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東征 その2 〜豚王の実力〜

どうなっているのだ?


戦場を見渡しながら、ドルマディア王ドルマゲスの頭は混乱をしていた。


先ほどから正体不明の軍団が自分の魔獣達に襲いかかっている。しかも『あの』無力な人族の分際で、自慢の魔獣部隊を次々と蹴散らしていくのだ。


彼は改めて戦場を見渡す。彼の目に現在も着実に自軍の魔獣が謎の軍団によって数を減らしているのが見えた。その様子を眺め……そして判断する。


明らかにこの軍団は異質だ。それこそバイゼルドの化け物以上に。

そして感じるのだ。この軍団の中には、あの化け物に匹敵するような化け物が潜んでいることを。




この冷静な判断力こそ彼を魔獣にして、王にした力なのかもしれない。





ドルマゲスは近くに控えていた魔人に伝えた。



「俺は引く。他の者達は俺が逃げる間、時間を稼げ」



と。


直感で判断した決断。そしてその直感が間違いでなかったことに彼は後ほど身をもって気付くことになる。




ドルマゲスは襲いかかる敵を味方の軍勢に預け、少数の精鋭を連れて戦場に背中を向けた。


そして彼は常日頃より騎乗している『戦車』に座る。


ドルマゲスは巨体であり、彼を騎乗できる馬はない。そのため、魔獣に引かせた四輪の車に彼は乗る。

車には多方向からの攻撃に対応できるように刃が向けられ、異様な姿形をしていた。


ドルマゲスがその自慢の戦車に座り、出発しようとしていたその時である。





ゆらり






視界の先に人影が一つ。ゆっくりと浮かび上がったのは。


「……何者だ」


ドルマゲスはその影を見て直感的に敵と判断した。腰に佩いていた蛮刀の柄に手をやり、唸るように尋ねた。


しかしその影はそれには答えず呟くように一人口を開いた。


「当たりはこちらだったか。お屋形様には悪いが……これは運が良い」


ドルマゲスが目を凝らすと、そこには馬に跨った東方の鎧姿の武人が見た事もないような槍を構えているのが見えた。


「貴様らは……何者だ?」


「ほう……言葉が分かるか。豚」


ドルマゲスの問いを無視してそう口を開くと、その武人……シュウはゆっくりと馬から降り、そして身体中の魔力を解放させた。


それを見てドルマゲスは顔を歪めた。


「しかもただの豚ではなさそうだ……その異常なまでの魔力……北の地で見た奴以来か?」


北の奴とはなんだ?とはドルマゲスは言わない。その様な余裕は今の彼になかった。


ドルマゲスは焦りを覚えていたのである。

彼はその魔力の量を見て気付いたのだ。

この目の前に現れた男はかつて相対峙したことがないほどの


『バケモノ』


であると。





そして対するシュウもまた、先程よりこのドルマゲスという魔獣から強者の気配を感じ、驚いていた。彼の脳裏にアレス、バトゥと共同して戦った魂を悪魔に売った男がよぎる。


目の前の魔獣であり、アムガとは異なる。

姿は巨大なオークだ。肌の色は紫がかっており、身に纏っているのは腰布一つ。首から様々な種族の髑髏を繋げた首飾りを下げているのが異様である。


だが、あの北の大地を荒らしていたアムガが纏っていた禍々しいまでの魔力……それと同等の魔力をこの豚男は纏っている。


「楽しい戦いになりそうだ。いざっ!!」


そう言うなりシュウは馬を飛び降り、恐ろしいまでの速さでドルマゲスに突撃していった。


「フガァァァァァァアアア!!」


しかしドルマゲスはその巨体に似合わず、俊敏な動きで戦車から飛び降りそれを避ける。そして、続いて襲いかかってきた第二撃を腰に佩いていた蛮刀で受け止めると、シュウを弾き飛ばした。


しかしシュウもさるもの、その衝撃を後ろに飛び退っていなすと、再び十文字槍を構え、恐ろしいまでの速さで乱撃を繰り出した。ドルマゲスはそれを先程の蛮刀でいなしていたが……




ガキン!!




という鈍い音が鳴ったと思うと、彼の蛮刀は根元から折れてしまった。



シュウはここで一呼吸おく。最大のチャンスを慌てて不意にするほど、彼は未熟ではない。猛獣が獲物を弱らせ、そして狩るように冷静にトドメを刺そうと思ったその時であった。


ドルマゲスが恐ろしいまでの脚力で後方に飛び退り、距離をとったのは。


「ちっ!」


舌打ちしたシュウが再び襲いかかろうとしたその瞬間(とき)


