『紅の死神』キル


帝都でも有名な暗殺者。顔に大きな傷があり、片目は醜く潰れている。

胸に紅三日月の様なプレートを首から下げているので、つけられたあだ名が『紅の死神』


剣士として超一流と噂され、狙われたらどんなに高名な騎士や戦士と言えど生き残る事は出来ないと言われている。


「やれっ!!やってしまえ!!」


ゴドン子爵はそういって後ろに下がる。


「お前を雇うのに随分と金がかかったんだ!その分を働いてもらおう」


おや?


私はそういって醜い笑いを晒すゴドン子爵の顔とは対照的に、僅かに顔を歪めたキルの表情に驚く。

この男、もしかしてそれほど殺しが好きではないのでは?


キルは静かに剣を構える。しかしふと見るとアレスもまた怪訝そうな顔をして、そして口を開いた。


「君はなんで人を殺すの?」


「それしかできないからだ」


「他に理由は?」


「貴様に話す理由はない」


そう言うと、キルは恐ろしいスピードでアレスの方に向かっていった。

対するアレスは全く無防備のまま。剣をだらんと下げてその様子を眺めている。


「アレスっ!!」


私は悲鳴に似た声を上げた。キルの実力は帝都でも有数である。アレスがどう足掻いても勝てる相手ではない事は誰が見ても解る。

しかしそこから私は驚くべき展開を目にする事となった。



アレスは構えることもせず、僅かに微笑みながらキルが迫ってくるのを眺めていた。


キルの初太刀がアレスの首筋に吸い込まれるように向かう。

しかしアレスは顔色一つ変えずに目に見えぬ剣筋をかわした。その動きに一切の無駄がない。


だがキルもさるもの。最初は多少の驚きが顔に表れたが徐々にスピードを上げ、二太刀、三太刀と次々剣を振るう。

しかしアレスは体をそらしてそれもまたかわしていった。


「君は本当は人を殺したいとは思ってないんじゃないの?」


アレスはその剣先をかわしながら言葉を続ける。


「殺そうとするには剣先に僅かのためらいがある。何が君を縛っているんだい?」


「………!!」


無言のキル。そこで初めてアレスは自らの剣を振り上げた。とその動きと同時にキルは大きく距離を取る。


「何が原因だか分からないけど、僕がそのしがらみを切ってあげるよ」


アレスはそう言って笑った。


「でも、今は……ゆっくり話を聞く時間もないから……まずは眠ってもらおうか」


その瞬間……アレスは……姿を消した。いや、消えたと思うほどの凄まじいスピードで動く。


「なっ……」


そして、そのままキルに襲いかかり、柄を鳩尾に叩き込んだ。


何も出来ず、崩れ落ちるキル。


「……さてと」


そう言うとアレスは今度はゆっくりとゴドン子爵の方に向き直った。


「な……何がどうなっている??これは夢か??」


アレスはその様子を見ながらゆっくりと子爵に近づく。


「ここまでくるのにどれだけの人間を苦しめた?ここまでくるのにどれだけの悪行を重ねてきた?そんな奴は虫ケラと同じだよ。」


「まて、待ってくれ!!」


「僕はね、罪もない人を殺したり泣かしたりする奴は許さないことにしてるんだ。楽に殺すつもりもないよ?」


そう言って、アレスの手が動いたと思った瞬間、ゴドン男爵の両手足が飛んだ。


「ガァァァアア!?」


アレスは倒れているゴドン子爵の顔を踏みつけ、ささやいた。


「血がなくなるまで、過去に行った自分の行いを悔いているがいい」




私はただ黙ってその様子を眺めるしかなかった。


両手足を切られてゴドン子爵は息も絶え絶えになっており、その横にはあの跡取り息子の首が転がっている。それ以外にも子爵が呼び出した傭兵たちの死体が転がっており、あの有名な暗殺者、キルもまた死んだように倒れていた。


アレスは私の方を見ると口を開く。


「怖い思いをさせちゃったかな……」


そう言うとアレスは少し寂しそうに笑うと言葉を続けた。


「そこにもう、君を守るための騎士や兵たちが来てるから……彼らと一緒に一度ロクシアータ伯爵領に戻るといい」


「……アレスは…」


「僕は行けない」


そう言うとそっと右手を私の方に突き出すような形で見せる。


「見てごらん。僕の手は血に染まっている。そして……これからもきっとこの両手は血で汚れていくだろう。今の僕には君と一緒に行く資格はないよ」


その瞬間……


アレスは今まで私が見せたこともないような辛そうな顔をした。


その顔を見た時……私は動くこともできず、同時に言葉も出なくなった……


「じゃあ」


そう言って踵を返し歩き始める。途中、倒れているキルを担ぎ、そして扉から出て行く。

彼が出るのとすれ違うようにカイゼルを筆頭に多くの騎士達が私の元にやってきた。

アレスは近くの騎士に小さく指示を出した後、どんどん遠くに行ってしまう……


でも私は黙ってその後ろ姿を眺めることしかできなかった。



ロクシアータ領に向かう馬車の中で私はアレスの事をずっと考えていた。


アレスは強かった。私が今まで見てきた誰よりも強かった。でもそんなアレスは私にその姿を見せてこなかった……


私は強い男が好きだった。それを公言していた。でも……強さって一体なんなのだろう?その力をひけらかすのは強さなのだろうか?徐々に分からなくなってくる。



そして何より、アレスの最後の表情。

アレスは言った。


「これからもきっと血で汚れていく」


と。


その時の顔が……辛そうで。悲しそうで。


アレスは強い。きっと私が思っているよりずっと。

だからこそ、アレスは戦わなければならないのだと思う。あの人の性格のことだ。きっと今回の私のように困った人や苦しんでいる人を助けるために。


でもアレスは争いが嫌いだ……そして人を殺すのも。でも……きっとこれからアレスはそれをやらなくてはいけない何があるのだろう……だからその葛藤が表情に表れたのだと思う。


それが一体何なのか……それは分からない。だがその事を思うと、私は胸が苦しくなった。

視線を馬車の外に向けると、ロクシアータ領の田園風景が目に入ってくる。


領内に帰り、父と会ったらまた帝都へすぐに戻れるよう頼むつもりだ。

そして、皇立学園に戻り、今でも以上に勉学に励んでいこうと思う。


アレスの横に並び立つために。そして


アレスの悲しみを少しでも分かち合うために。




シャロン・ロクシアータ、後のアレスティア皇妃の一人、シャロン・ロクシアータ・シュバルツァーは騎士の名門、ロクシアータ家の一人娘であった。

歴史書にはこの事件を境に、自らをさらに鍛え直すため、皇立学園に戻った後、勉学に励み首席で卒業することになる、と記載されている。


彼女が大陸史にて名を知られるのはその後、アレスの元で将の一人として活躍したことであろう。その天才的な軍事センスと姿から「黄金の戦乙女」という通り名で大陸中に広まることとなり、また「アレスティアの四戦姫」として名を残す事となる。


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