「クソがぁっ!下等生物めっ!」


ドルマゲスは刃のなくなった蛮刀の柄をシュウに投げつけた。


シュウはそれを槍で受け流す。だが……





ここで、シュウとドルマゲスに一瞬の間が空いた。






そしてドルマゲスはその一瞬を逃さなかった。






「下衆がっ!!後悔させてやるっ!!」


そう叫ぶや否や、ドルマゲスは己が戦車まで飛び退り、そこに置いていた彼の大剣をひったくるように奪いとると、それを抜きはなったのであった。


黒く歪な形の刀身。そして血で描かれてるような禍々しい紋様。誰がみても明らかに普通の武器でない事は一目瞭然であった。


「ガァァオァァァァァォォォァォァォア!!」



その剣を抜きはなった瞬間、ドルマゲスの瞳の色は狂気の赤に染まり、鼻息が荒くなる。そして盛大な咆哮をあげた。


「む?あれは……呪いの武器か?」


そう訝しむシュウ。その瞬間である。


「ガァァォアアアアア!!!」


その異様な雄叫びとともにドルマゲスは先程までとは比べものにならない程の恐ろしいまでの速さでシュウに飛びかかってきたのだった。


「なっ!!?」


シュウは驚きつつも、後方に飛び、それを避ける。しかしドルマゲスもまた第二撃、三撃と続けて攻撃を加えていく。


「チィィィイ!!」


シュウはそれを上手くいなすとお返しとばかりに鋭い突きを繰り出す。しかしそれもまたドルマゲスは簡単に避け、次の斬撃を放った。


一進一退の攻防。

シュウは心の中で思わず呻く。


(流石は一国の王になったほどの魔獣……これは想像以上の実力だ……)


「ガァァァァァァァァアアア!!!」


ドルマゲスはそんな驚くシュウを尻目に一声怒鳴ると、その大剣を振り回した。

身体中から、禍々しい魔力がどんどん高まり、彼の肩からは瘴気とも呼べる黒い魔力が溢れ出ていた。


(……なんだ、こいつは。さらにもう一段階、力を上げてきただと?)


シュウはその様子を見た後に、魔力と平行して、身体中の闘気を高め始める。


彼は現状では対等に戦えないと判断し、そして本気を出したのだ。




叢雲流戦闘術『武神の境地』


またの名を『魔闘術』





魔力と闘気を合わせ、身体能力を格段にあげる荒技である。


その魔闘術を纏い、シュウの身体は白銀に輝き始めた。


(見誤った。一筋縄ではいかなそうだ。本気でやらないとやられる!)


シュウは十文字槍を地面に突き立てると、彼の愛刀『雷切』を抜きはなつ。

そして己が魔力と闘気をその刃に込めた。






叢雲流奥義『龍の咆哮』







シュウはこの技を辺境伯領での鍛錬で完全に会得していた。


その己が最大の大技を、敢えてここで出したのである。






「覚悟せよ、豚!!秘技『龍の咆哮』」







「ブモモッ!!??」




シュウが放った闘気と魔力でできた龍がドルマゲスに向かう。しかしドルマゲスはそれを大剣で受け止めた。


はるか後方に吹き飛ばされるドルマゲス。しかし彼は足に力を入れてその龍をしっかりと受け止める。はるか後方に下り、荒い息はしているが……龍が去っていった後も彼は二本の足で立っていたのであった。




「ば……馬鹿な……」




己が最大の技を破られ、驚くシュウ。

それを尻目にドルマゲスは辺りを見渡す。


そしてそこで彼は初めて気付いたのだ。現在の自分の状況を。


彼の配下である魔族の軍勢はこの所属不明の人族の軍勢に討たれ、数を大きく減らされていた。


そして……


『龍の咆哮』を受け止めたドルマゲスではあるが、目の前の相手は、自分が今まで相対した事のないほどの強者である。そして、まだ戦う余裕もあるだろう。


彼はかなりの焦りを覚えていた。


(この得体の知れない男……この大技で終わりとも思えん。まだ余裕がありそうだ)


対する自分は。


まだ戦える。だが、こいつを相手にしている間に、戦況は刻一刻と不利になっている。


(止むを得ん。ここらで引く事にしよう)


退却するという選択。魔獣でありながらも冷静な判断を彼は下した。


ドルマゲスは戦場に響き渡る程の大きな声を上げた。その声を聞き、魔獣達は一様に動きを止め、その後脇目も振らず退却を始めた。


ドルマゲスもまた、シュウをひと睨みすると、恐るべき速さで飛び去っていく。




「シュウ様!!魔獣の群れが退却をしていきます!!追い討ちを……」


先程の戦いを惚けたように見守っていた、シュウの側にいた兵が進言をする。しかしシュウはその言葉に対し首を振った。


「いや……我らとて無傷ではない。一旦引こう。目的は達成できた」


そう言うと、彼もまた全軍に退却の指示をだす。


その指示に従い、辺境伯軍は静々と退却の用意を始めていくのであった。






この東大陸において初めての出来事。


それはドルマディアの退却。


辺境伯軍の襲来により、ドルマディア帝国は建国以来初めての敗北を味わう事となるのであった。



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